第二十三夜 王さんの話
N邸の工事を手伝ってもらったK建築の奥さんは、台湾の人でした。
その奥さんの親戚が今度、都内にある湊方薬局を、コンビニと中華レストランに改装したいと言うのです。
今回もしっかり調査したけど、この親戚の台湾人の王さんという人、日本語学校や免税店などを経営していて人柄も良さそう。
銀行の抵当には入っているけど、豊島区の一等地に数億の土地も持っています。
早速、契約を交わして工事に入りました。
約五十坪のマンションの一階の奥に、中華のどんぶりの店。手前がコンビニ。
約二カ月かかって、何とか工事は終了しました。そして引き渡し。・・・集金・・・のはずでした。
その日、王さん、大変大変申し訳なさそうに、こう言ったのです。
「あのー、手形にしてくれない?」
コンビニの保証金やら、設備機器の方に現金を使い果たした上、予定していた台湾からの入金が遅れていると言うのです。
「一カ月待って。一カ月後にはお金入るから。その期日の手形切るよ」
なんという計画性の無さ。やはり台湾人気質と言うべきでしょうか。
しかし、さあ、困った!
すでに店は完成しているし、いまさら壊して持って帰るわけにもいかないしね。
それに、この王さんという人、とてもとてもいい人。お店の中華どんもおいしいらしい。
仕方ない。ここで粘っても無いものはないのです。オール手形で、一応、代金はもらいました。
ニ千万円也の金額が印刷された、ペらペらの紙一枚だけど…
一カ月経ちました。
待ちに待った…というか、不安な日々を過ごした手形期日の前日。
悪夢!
「手形、落とせんらしい…」
東京からの夫の電話。
「ええっ!!!」
王さんの話では、なんでも、当てにしていた台湾の共同経営者、陳さんからの入金が無いと言うのです。
今までは、きちんと振り込まれていたのに…と。
「陳さん、信用してたのに…」
こっちだって、王さん信用してたのに…
とんでもないことになりました。
十万か二十万ならどうにでもなるけど、二千万…。オー・マイ・ガー!!!
でもやっぱり王さんいい人。
「すぐに現金用意して払うから、ちょっと待って」
と言うので、こちらも支払い先の皆さんに、とりあえず、
「ちょっと待って」
と、お願い電話をかけまくりました。
しかしこの王さんの「ちょっと」は、ながーーーい、ながーーーい、「ちょっと」 になってしまったのです。
忙しい仕事の合間をぬって、夫は王さんに集金のお願いに行きました。
しかし、そのたびに、
「陳さんがお金払わない」
と、人のせいにするのです。人のいい夫は、何となく丸め込まれてしまう。
何度目かの集金の時、王さんがうれしそうに夫に言いました。
「今度、仲間と台湾で新しい薬、売るね」
名付けて、「お酒を飲んでもアルコール検査に引っかからない薬」だって。
なんか、なんか…だなあ…。いかにも台湾的。
それも、台湾のテレビコマーシャルで宣伝すると言うのです。
そんなCMいいの? 実際、夫はそのビデオテープを観せられたそうですが・・・
笑っちまったそうな。
しかし、王さん、真剣。
「これが売れたら、すぐお金払うからね。だから、もう少し待ってね」
数日後、夫は再び集金に。あの薬の話は、いつの間にか消えていました。
そのかわり今度は、やはり台湾の仲間と、お茶を輸入して売ると言うのです。
「だから、もう少し待って」
数日後。夫は〃税関検査不合格〃という書類を見せられて、
「あのお茶ね、ダメだったよ。不良品、つかまされたね!」
という言い訳を聞かされたのです。
いくら王さんがいい人だといっても限度がある。
今まで王さんの〃いい人光線〃に振り回されてきたけど、こちらも商売。
そういつまでも、おとなしく黙っているわけにもいかない。…が、さて、どうしよう、どうしよう…。
自宅の台所で頭を抱えました。
とにかく、現在の王さんの資産状況をもう一度調べてみて、どうするか考えよう。
ということで近所の司法書士さんに頼んで、王さんの土地や建物の登記簿謄本を取り寄せてもらいました。
ついでに書士さんに事情を話し、
「なんか、取り立てのいい方法ありませんかぁ?」
と、聞いてみた。この書士さん、ぶあいそなおっさんだけど、結構、親切。
王さんの登記簿眺めながら、
「この土地と建物、差し押さえたらどうですかね?」
一番抵当にはS銀行がついています。これはおそらく土地を購入したときの融資でしょう。
その後、数年経っているので、返済が進んでいれば実際の債務は少ないかも…。という話。
ふん、ふん、なるほど。それ、いいかも!
でも、シロートが差し押さえなんてできるのかな?
「支払命令出して、〃仮宣〃とるといいですよ」
〃仮宣〃とは“仮執行宣言付き支払命令と言い、〃、支払命令をもらった人が、そのまま異議申し立てをせずに二週間放っておくと、次に裁判所から送られてくる、強制執行のできる命令書〃なんです。
“差し押さえ“というのは誰でもできるわけではありません。
これを行なうには〃債務名義“というものが必要。
そして、この“仮宣“は、その債務名義のひとつなのですね。
〃支払命令〃は、以前やったことあるし、王さんは「いい人。」だ。
裁判所の書類なんか放っておくから、きっと“仮宣“は取れるゾ。
よしっ。やってみよう!
まず、王さんの会社の登記簿謄本をとってみました。
よーく眺めてみると、これがなかなか感慨深いものがあるのです。
まず、商号の欄。
当初の商号は「Y薬局」とあり、次に「有限会社S薬局」となっています。
王さんの今の会社の前身です。
多分、Y薬局を買い取って設立したものと思われます。これが昭和四十四年。
今から約三十年前。そして二年後に、今の会社「有限会社宝船」となります。
それから十年後、
都内の日本語学校へ本店が移転し、五年後、改装をしてコンビニになった現在地へ移っています。
次に目的の瀾。
昭和四十四年の目的欄には、医薬品、化粧品卸、雑貨販売に加えて、
「毒物、劇物、麻薬、および家庭用麻薬の販売」とあります。
ええっ? 麻薬売っていいの? 医療用ってことかな。
その後、それに加えて医療器具、自動車等の製造、販売、ならびに輸出入業が加わり、
四十六年に飲食店、風俗営業(バー、キャバレー) の経営が加わっています。
そして役員に関する事項。
ここで興味深いのは、Kさんという女性(日本人)が、代表取締役になっているのです。
住所は日本語学校のある場所。ここに住んでいたということ?
ところが取締役に入っている王さんも同じ住所。ふーん、そういうこと?
途中でこのKさん、苗字がSに変わり、同じく王さんもS姓になっている。
あくまでも推測だけど、人妻であったKさんが、離婚して旧姓Sとなり、
王さんは彼女との結婚により、日本国籍を取得したのかもしれない。
(ちなみに“王さん“というのは通称。謄本には日本名のS姓で記載されていました)
この時、取締役に入っていた金さんが、現在、中華どん屋のコックをやっているのです。
何だか、王さんの人生が見えてくるようです。
日本の高度経済成長期、台湾の人々は、その結束力でお互い助け合い、日本での成功を納めてきたようです。
みな、輸入業や旅行業で、日本のバブルとともに着実に成長してきました。
しかし、もはやバブルに陰りが見え始め、こちら台湾グループでも、土地を担保に借りた借金が返せず、固定資産税も払えず、一人がこけると次々に仲間がこけていく。
まさに将棋倒し状態。ドミノ崩し状態。その中に、王さんもとっぶりはまっていました。
まあ、一回やれば慣れたもの。
以前、裁判所でもらった支払命令の雛形をコピーして、必要事項を記入して郵送。
相手方に到着後、二週間待って、〃仮宣〃の申し立てをする。
この〃お墨付き〃さえもらえれば、ジャーン。いよいよ、〃差し押さえ〃です。
しかし、ここでちょっと問題がありました。自分ではできないのです。いや、できないことはないけど、
そろえる書類が多い。東京まで出ていかないと、ちょっとむづかしいようなのです。
この手続きだけは、東京の司法書士さんに代行してもらうしかないな。
でも東京に書士さんの知り合いもいないし、果たして電話と郵送だけでやってくれる所があるんだろうか…。
あった〜!
東京のタウンページで〃司法書士〃の項目をめくり、〃ダメもと〃でお願いしてみたら、意外にもあっさりと、
「いいですよ!」
電話と郵送でOKという。手間がかかって面倒だから、嫌がられるかと思ったけど。
ただし、前金。
そりゃ、そうでしょうね。でも、こっちだって向こうの事務所も知らない。
前金とって、逃げられたら困るな。ま、そんときは、しようがないか。
さあ、差し押さえ、いくぞ! 絶対、二千万、取り立ててやる!
「借りたもんは返さなあかん」・・・ではないけど、「切った手形は落とさなあかん。それが人の道でっせー」
気分は、その頃の私の愛読書「なにわ金融道」 の世界でした。
桜の咲く頃、差し押さえは完了しました。
夏が過ぎ、落ち葉の頃、突然Gと名乗る男性から電話が入りました。
この物件が〃任意売却〃、つまり、〃裁判所の強制競売ではない任意による売却〃が、なされることになったというのです。
強制競売の場合、うちのように抵当権が下位の者は、ほとんど配当にあずかれません。
だから、任意売却は望むところというか、待ってました!
現在、購入希望者と交渉中であると言うのです。
しかし、なにぶん、バブル後の不動産。売却価格は買ったときの四割程度。
「奥さん、五億で買った土地が、たったの二億よ、二億!」
もう、王さん、電話で半泣き。その二億を一番抵当権者のS銀行、都税事務所(固定資産税滞納のため抵当権がつけられていた)、
そして我社が分配。もちろんG氏の仲介手数料もあります。
しかし、このGという男、あえてGと呼び捨てにしたいくらい、ほとんど詐欺師だったんです。
最初の電話の時に、
「もう、この物件、強制競売が近い」
などと、大嘘をついた。
こちらがシロートだと思ったのか、「さっさとこの値段で折り合わないと、競売になって、あんたんとこの取り分ゼロになるよ」と、焦らせて値切ろうという魂胆。
そんなの、ミエミエ。こっちは「なにわ金融道」だ。
ちゃーんと、裁判所に電話して、この物件がまだ現況調査もされてないこと、最終的に競売になるのは、早くて一年か二年後であることを確認していました。
それなのに、「早く決めろ」と、ほとんど脅し。
せっかく任意売却になるんだし、いくらかでも回収できたら、そりゃ、こちらは助かります。
足元を見られてしまったけど、結局、お互いの言い値の中間値で折り合いました。
「よろしくお願いします」
一応、言っておきました。この話、流れたらやっぱり困るもの。
ところが、この後、数日間、G氏と連絡が取れなくなったのです。
彼の事務所にも携帯電話にもつながらない!
しまった! 持ち逃げされたか!
やっぱり東京へ行って、直接、売買に立ち会って、現金で受け取るべきだったなあ。
振込でお願いしてしまったもんなあ…やっぱり東京まで行くか、夫に頼むぺきだったかなあ…
でも、夫に頼むともっとだまされそうな気がして…。ふかーく、ふかーく反省!
一週間はど経って、G氏から突然電話がありました。
今日、売却代金を振り込むと言うのです。
連絡が取れなかったことを追求すると、
「いやー、S銀がゴネてねー。もう、まとめるの大変だったんスからー」
相変わらず、ミエミエの嘘を言う。
ちゃーんと王さんから聞いてるんだから。
あんたがみんなの足元を見て、一番えげつないことしてるんだって? 王さん、いい人なんだからね。
G氏に王さんのことを言うと、途端に機嫌が悪くなりました。
「直接、王さんに電話しないでくださいよー!」
と、怒った。
やっぱりね。裏でずるいことやってるもんだから。
でも、ここでG氏を怒らせたら、いよいよ何ももらえなくなってしまう
ところがやっぱりG氏、ずるい奴でした。
「だからさー。あと百万引いてくれません?」
ひぇーっ! あと、百万だってぇ? 足元見るのもいいかげんにせぇ!
しかしもう、こうなったら、とにかくさっさともらっちまおう。
「ハイハイ。じや、あと五十。五十万だけ協力しますから、すぐ振り込んでくださいっ!」
おまけの話
G氏から振込のあった二、三日後、東京のA不動産と名乗る人から、電話がありました。
実はこの人が、G氏に王さんの物件を紹介してやったのだと言うのです。
通常、こうして紹介してもらった物件の売買が成立した場合、紹介者に何割かお礼を払うものらしい。
ところが、G氏、売買成立後、自分の手数料として数百万(推定) とってドロン。
「お宅はちゃんと貰えました?」
と、A不動産は心配そうに尋ねました。
「はい。だいぶ値切られましたけど、一応…」
「あぁ、ま、それじゃ、よかったですね。
しかし、あのヤロー!こっちにゃ何の断わりもなく逃げやがって!半殺しにしてやる!」
おぉ、こわ…。
その後のG氏のことは詳細不明。
おまけのおまけの話
G氏は「もう、いっさい、王さんと連絡をとるな」と言ったけど、なんとなくその後が気になって電話してみました。
王さん、いつになく明るかった。
土地が売れて、一応、うちにも一部ではあるけど返済できて、少しは肩の荷が降りたのかな?
「奥さん、私、今度ね、大きな仕事するよ。十四億の仕事よ、十四億!」
「えぇっ?!」
驚く私に、ゴキゲンな王さんから、ピ・ピ・ピ・ピ・ピ…とファクスが流れてきました。
まずは一枚目。何だかエラソーな紋章入りの便箋に、
〃アメリカ領サモア政府 代表部 代表 ウソウリ鈴木〃(なんじゃ、こりゃ?)
という署名の入った委任状。どうやら内容は、「台湾政府とその国との国交の仲介を王氏に委任する」というものらしい。
二枚目。「エネルギーを使わないで、自分で発電できるナントカ磁石モーター発電機の特許に関する協議書」なるもので、王さんが、発明者と会社との仲介者となっています。
その協議書には、これがうまくいったとき、仲介者すなわち王さんに、な、なんと十四億円支払うと書いてあります!
うーん…、なんだかなあ…、なんだかなあ…。〃よく聞く話〃ではあるよなあ…。
普通の人なら、笑っちまうけど。いるんだなあ。マジでいれこむ人。
まあ、台湾の仲間との取引だし、なんとも言えないけど…。
実際、数年前には、こういった儲け話で王さんは何億もの土地を手に入れ、一応成功はしたんだから…。
「すごいですねえ。うまくいくといいですねえ…」
どうせ、電話だ。二ヤニヤ笑いながら、励ましました。
「みんなね、本気にしないのよ。あんまり金額、大きいからね」
(そりゃ、そうだろう)
「奥さん、いいひとねえ…」
(いやいや、はんとは私も笑ってますが…)
今までの王さんの激動の人生が、なんとなくフラッシュバックしていきました。
「この仕事、うまくいったら、奥さん、台湾にご招待するよ」
「わあ、ありがとうございまーす」
明るく元気に電話を切りました。
切った後、ふか〜いため息が出ました。

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