第二十六夜 K工芸の話
以前、仕事をさせてもらったけど、しばらく取引のなかったK工芸という会社から、
久し振りに仕事の依頼がありました。
若者の間で、最近人気のブランドのブティックを二店舗、改装するというのです。
東京で雇い入れた、我社の現地社員のIさんも張り切っています。
でもね〜、K工芸の方の担当のBさん。とにかくぼーっとしているのですよ。
そんなに〃年〃ではないのだけど・・・
電話の声は、テレビアニメの「ちびまるこちゃん」に出てくる“ボーちゃん〃そのもの。
電話の要領も悪い。仕事の方も推して知るべし、なのです。
オープンの日にちの決まっている店舗改装で、この段取りの悪さは致命的。
おかげで、とうとう二店舗とも現場に〃火〃がついた!
間に合わないっー!!!
しかし、オープンの日は動かせない。
何がなんでも、とにかく開店できるように形は作らねば・・・
そんなどさくさの最中に、突然K工芸のN社長が自ら電話してきたのです。
N社長は夫より少し年下?
今度、高校入試を控えた子供がいるっていっていました。
うちの次男もそうなんですが。
電話は何だか、せっばつまった声。
・・・悪い予感。
「奥さん、今度の手形、落とせそうにないよ。ジャンプしてくれない?」
もう、ジャンプの話はこりごり。
K工芸は大した資産も持っていません。
ジャンプしたところで、決済できる見通しはほとんどないでしょう。
そのうち不渡りを出すことは目に見えています。
「ダメですよ」
冷静な私。
悲しいことに、不渡りには慣れてしまった。「またか…」って感じです。
(もう、ダメだな、この会社も。でも、今度の工事の残金もまだだし…)
「じゃ、今の工事の残金も早めに貰えますか?」
こうなったら、紙切れになるかも知れないけど、まだ、潰れてはいないし。
どっちみち現金は持っていないようなので、何もないよりは、後々のために残金の手形も切らせることで一カ月のジャンプに応じました。
現場に″火″がついたのも、どうやら、この資金繰りの悪さが原因のようでした。
支払いが悪いから、業者が動かないのです。
が、なんとかこれもきりぬけて、ブティックは無事オープンとなりました。
そして手元にはK工芸振り出しの数千万の手形が残りました。
早朝、夫から電話。いつもの〃悪い予感〃。
「おい、K工芸が燃えた!」
「はあ?」
「火事で工場も事務所も全焼…」
幸いけが人はなかったが、原因は不明。
前日、最後まで残っていたのは、N社長だけだって。
周囲では、火災保険を狙って「社長が自分で火を付けた」という噂が流れました。
当然、N社長は断固否定。
「警察の方でも、その疑いはないとされた」と、N社長本人は言っていましたが。
混乱の中、K工芸のジャンプした手形の決済日がやってきました。
当日、N社長から電話が。
「奥さん、ゴメン!」
心配していた。
予想もしていた。
覚悟もしていた。
・・・でも、モーレツに腹が立った!
(何がゴメンだ!子供じゃあるまいし…)
N社長の話によると、K工芸と永年取引のあったF興業の社長が、
工事代金としてK工芸から受け取った手形に、N社長の個人保証をつけるという条件で、手形の決済資金を融通してくれるという約束を取り交わしたと言うのです。
ところが、F興業の社長は約束を破り、当日、決済資金は入金されなかったのです。
N社長は当日、銀行にカンヅメになり、必死になってF興業の社長に連絡を取り続けました。
が、ついに、つかまえることが出来ませんでした。
「F興業の社長は、わざと逃げていた」とN社長は言うのです。
F興業は計画的にK工芸をだまし、手形の個人保証をとった。
「これは明らかに、計画的な詐欺事件だ」というのが、K工芸のN社長の言い分なのです。
その後、K工芸からファクスが送られてきました。
今後の受注工事予定が、たくさん書かれていました。
「F興業にだまされて不本意な不渡りを出してしまいましたが、こんなにたくさん仕事は持ってます。当社の再建のため、なにとぞ、ご協力を」
という〃お願いファクス〃でした。
しかし、すでに不渡りを出してしまった会社、前金でもない限り、どこも相手にしてくれません。
せっかく決まっていた工事も他社に横取りされ、次々にキャンセルに。
一カ月後、二度目の不渡りを出し、今度は代理人の弁護士さんの名前で、K工芸からお詫びと破産申立てをする由のファクスが送られてきました。
我社も、もはやこれまで…。
数千万の手形が紙切れ…。
・・・もう、何もなくなった。
東京のマンションもただちに解約。
車、電話、大工道具、コンプレッサー等、売れるものは全部売ってしまいました。
唯一残ったワゴン車に、冷蔵庫と洗濯機、それに自分の洋服を積んで、夫は高速を走り続け、九州に戻ってきました。
バブルはすっかり消えていました。
おまけの話
こういう事態には珍しく、K工芸の社長の携帯電話は、いつも、つながりました。
何とか一部でも回収できないかとお願いしてみたけど、もう〃破産〃ではどうしようもありません。
向こうも開き直ってるし。
「でもねえ、奥さん、こうなってみると、もっと早く潰せば良かったと思うよ〜
だって、みんなチャラだもん。もう、手形落とさなくていいし。
毎日、眠れないくらい悩んだのがバ力みたいだよ」
(あのね、あんたのおかげで、いったい何人もの人が泣いてると思ってんの?
これからあんたが不渡りにした手形の負債を背負って、ずうーっと銀行に借金返さなきゃならないんだよ)
電話でなかったら、つかみかかっていたかも知れない。
この無限大のアホバカ野郎!
あんたの子供なんか高校落ちてしまえ。不良になって、家出でもしろ!!!
私は呪いのかたまりとなりました。
けどね〜、彼の子は晴れて希望校に合格。
そのまんま、ぬくぬくと一家そろって引っ越しもせず暮らしているのです。
そして、うちの息子は希望校へ行けず、不本意な私立校に、高い入学金を払って通う羽目に。
おーい! 神さまぁ〜、不公平じゃないですかぁ〜
おまけのおまけの話
かつてM装芸と取引していた頃、バーゲンセールで衣類乾燥磯を買いました。
結婚十二年目にして、初の大きなお買物でした。
ところが、乾燥機が来た翌日、M装芸は倒産!
二年後、ケー・アンド・エーと取引していた頃、冷蔵庫を大型に買い替えました。
するとこれまた倒産。
その後、K工芸と取引していたとき、香港旅行を計画しました。
出発の数日前になって、K工芸、倒産。旅費はすでに支払済。
「えいっ、行ってしまえー!」
と、最低限必要な帰りの空港税だけ握って出かけ、おみやげは何にも買わずに帰ってきました。
やけくその香港旅行。
・・・でも、楽しかったよ!
ま、なるようになるさ!

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