「まくらことば」というのもあるが、大辞林には
(5)前置きの言葉。落語などで本題の前に語る小噺(こばなし)を中心とした部分の称。
(6)物事のよりどころ。典拠。種。
「歌―」
――が上がらない
と説明されており、まぁきっかけみたいな使い方でしょうか、普通は。まくらってPillow ですが、赤煉瓦掲示板の閉鎖に伴ってなのかはどうかは不明(誰からも何も言ってこず突然)ですが、突然閉鎖された掲示板のタイトルが「想い出まくら」。このタイトルからの連想でしょうか、そこでの「数人の会話」をピロートークと某氏が書かれた事があった。それを参加者の一人がなんて訳したかしら、ちょっと忘れた。私が聞き慣れない言葉だったが、その翻訳した超本人が即、クレームしていたから過去に似た会話をされていた、って事だったのかな、今にして思えば。私は複数人が話している掲示板が何故そういう表現になって、何故そういう翻訳になるのかがよくわからなかったし、ピンと来なくて呆然と立ちすくんでいた、という感じだったかしらん。あのお二人にはそういう会話が成り立つ土壌があったということでしょう、多分ですが。
渡辺さんなんか特に問題発言もないのに何故なのでしょうね、って閉鎖をいぶかっておられた、そういえば。当たり前ですよね、公開で書いてこられたような「好きだす」みたいなのは一切なかったくらいなのだし、誰も煽る人もいなかったのだし。
掲示板タイトルの
「想い出まくら」から妄想でもなされたのでしょうが、それってそもそも小坂恭子さんの歌の題名からつけていたのに。
ピロートークって枕詞、ではなく、眠る前にあれこれお話しすることだと思うけれど、それって必ずしも男女ではないでしょう。両親からお話を聞かせてもらう子供、パジャマ・パーティというか子供通しのお泊りでのないしょ話、まぁ普通はこうでしょ。あきれてものが言えませんね。
ドリス・ディのPillow Talkを知ったかぶりして妄想していた管理人がいた、そういえば。バーのマダムをなさっていたと公開で吐露されたり、過激な表現をして某掲示板をアクセス禁止になっておられた。それはご自分の業界の言葉でこう言います、と前置きして表現された投稿について管理人が眉を曇らせた、ということかと私的には理解していたけれど、そのアクセス禁止についてクレームしたのが他老人家さんと某女性でした。
掲示板では素知らぬ顔で、突然メールで近づく、というのは流行っているのかな?那山さんにも恋熊さんにも同じ手法をなさっていたようですが。まぁこれもネットならではで、悪いといっている訳ではないですが、混乱を来たすから、早々に個人的なお付き合いに移行されて出てこられない方が有難いですが、そうもいかないみたい。ネットの噂をする為にオフで集まるという噂好きだから、オフ好きの人って。噂されている方は迷惑だけれど、ネットに書かなきゃ噂される事もなくなるから、自業自得の面が無きにしも非ずでありますが、非公開で喋った事を公開の掲示板にあれこれ書くからトラブルというのが真相ですが、公開されないからといっても嘘を撒き散らすのはいずれにしてもご法度でしょう。誰かに関して嘘ついてまで仲良くしたいのならどちらもネットに出てこないで、一切ネットの噂もしない事でしょうか、オフで。
さて、まくらことばと言えば小倉百人一首を思い浮かべますが、小倉百人一首の原型は鎌倉時代の歌人藤原定家が、上代の天智天皇から、鎌倉時代の順徳院まで、百人の歌人の優れた和歌を年代順に一首ずつ百首選んだものだそうな。西行法師も、持統天皇も、紫式部も清少納言も勿論選ばれていますよね。
別荘の襖色紙にのせるのがきっかけで撰んだそうです。成立当時まだ百人一首に一定の呼び名はなく、「小倉山荘色紙和歌」とか「嵯峨山荘色紙和歌」と呼称されたとのことです、ウィキペディアによれば。
春は若い人の環境が大きく変る時節ででもありますが、さくらの季節には「友達百人できるかな」と期待に胸膨らませて新入学したであろう9歳の男の子の7歳の時の詩は素晴らしいですね。「ぷにょぷにょ・ぽよぽよ・ぼよん」この擬態語ははっきりとはしらないけれど、なんとなく柔らかそうな、暖かそうな、ってイメージの言葉ですね。ぽわぁーんとしているみたいな、柔らかい感じが良く出ていると思う。上手な詩だと思う。
北国の遅い春の、今年限りの桜には会えたのだろうか、拓海くんは。合掌。
おかあさん
青森県八戸市立美保野小学校2年
西山 拓海
おかあさんは
どこでもふわふわ
ほっぺは ぷにょぷにょ
ふくらはぎは ぽよぽよ
ふとももは ぼよん
うでは もちもち
おなかは 小人さんが
トランポリンをしたら
とおくへとんでいくくらい
はずんでいる
おかあさんは
とってもやわらかい
ぼくがさわったら
あたたかい 気もちいい
ベッドになってくれる