沖縄エイサービデオ館

ここでは沖縄のエイサーについて、動画や写真などで詳細に紹介していきます。みなさんのコメントをお待ちしています。
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投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(20)

・その他

今回の「うるま市エイサーまつり」は会場のお膝元・屋慶名エイサーが最後ということで、時間が遅くなるほど観客は集まり、演舞場周りには人人・・・の黒山、スタンドも通路も塞がるほどの超満員。
お隣さんも昨日より人が多いよ、まるで東京ドームみたいだと感嘆の声を上げていました。
翌日の新聞では主催者発表で7万人が最終日に集まり。二日間で11万5千の観客動員があったとのこと。
とにかく「うるま市エイサーまつり」二日間の賑やかさは予想以上でした。
全島エイサーも例年以上に盛り上がったようですね。
来年もぜひ本場沖縄のエイサー見物に行きたいです。

翌日9月3日(月)に那覇空港から東京へ。
飛行機はスカイマーク、飛行場では出発ゲートからバスで飛行機までの間に、先日に爆発炎上した台湾の飛行機の側を通過。
テレビでリアルタイムで爆発し黒い煙を上げ、黒焦げになった飛行機を実際に見ると、これから飛行機に乗る者には他人ごとでは無い。
金はなくとも無病息災・平安無事であってこそ、来年もエイサーが見れる。

・全島エイサーの祟り?

今日9月11日の午前中、犬と近所を散歩中、耳にエイサーの音が聞こえてくる。
幻聴か、気がふれたか、とうとうエイサーフラーになってしまったのか?
しかも園田エイサーの「七月エイサー」だ、今回のエイサー旅行で沖縄市の「全島エイサー」をはずした祟りか?
しかし幻聴ではない、確かに耳に聞こえてくる、音の方に歩んで行くと近所の小学校の体育館からエイサーが聞こえてくる。
覗いて見ると、小学生が秋の運動会のエイサー演舞の練習をしていたのだ。
練習を始めたばかりか、団扇をパーランク代わりに叩いている。
中野区も沖縄市のように「エイサーのまち宣言」でもしたのだろうか?
子どもの時の思い出は一生残る、エイサーを演舞した小学生が将来のエイサーサポーターだ。

大変長い文章となりましたが、読んでくださってありがとうございます。
投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(19)

「第2回うるま市エイサーまつり」最終日 15:30-21:00

・平敷屋(東) 19:35-20:15 (40分)

当日は全島エイサーで16:45-17:05(20分)に出演後、うるま市エイサーに戻っての演舞でした。
全島でもすばらしい演舞を披露したことでしょう。
ナカワチの前踊りの後、入場曲の「秋の踊り」の第一声で入場門の後ろの暗がりに整列する黒白の装束が動きだすさまは、鳥肌が立つほど感動しました。
後は、前日の平敷屋(西)と同様に素晴らしい演舞でしたとの言葉しか表現のしようがありません。
私は今回始めて平敷屋(東)と(西)を見ました、違いが分かるはずもありません。
あえて言えば、昼間見るエイサーより夜のほの暗さの中で見るほうが幻想的で美しいということです。
平敷屋(東)と(西)も夜に見れば、ともに幻想的でますます平敷屋の魅力の世界に引き込まれてしまうかもしれません。

・屋慶名 20:20-20:50 (30分)

今年で116年の長い歴史をもち、かつ近代エイサーの本流と言われる屋慶名エイサーを見て、今回のエイサー旅行の締めくくりができました。
最後に屋慶名青年会の錦紗(きんさ)の陣羽織がカクテル光線に映えながら登場すると会場の熱気もピーク、サキカタミヤー(酒担ぎ)の東西南北「センスル節」に続き、怒涛の入場曲「七月エイサー」では太鼓隊の刺し突っ込みに自然と体も突っ込みの上下をしてしまいました。
手踊りとチョンダラーで演舞場いっぱいに広がって円環を作り、その中で太鼓隊が十字の隊列を作り、観客の全ての位置から手踊りと太鼓隊が同時に見えるフォーメーションは、見せるエイサーを骨頂とする屋慶名エイサーならではの演出で感激しました。
ザ・ブームの「島唄」を使ったエイサーも感動ものでした。
とにかく素晴らしかった。


投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(18)

「第2回うるま市エイサーまつり」最終日 15:30-21:00

・石川曙 19:10-19:35 (25分)

驚異の石川のエイサー団体だ、結成4年目というのに完成度は極めて高い。
演技のベースは先に演技した石川エンサーがあるのかもしれない、石川エンサーの復活時期と結成時期が極めて近いので、指導者が同じ人ではないかと感じた。
大太鼓、締め太鼓、鐘が2名、女性の手踊り、衣装は現代のウッチャキスタイルで約30名程度の少人数団体。
演舞開始前に手踊り隊が扇子で扇いでから開始、演舞場全体を使い移動し、少人数のため演技者の間隔にゆとりが有り、逆にゆったりとした大きな動きも遠目にスピード感とパワフルさを感じさせ、沖縄市の締め太鼓エイサーや与勝半島のパーランクエイ
サーにない、石川独特の素晴らしい演舞を披露した。
6−7歳の男女の子ども2名も演舞に参加、男の子は子ども用大太鼓、女の子は手踊り、旗持ちの側で青年たちの邪魔にならないよう演舞をしている、子ども2名の演舞は青年たちと完璧にシンクロしていることを観客は皆分かっていた。
最後の唐船ドーイでは子どもの大太鼓が、青年会の演舞の脇で演舞しあまりの完璧さに皆感嘆の声をあげ拍手をしていた。
この石川曙エイサーは、現在の演技・演出構成で十分に全島エイサーに出場しうるだけの能力を持っていると感じた。
今後、先の石川エンサーとともに石川地区の青年会エイサーも注目が浴びそうな予感もした。
投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(17)

「第2回うるま市エイサーまつり」最終日 15:30-21:00

・具志川 18:45-19:10 (25分)

今回のエイサー旅行で、ぜひ見たい、いや聞きたいと思っていたエイサー団体の一つです。
女性の会員の方が多く、地謡も女性がリードボーカル、パーランクには女性も参加しているようだ。
女性の手踊りもユニークで、めくり肩袖から伸びる腕手がしなやかにインド・インドネシア・タイ?の東南アジア風踊りが大変きれいでした。
地謡の女性リードボーカルの声は美しく、一度聞いたら忘れられない、小鳥のさえずりに感じてしまうほどうっとりしてしまった。
後ろの立ち見席で仲間内とエイサー論議をしていた地元のエイサーOBの中で、地謡をしていたという方が非常に上手だと誉めていました。
地謡だけのコンテストがあれば入賞間違いなしでしょう。
唄・手踊り・パーランクのバランスもよく、迫力さに欠けるものの、高品質エイサーチームだと思います。
ただし、天願エイサー同様に入場した後、固定位置での演舞が長く、構成が単調に見えてしまう。
赤野エイサーのように演舞場全体を使う構成にすれば、ますます目と耳が離せない団体になるでしょう。
ぜひ、全島エイサーに出場して、沖縄全体に具志川の歌姫と舞姫の魅力を発散させて欲しいと思った。

投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(16)

2007年9月2日(日) 「第2回うるま市エイサーまつり」最終日

・石川エンサー 17:50-18:20 (30分)

石川エンサーは相当長い歴史をもち、1920年(大正9年)に現在につながる型ができたそうだ。
長い間踊られていなかったが平成15年に有志によって復活したとのこと。
石川エンサーは青年会ではなく、有志による団体で、昔ながらに手踊りも全員が男だけ、大太鼓、締め太鼓、鐘が2名、衣装も昔の形(一度見たら忘れられない、表現は困難)、年齢制限もなく親子で2組が参加。
演技開始前に手踊り全員が扇子を広げて福を呼び寄せる仕草をしてから始まった。
演技はも演舞場全体を使い移動しながら、扇子やゼイの小道具を使いつつ、動きもゆったり大きくかつ「静」と「動」のメリハリある踊りで、最後には観客に向かって扇子で福を送る仕草をして終了。
子どもたちの演技も完璧で大人の足を引っ張ることもない。
「温故知新」の言葉がふさわしく、昔のものが古臭くなく、逆に新鮮ささえ感じる素晴らしい演舞に、大観衆からも大きな拍手が上がった。
演舞の特徴から、千原エイサーの「剛」に対し、石川エンサーは「柔」と非常に対照的だと思えた。
ぜひ全島エイサーに出場し千原エイサーとともに古式伝統エンサーを披露して欲しいと感じた。

・米原 18:20-18:45 (25分)

少人数でがんばっていました。

投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(15)

「第2回うるま市エイサーまつり」最終日 15:30-21:00

・天願 16:50-17:20 (40分)

沖縄市登川青年会との交流からエイサーが始めたとのこと、明らかに沖縄市の締め太鼓を使ったダイナミックエイサーを彷彿させていた。
今回、うるま市エイサー初出場の青年会とは思えないほど力強く、迫力のある太鼓隊は高いジャンプの演舞は見せた。
翌日の沖縄タイムス紙のエイサー記事に天願青年会
の高いジャンプの写真が大きく取り上げられていた。
今回のうるま市エイサーまつりの中の締め太鼓エイサーでは最高の演技を披露してくれた思っている。
ただし、入場してから固定位置での演舞が長く、構成が単調に感じてしまった。
演舞場全体を使って常に移動しながら演舞する変化ある構成にすればよりいっそう華やいで見えるだろう。
ぜひ全島エイサーに出て沖縄市勢に負けない迫力で観客を魅了して欲しい。

・赤道 17:20-17:50 (30分)

60年の歴史を持ち、かつてはパーランクを使っていたが、現在は締め太鼓での演舞に変わったとのこと。
振り付けにかつてのパーランクを使った名残りがあるとの解説。
よそにない締め太鼓の打ち方になっているが、締め太鼓の音が小さく聞こえてしまった。
投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(14)

「第2回うるま市エイサーまつり」最終日 15:30-21:00

午後3時過ぎに会場到着、早速に昨日座ったスタンド席の同じ場所を確保。
場内の出店に行き缶ビールやさんぴん茶のボトル、ヤキソバを購入し、長丁場に備える。
本日は着替え2着、タオル2枚を準備。
最終日も快晴に恵まれ、焼け付くような太陽に観客の大勢が日傘・雨傘をさして開始をまっている。
前日より出足が早いようだ、赤野が始まる頃にはスタンド席はほぼ満席。

・赤野 15:30-16:10 (40分)

旧・具志川市で歴史も長く、全島エイサー常連のビッグネームのパーランクエイサー青年会だ。
同日も全島エイサー最終日の最終演舞・園田の一つ前19:50-20:15まで演舞が予定されている。
当日は沖縄市への移動のためか、うるま市エイサーでは一番最初に演舞が組まれている。
昨日の平敷屋(西)、最終日の赤野といい沖縄を代表するエイサーが観客の少ない一番最初に演舞するこの贅沢さ、恐るべしうるま市エイサーだ。
見所いっぱいだが、女性の踊り手たちのハヤシ(ヘーシ)が気持ちよかった。
うわさ通り、赤野ネーネーのハヤシは沖縄一だ。
2列に並んだ手踊りの隊列が隊列先でクロスした後に左右に分かれていくシーンも感動ものだった。
全島エイサーでも素晴らしい演舞とハヤシで観客を沸かせただろう。

・与那城 16:10-16:50 (40分)

平敷屋、平安名と同じく黒と白を基調とした僧侶スタイルのパーランクエイサーで、派手さもなく静かな踊りが特徴とのこと。
与那城地区の周りには、平敷屋、平安名、屋慶名と沖縄エイサーのビッグネームがあり、また演目・演出も平敷屋、平安名と似ているため、ビッグネームと比較されると地味な扱いになってしまう。
炎天下の下、黒い衣装にゆっくりした動きで40分の演舞は観客の想像以上に体温上昇を招くのだろう。
汗がしたたり落ち、汗が目に入って痛いのだろう、演舞中は我慢し、次の演舞曲が始まるわずかな時間に袖でしきりに目を拭いていた。
ご苦労様でした。
投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(13)

2007年9月2日(日)[闘牛大会」 うるま市石川ドーム 午後1時開始〜2時過ぎ

今年2月の沖縄旅行の際、沖縄本島南北へのびる高速・沖縄自動車で移動中、うるま市石川インターチェンジ手前で木々の間に銀色に光る巨大な宇宙船を発見。
後で建設中の沖縄初の全天候ドーム型闘牛場だと分かった。
今回のうるま市エイサー観覧に合わせ、最終日にエイサーまで時間があったので急遽石川ドームでの闘牛を見ることとした。
うるま市石川インターチェンジを降りてすぐに石川ドームに到着し2500円払って入場。
今年の7月にオープンしたばかりで、形状は埼玉県所沢市にある西武ライオンズのドーム球場スタイルで、周りが吹き抜けになっており、明るく開放感もあり、約20メートルの円形闘牛リングの周りに階段状の観客席が同心円で取り囲み、つめれば一万人くらいははいるコロシアム構造になっている。
また屋根近くを周回する立ち見席からはリング全体を上から見渡せる構造になっている。
トイレも水洗で女性トイレもある。
闘牛以外に音楽コンサートなど多目的な利用に使え、格闘技や大相撲の地方巡業にも十分にOK。

午後1時から2時過ぎまでに10組の取り組み中7組を見る。黒い巨体がぶつかりあい迫力十分。
闘牛も、エイサー同様に沖縄観光の目玉になるかもしれない。
会場に闘牛とエイサーのビデオ・DVDを販売する屋良ビデオの出店があり、闘牛名勝負集を3本、第49回全島エイサーの沖縄市青年会特集(嘉間良、東、園田、越来、諸見里)、第50回全島エイサーの後半(諸見里、赤野、琉球国祭り太鼓、山里、平敷屋・西、北谷町連合会、園田)、沖縄伝統獅子舞(ゲスト:平敷屋エイサー保存会 27分)を各3000円で計6本18000円でお買い上げ。

現在、一部のビデオ・DVDしか見ておりませんが、平敷屋青年会のOBからなる平敷屋エイサー保存会の演舞は見事です。
特に正確な足サバキのアップ画像にはうなってしまった。
平敷屋子ども会、青年会、OBによる保存会の三層構造で伝統エイサーの継承と保持に並々ならぬ努力がなされていることを改めて認識しました。
投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(12)

2007年9月1日(土) 「第2回うるま市エイサーまつり」 初日

・田場(パーランク)、江洲(締め太鼓)、平安座(パーランク)、西原(締め太鼓)、川崎(締め太鼓)、昆布(締め太鼓)

田場と平安座は、赤野系パーランクエイサーでコンパクトにまとまったいい演舞を披露した。
田場区は赤野区と隣接し、平安座は赤野から25年前にエイサーを教わったとのこと。
平安座は腰を中腰まで落としつつ両足首を立ててパーランクを叩くユニークな演技を見せた。
江洲、西原、川崎、昆布は旧・具志川市(沖縄市の東北に隣接)内の青年会で、締め太鼓でのエネルギッシュな演舞だった。
川崎は沖縄市園田から教わったとのこと、上記4団体は明らかに沖縄市エイサーの影響が見られた。

・挨拶取りやめの柔軟対応

初日の最後・平安名エイサーの演舞前にエイサーまつり実行委員会の挨拶が予定されていたが、スケジュールが遅れているので挨拶は取りやめますとのアナウンス。
権威主義のシステムではありえない、観客の立場に立った柔軟対応に拍手。

・平安名 20:20-20:50 (30分)

エイサー演舞に先立つチョンダラー(ナカワチ)の「こっけい踊り」はおもしろおかしく踊っていると思ってはいけない、ピタリと動きが揃い、足腰を大きく落としたり伸ばしたりするのは相当な身体能力(足腰の筋力、股関節と足首の柔軟性)がないとできない。
旗もち、サカハンター(酒かつぎ)の身体能力も相当なものだ、サカハンターの足上げは半端ではない、肩より高く足の甲が上がっている、沖縄で一番足が上がっているだろう、そして大きく腰を落とす、まるで大相撲の力士の四股踏みと蹲踞(そんきょ)を見ているようだ。
旗持ち、サカハンターの3名の足上げ、腰落としのシンクロも見事に息が合い、テークチリ(パーランク)の先頭を切って期待感・緊張感をもたらしてくれた。
チョンダラーの数も多く20名近くおり、テークチリのパーランクの音に負けない大音量の指笛は演舞中途切れることはなく、指笛自体が楽器の役目を果たし、チョンダラーの隊列・手踊りも統制がとれて気持ちがよかった。
地謡の歌三線、隊列全体の動きと構成、手踊りも全て完璧だ。
最後の旗持ち、サカハンターの締め踊りも完璧だ。
投稿者:東京シーサー小
2007年度沖縄エイサー観覧記(11)

2007年9月1日(土) 「第2回うるま市エイサーまつり」 初日

演舞場周りからスタンド席に移動、この時点でのスタンドは6−7割りの入り、海風の通るスタンド最上席に陣取る。
演舞場周りの芝生や青シートの上に席取りはなされているが座っている人はあまりいない、グランド周りの樹木の茂る観客席の木陰で大勢待機しているようだ。
最上席からは、演舞場全体はもちろん、海中道路の中間にある赤い「あやはし橋」と先にある平安座島の島並み、金武湾の向こうに恩納岳に連なるヤンバルの山並みが見渡せ、海風も気持ちよく流れていた。
ただし、スタンドに屋根が無いため、もろに焼け付く太陽の下での観覧となった。
エイサー演舞の向こう側の空に虹もかかり、本日は竜巻の後は虹と自然が盛りだくさん。
まつり会場のうるま市屋慶名陸上競技場は勝連半島の先端ほど近くにあり、交通の便では不利だが、景色は最高である。

・平敷屋(西) 17:05-17:45 (40分)

初めて見る平敷屋エイサー、素晴らしい、感動した。
翌日のまつり最終日終了後、屋慶名バスターミナル発午後9時29分の最終バスを利用して帰る時、一番先に乗車していっぱいの手荷物を横座席に置きつつ座席を確保、しだいに車内が混雑し立ち客も多い。
私の横に今風のダボズボンで頭マルガリで体つきのいいアンちゃんが立ったので、座席の荷物を膝に移して席を勧めると会釈して無言で座った。
バスが渋滞の道を進み、どうにかこうにか平敷屋のバス停に近づくと、隣のアンちゃんが停車ボタンを押して「先ほどはありがとうございました」と席を勧めたことに対するお礼の旨の言葉を礼儀正しく私にかけてきたので一瞬びっくりした。
平敷屋のバス停に降りるので、「お兄さん、エイサーやっているの?」と尋ねると「はい、平敷屋の西でエイサーしています」とこれまた礼儀正しく答えたので、「平敷屋エイサーは沖縄の誇りだから、がんばって」と声をかけた。
一瞬の短い時間だったのでチョンダラーかパーランクか何をやっているか尋ねることはできなかった。
一見、ただのヤンチャなアンちゃんに見えるが平敷屋でエイサーをやる若者は先輩たちから相当厳しく躾られていることを感じた。
だからこそ、平敷屋の一糸乱れぬ素晴らしい演技が伝統として受け継がれていると後日感じた。
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