本日は確か美空ひばりさんの命日ではなかったですか?お友達の中村メイ子さんが「無二のし(624)」んゆう(親友)が亡くなった日だからこの日は絶対忘れない」と言っておられたので憶えてしまいました。あじさい忌と言われているのは石原裕次郎さんの命日で(故人は胡蝶蘭がお好きだったのだけれど)、それは今気になって調べてみたら7月17日でした。その頃まで紫陽花はまだまだ美しく咲くと言う事でしょうか。ひばりさんは紫がお好きだったから、紫陽花も故人を偲んでいるのかもしれません。
北鎌倉と言えば、小津安二郎監督の
「麦秋」において北鎌倉のホームで交される会話に出てくる「チボー家の人々」には、14歳のジャック・チボーとダニエル・ド・フォンタナンが一冊の灰色のノートを使って、打ち明け話や詩を見せ合い、友情を深め合うという場面が出てきます。「チボー家の人々」はカトリックのチボー家と、プロテスタントのフォンタナン家を対比させているのですが、日本で刊行されたのは、1937年でそれ以降ベストセラーを記録したそうです。あの会話、洒落ているなぁって思っていたものだから、今頃になるとちょっと思い出す。最初はジャックってどのジャックなんだろうと思っていた。赤煉瓦の連中、暇ですねとかね。メールに悪口はつきものですもの。それが本心だったりするし、本心なんてどうでもいいかも、大事な人以外は(爆)
丁度今頃なのですが、映画の麦秋というタイトルが凄いなぁ、と思うのでありまして。知識人とはこういう人のことをいうのか、と今更に。この映画が完成した頃の北鎌倉はまだ紫陽花で有名と言う事はなかったと思われます。麦畑が広がっていたとかね。実際はそうではないけれど、そういう連想を呼ぶところが「オズの魔法使い」たる所以かしら。あぁ、オズの魔法使いというのは「小津安二郎」の小津と、児童書の「オズの魔法使い」を掛けているのですが。
母よ、
淡く悲しきもののふるなり
あじさい色のもののふるなり
ひばりさんも結婚をされ、離婚をされ、甥を養子に迎え、病をおして仕事も続けて...壮絶な女の一生だと思います。女の一生といえばモーパッサンでしたっけね。マノン・レスコーとか、ベラミとかを書いていますね、モーパッサンは。ベラミとは「美貌の友」の意味らしい。美貌の冷血漢ベラミ(あだな)が、上流階級の女性たちを踏み台にのし上がる物語であります。京都は東山・三条駅前にあったサパークラブ・ベラミの命名はこの小説に由来するのだろうか?あーそうか、そりゃぴったりかも。
ここは美空ひばりさんを贔屓にしていた山口組三代目の田岡組長が銃弾に倒れたクラブですよね、世に言うベラミ事件。この暴力団の抗争事件のその日は太秦の撮影所で火事があったというからなんだかきなくさいなぁ。
「悪しき所業には、悪しき動機という以外に、ほかに動機があり得るんだ。人はとかく、本能のはげしい満足といったように考えやすい。だが、事実においては、往々、いや、しばしば、それ自身としてりっぱな感情...たとえばあわれみといった感情に動かされてやっていることがあり得るんだ」
(チボー家の人々、灰色のノートより)
事実は小説よりも奇なり...