星から来た二人
作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一 編曲:萩田光雄
なお、ピンクレディーだけでなく、「ヤング・フレッシュ」も歌唱
さて、ピンクレディー、
シングル全曲集は。
ペッパー警部 [1976.08.25]
〜
OH! [1981.03.05]
全部で22枚のシングルレコードについて、発売年月日に合わせて記事を投稿してまいりました。
なので、先月、OH! を書いたところで終了のはずなんだよね。
でもここはも一つ、最後にファイナルコンサート [1981.03.31] について触れることにいたしましょう。
といっても、、、ねえぇ、、、。
まーくが直接、
後楽園(注:東京ドームじゃないです、後楽園球場です)
まで観に行ったわけじゃない。何度も繰り返すけど、コンサートに行くにはまだ少ーし、幼かったし。
で、後で
ビデオ(注:DVDじゃないです、ビデオテープです)
で解散コンサートを確認しました。
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もう何も言えません。雨の後楽園で、ピンクレディー(現役時代)が、、いよいよお終いになってしまうのです、、、。
でもコンサート各曲の中で、非常に感動的だったのが。最初の、
星から来た二人
アニメ ピンクレディー物語 栄光の天使たちの主題歌として、ヤング・フレッシュという歌手が歌っていたのは、有名....?じゃないよな、ファン以外にはあまり知られていない話。
ちなみにこの番組は、
東京12チャンネル(注:TV東京じゃないです、東京12チャンネルです)
で放送。
でも数多のヒット曲を押しのけて、この曲から始めたというのは、なんとも良く練られたアレンジ(だと、今の私は思います。)穏やかで、でも芯の強さを秘めた曲。聞く人みんなの幸せを祈るような曲です。
ところがねえ、1991年NHKの
阿久悠特集番組の中で、ピンクレディーファンだと
自称する清水ミチ子が。
最盛期のピンクレディーのあまりの人気を評して
>UFOの歌詞のように、宇宙からやって来たように思われていた
と発言。いや、その発言自体は良いんだけど、、、。
清水ミチ子さん、あんた、ピンクレディーファンだと自称するなら、当然、そのものズバリ、
星から来た二人 という曲もご存知だよね?
時、あたかも1980年度の年度末。コンサートの最後は「蛍の光」で締めくくられ、まさにミーちゃんケイちゃんも、そして実はなにより、ファンのみんなも、なにかを卒業することを表しているようでした。
ところが、、、卒業後に、アンコール曲があったんだ、もう一つ。
それは大ヒット曲でも、オリジナル曲でもなく、意外なところで、、、
I was made for dancing
これを日本語カバーで歌う、ミーちゃんとケイちゃん。
なぜこの曲なんでしょう?ピンクレディーの音楽性と、日本語でのポピュラーミュージックの可能性を拡げたことを象徴する選曲なのでしょうか?
当時の音楽界の事情が分からないまーくには、論評できる範囲を越えています。
でも確実に言えるのは、
1981年(昭和56年)3月31日
これを期して、ピンクレディーが、そのファンたちが、そして、、
日本社会そのものが
なにかを
卒業してしまった気がします。
ピンクレディーのデビューで新たなページを開いた日本の歴史は、その大ヒットで新しいステージを迎え、そして、、その解散とともに、なにかが終わってしまったように思うんです。
(って、そりゃ俺の個人的体験に基づく感覚に過ぎないかも、だけど)
ピンクレディーが、あの時代の日本社会にとって、また日本を流れる歴史の中で、どんな機能(function)を果たしたのか?
すこぶる重要なテーマなので、それはまた日を改めてお送りすることといたします。
(って、まだ俺も考えがまとまってないしねぇ)

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