長恨は長〜い恨みというものでしょうか、もしかしたら。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い状態?袈裟の色も色々階級があるような。
さて、上野山はその昔個人の下屋敷(別邸)だったらしい。
藤堂高虎。徳川家康の家臣で、築城の名手といわれた藤堂高虎は、上野山に下屋敷を有していたのでありまして、上野山が比叡山に対抗させて東叡山寛永寺となって、将軍家霊廟となったのだそうです。この人は染井村を代替地に賜った模様。
天皇もそうですが、天下人と言われた人はなんでも意のままになったのか、個人の別邸といっても今の狭い各人の持分とはスケールが違いすぎて、富の分配はスムーズに行われた結果というのも言えるかもしれない、財閥解体とかで。でも、お金は寂しがりやですから、財布の中が諭吉殿一人になるとすぐ仲間のところに行きたがるという性癖はあるようで、富める者は益々富み、そうでない者は何時までも貧しく、というのは当たっているのかもしれない。余り賢明でない子孫が三代くらいで食いつぶしてしまったり、騙されて手放してしまったりする。生まれた時から何不自由ない暮らしで、騙され慣れていないというのは確かにあるかもしれないけれど、そういう環境で延々とお家を繋いでこられた天皇家はそれなりに評価されるということであり、世界で「エンペラー」皇帝と英訳されるのも日本の天皇だけであります。
それは人智の及ばない「天皇は神聖にして侵すべからず」なのでありましょうか、良く判りませんが。革命は起きたけれど、天皇は神聖にして侵すべからざる存在として、マッカーサー元帥殿がお決めになったのではなかったかと。
エンペラーといえばげんそうでしょうか、玄宗皇帝。楊貴妃を寵愛しすぎて傾国せしめたと言われてしまった人ですが、「長恨歌」に記録されています。傾国の最初は殷の紂王の妲己。「だっき」と読みます。この人の物語は宝塚少女歌劇で見たけれど、内容は全然わからなかったが、「だっき」と叫ぶ王の言葉だけ覚えていたのだった、まる。
げんそうが、幻想となって即興曲なら冬季五輪で荒川静香さんが金メダルをとった時の曲でした。ヴァレンティーナ・イゴーシナさんのピアノで聞く
幻想即興曲。
離宮というのは「皇室の別邸」ですが、山崎豊子の「華麗なる一族」のモデルの一人だと言われる岡崎真鶴が創始者である岡崎財閥の邸宅の跡地は1973年(昭和48年)に神戸市が用地買収し、現在、須磨離宮公園の植物園となっています。
↓ここも幻想的な光景です。
浜離宮庭園 ライトアップ posted by
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