★崩壊★
第十六夜 E.インターナショナルの話
平成二年。
東京の青山に本社のあるM装芸から大きな物件がきました。
五階建てのファッションビルの中のディスコの新装工事です。
このディスコは、後にテレビや雑誌でたくさん紹介されました。
超バブリー、派手派手な豪華ディスコ。まさにバブルの典型。
なんせ、ビルの中にプールがあって、お客さんはバーで飲みながら、
泳いだり寝そべってるおねえさんたちを眺められるというもの。
もっとも会員制なので、誰でもオープンではないけど。
確か、会員権もバブル時価で、かなりの高額だったと思う。
今では紙屑のような会員権が、投機の対象になっていた時代。
店の入口に立つ黒服がハバをきかす、お客を選別する、そんな威張った時代。
しかし、そろそろバブルは目一杯膨らみ、もう破裂寸前。
でも、まだみんな気づいていない・・・
この工事はかなり利益率の良い、分かり易く言えばぼろ儲けの物件でした。
そのままいけば…
完成まであと少しとなり、さて約束の工事代金の支払いの日。
M装芸から、いきなり代金をオール手形にしてくれという電話。
今だったら、そんな紙切れみたいなもの、当然お断りなんだけど、
その頃はまだ、手形と言うものの恐さをあまり理解していなかったのです。
「ま、いいでしょう。銀行で割り引いて使いますから」
というわけで、数千万の手形(正確にいうと、数千万の金額の書かれた、
期限までに支払いますよという約束のただの借用書)数枚を受け取りました。
手形の期日がやってきました。
当然、決済されるものと思っていました。
朝、事務所へ行くとTさんの様子がおかしい。
「今、銀行から電話がありました!あの手形、不渡りになったそうです!」
まず、山頂から大きな岩がごろりと落ちてきた。あわてて手形帳をめくる。
今回が一回目。次の手形の期日は?
手形を持っているのはうちだけではないから、もっと早く二回目の不渡りが出るかも…
慌ててM装芸に電話する。当たり前だけど誰もでない。昨日まで冗談言ってた社が…、まさか…、まさか・・・
あの経理のYさんは…? みんなしてだましてたの?
東京事務所の夫もパニックになってました。青山の会社に行ってみたけど誰もいない!
ドアも閉まってもぬけのカラ!ディスコの現場へ走る。誰もいない!
直接、ディスコのオーナーの会社へも行ってみました。
オーナーのE.インターナショナルは、すでにM装芸との契約を解除していて、社員から、その確認のサインもとっていました。
今後はオーナーの方で直接仕切るということ。
こうなったら、せめてオーナーから工事代金を回収すべく、夫は交渉を始めました。
こういう場合、倒産会社の残工事なんか誰もやりたくないのですが。業者はみんな逃げているし…
現金、それも前金でないと動いてくれません。だから、後始末をやるならオーナーから現金をもらってやるべきなのでした。
オーナーだって早くディスコをオープンさせたいのだから…
ところが夫は「何とか回収を!」とあせったため、これまた、オーナー振り出しだったけど、一か月後と二か月後決済の手形をもらってしまったのです!
ああ、懲りない、おバカ!
オーナー側は、すでに、ほとんどの工事代金をM装芸に支払っていて、
後はディスコがオープンしてからの売り上げで払いたいということらしいんですね。
E.インターナショナルのS社長は、まだ三十代の〃青年実業家〃でした。
もらった名刺の裏には日本以外に、ハワイオフィース、ロサンゼルスオフィース等の横文字が並んでいました。
(実在するのかどうかはかなり疑問でしたが・・・)
S社長は真赤な外車に乗り、アルマーニのスーツを着こなし、何人もの取り巻きを連れていました。
二個目の大岩が落ちてきた!
E.インターナショナルの0専務から、突然の電話。この突然の電話、いつもろくなことないのです。
果たして今回も、三日後に決済の迫ったE.インターナショナルの手形を、二か月先にジャンプして欲しいという依頼でした。
もうその手形は銀行に出して、すでに取り立てに回っています。こちらの支払いも迫っているのに…
S社長が今、集金に駆け回っているけど、どうしても間に合いそうにないと言うのす。
おまけにもう−社、Fガラスに振り出した手形も同じ日に決済で、こちらもかなりの金額のようなんです。
もちろん、Fガラスの方にもジャンプの依頼をしているらしい。でも、Fガラスはうちと違って大会社です。
どうやらジャンプに応じる気配なんですね。
ここで二社がごねて強引に手形決済を迫ったら、E.インターナショナルはつぶれてしまう。
また手形が紙切れになってしまう。ここは依頼に応じて、生かしてやったほうがよいのかも知れないな。
でもそうすると、こちらの支払いが出来なくなるし…
一か八か、「うちの方はとても応じられません」と突っぱねてみました。
今がんばってS社長が集金しているなら、うちの分はもしかしたら手当出来るかもしれない。
・・・そう、踏んだのです。そして結果は…
ハラハラ、ドキドキの一日でしたが、手形は決済されました。勝った!
Fガラスの担当者から電話がありました。
「お宅、裏切りましたね…」
「すいません。どうしても都合つかなくて…」
「おかげでうちはまた二か月ドキドキもんですよー」担当者、半泣き。
二か月後、この手形も何とか決済されました。
バブリーなディスコは繁盛したようです。
おまけの話
この青年社長、五年後に、ある有名女優と婚約しました。
スポーツ新聞にでかでかと写真が載り、朝のワイドショーにも出演。
会社でテキパキと社員に指示する、頼もしい〃お姿〃がテレビ画面に映っていました。年内にハワイで挙式とか。
「あんた、この人やめときな」 画面の彼女につぶやきました。
案の定、半年後、この婚約は解消され、彼女は普通のサラリーマンと結婚しました。
婚約解消の理由は、「彼の〃女ぐせの悪さと金銭感覚のなさ〃」だって。ほーらね!

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