2018/2/20  22:15

アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専…国立国会図書館での職員名鑑閲覧で見えてきた西尾前校長の作戦  群馬高専アカハラ問題

■群馬高専にありとあらゆる災厄を撒き散らしたあげく、前年の2017年3月をもって出向元の文科省に逃げ帰っていった天下りキャリア官僚の西尾典眞前校長ですが、当会の弛まぬ調査によって、現在は閑職にあることが判明しています。
〇2017年10月22日:アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専…アカハラ事件の責任を取らず逃亡した西尾前校長と文科省の事情
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2448.html
クリックすると元のサイズで表示します
2月10日に訪れた国立国会図書館。



 ところで当会として、西尾典眞が文科省からの天下りである事実については、かなり早期の段階(2015年4月)に把握していました。
〇2015年4月21日:アカデミックハラスメント被害に揺れる群馬高専の学校長からオンブズマンに「一切回答拒否」と返事
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1590.html

 しかしこれはあくまでネット検索に引っ掛かった一部の関連情報から判明しただけであり、そもそも群馬高専が校長のプロフィールを一切掲載しておらず、西尾前校長の詳細な経歴については大半が闇に包まれていたことから、当会ではかかる情報を得るために別の方法を模索してきました。

 その折、文教ニュース社から毎年「文部科学省国立大学法人等幹部職員名鑑」という人物名簿が刊行されており、これには文部科学省や国立大学法人、その他関連機関(高専機構や各高専も含む)の管理職(文科省は係長級以上、その他は課長級以上)にある人物の生年月日・出身校・全職歴が掲載されていることがわかりました。
https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-770.php

 当会でこれを確認したいと考えたところ、インターネット上はおろか、市や県レベルの図書館ですら所有しておらず、千代田区永田町の国立国会図書館でしか閲覧できないシロモノであることが判明したため、当会として国会図書館に直接赴いて閲覧することを決めました。

■週末を利用して、さる2月10日に国立国会図書館に足を運ぶ機会を得て、「文部科学省国立大学法人等幹部職員名鑑」を閲覧できるはこびとなりました。

クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
左が本館右奥が新館。利用者入口は東側(国会議事堂側から見て右奥)にあり、図書は本館、雑誌は新館にあり、本館と新館は連絡通路でつながっている。
クリックすると元のサイズで表示します
本館入口。
クリックすると元のサイズで表示します
新館入口。

 国会図書館は国会議事堂の裏手にあるため、東京駅から地下鉄丸ノ内線に乗り換え、国会議事堂駅でおりました。土曜日の開館は9時30分から17時までとなっており、10時前に着いたころには、前後に2、3組のグループが同じように国会図書館に入っていきました。しかし彼らは本館に入ってゆきましたが、当会は国会図書館を訪れるのは初めてのため、利用者登録が必要だということで新館のほうに入りました。

 ただし、今回は閲覧図書がハッキリしていましたので、利用者登録をせず、当日利用カードで入館する手続きをとることにしました。この場合、オープンスペースにある書架においてある図書類は自由に閲覧できますが、書庫内資料の閲覧請求はできません。

 受付カウンターで係員の指示に従って申込用紙に氏名など必要事項を記入すると利用カードをくれました。そして右手にあるロッカー室で手荷物やコートなどを預けてから、メモ帳、筆記用具、携帯電話、財布などを備え付けの透明なビニール袋に入れて、セキュリティ・ゲートに当日利用カードをかざして中に入りました。

 中に入ると書面に案内図があったので、とりあえずインフォメーション窓口で、官公署の職員名簿の閲覧をしたいと、件の図書名を告げると、3階に行くように教えられました。新館の入口は2階にあるので、吹き抜けの脇にある螺旋階段を上って3階の議会官庁資料室に行きました。

 中に入ると3名ほど利用者らしき人の姿がありましたが、そのうちの胸に名札を付けた一人が、近づいてきて、利用目的を訪ねたので、さっそく閲覧希望の図書名を告げると、即座に当該図書が置いてある書架のところに連れて行ってくれました。複写を希望する場合には声がけをすれば手続きを説明してくれるというので、さっそく「文部科学省国立大学法人等幹部職員名鑑」を手に取ってみました。

 書架に置いてあったのは平成27、28、29年度版で、目次を見ると国立大学や高等専門学校の名前がずらりと並んでおり、もちろん群馬高専のページもあったので、最新の平成29年度版と28年度版の当該ページを複写することにしました。

 複写の場合は、1階の複写カウンターでA3判1枚24円(税抜き)でやってくれますが、申込用紙に記入しなければなりません。しかし、3階で担当者のかたに図書名などをパソコンにインプットしてもらったので、複写を希望するページ番号と枚数を自分でうち込むだけで済みました。氏名等は利用カードをリーダーにかざせば自動的に読み取られるので、1回利用すれば、2回目からは非常に簡単です。ちなみに、著作権法により複写利用目的は「研究・学習目的」です。

 複写希望ページ箇所に付箋紙を貼り、分厚い名簿を2冊抱えて1階に降り、複写受付カウンターで申し込むと15分以内にプリントアウトカウンターで料金を支払って、コピーを受け取れます。たまたま利用者が少なかったので、5分で受け取れました。待ち時間も全て備え付けのパソコンでチェックできます。料金の支払いは電子マネーでも可能とありました。
※参考:複写手数料 PDF ⇒ 20180210_receipt_of_copy_service.pdf

クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
構内のモニュメント。
クリックすると元のサイズで表示します
1984年津田裕子作「Pause」。
クリックすると元のサイズで表示します

■こうして今回謄写して入手した情報は次のとおりです。(当会注:事務部長・総務課長・学生課長の詳細経歴については割愛。確認は掲載PDFファイル参照。敬称略)

*****平成28年度(2016年度)群馬高専幹部*****PDF ⇒ 20180210_heisei_28nendo_gunmakosen_kanbumeibo.pdf
☆校長 西尾典眞(にしお よしちか)
昭和32年8月3日生 京都大学法学部卒
56・4 官房人事課給与班
56・8 文化庁庶務課
58・4 管理局助成課
59・7 助成局施設助成課
59・9 体育局学校給食課
60・4 同 〃企画係長
63・1 高等局私学行政課法規係長
元・4 新潟県教委社会教育課長
3・4 官房総務課補佐
3・9 学際局国際企画課専門員
4・2 在大韓民国大使館一等書記官
7・3 官房人事課補佐
7・4 生涯局生涯学習振興課生涯学習企画官(兼)民間教育事業室長
8・7 国立教育研庶務部長
10・7 官房政策課政策企画官
11・7 助成局視学官(兼)総務庁青少年対策本部参事官
13・1 国立教育政策研教育課程研究センター研究開発部長
16・4 開発局地震・防災研究課長
18・8 日本私立学校振興・共済事業団参与
20・4 信州大理事
23・4 (独)特別支援教育研理事
25・4 群馬高専校長

☆事務部長 加藤敏明(かとうとしあき)
昭和32年1月8日生 東京経済大学経済学部卒
☆総務課長 櫻井孝幸(さくらいたかゆき)
昭和34年3月23日生 中央大学法学部卒
☆学生課長 田村順一(たむらじゅんいち)
昭和35年6月4日生
【注:文教ニュース社「平成28年度文部科学省国立大学法人等幹部職員名鑑」P1248-1249より著作権法第32条に基づく引用掲載】
**********

*****平成29年度(2017年度)群馬高専幹部****PDF ⇒ 20180210_heisei_29nendo_gunmakosen_kanbumeibo.pdf
☆校長 山崎誠(やまざきまこと)
昭和31年3月23日生 名古屋大学大学院工学研究科博士後期課程単位取得退学

59・4 長岡高専電気工学科助手
61・4 同 〃講師
元・4 同 〃助教授
12・4 同 〃教授
16・4 同 電気電子システム工学科教授
17・4 同 〃科長
20・4 同 専攻科長・校長補佐
22・4 同 教務主事・副校長
28・4 同 副校長(教育改革担当)
29・4 群馬高専校長

☆事務部長 猿田智男(さるたとしお)
昭和33年8月20日生 国学院大学経済学部卒
☆総務課長 櫻井孝幸(当会注:前年度に同じ)
☆学生課長 田村順一(当会注:前年度に同じ)
【注:文教ニュース社「平成29年度文部科学省国立大学法人等幹部職員名鑑」P1256-1259より著作権法第32条に基づく引用掲載】
*********

■ここで何より重要なのが、西尾校長の生年月日です。昭和32年、つまり1957年の8月3日生ということは、去年8月に満60歳を迎えたという事です。

 文科省の職員であれば、以下の人事院のサイトのとおり、定年は60歳ですから、今年(2018年)の3月末に退職することが確実というわけです。
※参考URL「人事院」↓
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/jinji_04d.html

 言い換えれば、文科省に出戻り、一連の群馬高専における事件について万が一にも責任を問われないうちに定年退職して悠々自適の生活を送ろうという西尾典眞前校長の作戦がようやく見えてきたことになります。

 国家公務員法第82条2項より、高専機構はじめ外部機関への出向中に起こした事件については、文科省への復帰後も遡及して責任を問えることになっています。しかし、文科省すらも定年退職という形で辞してしまえば、西尾前校長はとうとう全ての責任と追及から解放されるわけです。加えて、文科省を定年退職した時の退職金には、群馬高専や他外部機関への「出向」時の年数についてもキチンとカウントされるようです。

 となると、山崎現校長らが現在なりふり構わず行っている時間稼ぎ(明らかに無理筋な控訴や文書不開示等)は、文科省に逃げ込み定年での逃げ切りと退職金満額獲得を目論む西尾前校長に万に一つでも追及が飛び火しないようにする目的があることが見えてきました。

■しかし、西尾前校長の思惑こそ、こうして判明してきましたが、一方新たな疑問の種となってくるのが、現在西尾前校長が退職金をたらふく抱えて逃亡するための「しんがり」としての役目を十二分に果たしている山崎現校長と幹部職員らです。

 西尾前校長の意地汚い個人的利益のために、なぜここまで汗水を垂らして問題をかき回し、何の見返りも無いのにここまで忠節を尽くせるのか、普通に考えて答えがなかなか浮かんでこないからです。まして、山崎現校長は西尾前校長より年上であり、いくらキャリアと叩き上げの差があるとはいえ、普通の感性であれば、年下の天下りの尻拭きなどプライドにかけても「ごめんこうむる」わけです。

 そこで、今回入手した各人物のバックグラウンドに再度注目してみると、興味深い事実が見えてきます。

■まず、山崎誠については、「そもそもなぜ、長年慣れ親しんだ長岡高専ではなく、わざわざ群馬高専で校長に就任することになったのだろう」という根本的な疑問があります。

 そこで、現長岡高専校長について調べてみると、現校長である竹茂求氏は、平成29年4月就任であることがわかります。となると、群馬高専と同時に校長の席が空いていたわけです。
http://www.nagaoka-ct.ac.jp/gaiyou/12957.html

 また、竹茂氏は前年度まで仙台高専で副校長を務めていたプロパーであることがわかります。
https://science-community.jp/event/science_day/science_day_award_detail.php?science_day_award_id=185

■では、同様に「竹茂氏がなぜ仙台高専校長にならなかったのか」と考え、現仙台高専校長についても調べてみることにしました。

 現仙台高専校長の福村裕史氏は、東北大教授から2016年4月に就任したプロパーであることがわかります。
http://shinbun.fan-miyagi.jp/article/article_20170430.php

 以上を踏まえると、2017年度の校長選考にあたっては、まずその前年度に福村裕史氏が既に仙台高専校長に就任してしまっていたため、校長の座を得るために長らく奉職した仙台高専を飛び出て活路を見出さざるを得なくなった竹茂求氏と、山崎誠の間で長岡高専校長の座を巡って競争が起きたことは想像に難くありません。

 しかし山崎誠が長岡高専の叩き上げであることを加味しても、竹茂氏に能力・評価の面で今一つ及ばず、山崎誠にとって長岡高専の校長になれないという危機が到来してしまったのでしょう。高専校長は最低でも5年近くは在職しますから、近隣の高専で都合よく校長の椅子の空きが出るのはそうそうあることではありません。そんな危機に瀕しており定年も近い山崎誠に持ち掛けられたのが、群馬高専の校長就任話(※西尾典眞の尻拭き付き)だったのではないでしょうか。

 となると山崎現校長にとって群馬高専は、しょせん“玉突き事故”で来ただけの愛着も無い場所ですから、かつての同僚や教え子の目線があるわけでもなく、多少無茶をやったところで心が痛まないのでしょう。また、窮地から手を差し伸べてもらった身分ゆえに、西尾(=文科省)と機構にあれだけ従順、というより盲従しているのではないでしょうか。


 ただし、小山高専現校長も元は八戸高専のプロパーであることから、もしかすれば校長選考に当たっては『在職していた高専の校長にはなれない』といった暗黙のルールが存在するのかもしれません。それならば竹茂氏と山崎誠の間にレースは起こっていなかったことになりますが、いずれにせよ群馬高専の校長位が空いたことが千載一遇のチャンスであったことには変わりはないでしょう。とにかく、高専とは立場上関係のなくなった西尾前校長に、山崎現校長がなぜここまで異様に忖度しているのか、その背景事情に関しては更なる綿密な検討が必要であると感じられます。

【2018年3月29日訂正・追記】
⇒この「暗黙のルール」が本当に存在することが情報提供によって明らかになりました。「長岡高専の校長を巡るレース」仮説は違っていたことになります。ここに訂正します。詳しくは次の記事をご覧下さい。
〇2018年4月1日:【群馬高専アカハラ・不審死問題】隣県長野からの情報@…高専機構からの目付役?猿田事務部長の正体
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2602.html

■では、彼の部下である群馬高専の職員についてはどうでしょうか。

 直近でも「校報」人事情報・弁護士費用情報不開示で、無法かつ稚拙極まりない理由説明書を書いてきている群馬高専ですが、それらを担当しているのは櫻井孝幸総務課長であると考えられます。また、裁判においても、当会のこれまでの行政相手の訴訟経験から言って、準備書面等は職員が下書きを作り、弁護士がそれを手直しして提出しているのが実態です。となると群馬高専が発出している文書は基本的に櫻井総務課長の手によるものか、そうでなくとも彼の最終チェックを経ているとみてよいと考えられます。

 櫻井総務課長の出身は東大や早慶にも比肩する名門の中央大法科であることが今回の調査で判明しましたが、それにしては、あの名高い“中央法”を出て、あんなお粗末な文章しか書いてこられないのですから、「一体何を学んできたのか?」と問わざるをえません。自己保身のために4年間もかけて「法」を学んだのでしょうか。それとも遊びほうけていたのでしょうか。

 櫻井総務課長(昭和33年度生まれ)の経歴を見ると、浪人も留年もせずスムーズに公務員試験に合格して中央大法科を卒業し、平成3年には係長に昇任するなど出世街道も極めて順調だったことが伺えます。しかし、なぜかその後美術館畑を転々とし、平成24年にようやく小山高専の総務課長として課長級のポストを得ています。

■他方、群馬高専や他高専の事務方をみると、定年の問題からかいずれも昭和32年以降生まればかりです。

 例えば、小山高専にも在籍した櫻井総務課長と同じく“中央法”に入学した小山高専事務部長の飯野正明氏は、中央大学法学部を中退しているにもかかわらず、国立大学の事務畑を歩いて、部長クラスにまで登りつめています。ほぼ同年代の飯野氏が平成14年に苫小牧高専の庶務課長に昇進しているのに比べると、櫻井総務課長のキャリアがおおよそ10年近く遅れてしまっていることがわかります。

 あるいは、櫻井の上司である、同じ学年(昭和33年度生まれ)の現群馬高専事務部長の猿田智男の経歴を見ると、ノンキャリ高卒で就職後、平成12年に係長、20年には課長、平成26年には機構の総務課長に大抜擢されています。高卒のハンディキャップを見事くつがえして大出世した人物ということになります。なお、経歴には国学院大学経済学部卒とありますが、これは夜学か通信教育で取得したものと考えられます。また、群馬高専学生課長の田村順一を見ると、櫻井総務課長の2学年年下かつ高卒でありながら、国立大の事務畑を渡り歩いて、櫻井総務課長に遅れることたった1年で課長のポストを得ていることがわかります。

■役人の世界は、あくまで50歳くらいまでは、キャリア・ノンキャリアに関わらず、よほど特別な事情の無い限り横一線に就職することを考えると、櫻井総務課長の不自然なキャリアの遅れが見えてくるわけです。これをどう読み解くかということになりますが、不祥事など、何か特別な事情があったものと強く推察されます。

 思い返すと、昨年6月に群馬高専で山崎校長と面談した際に、猿田事務部長と櫻井総務課長が校長を補佐していましたが、その時の状況を思い起こすと、櫻井課長として猿田部長に何やら鬱憤した感情があったように感じられました。その理由の一つが、同い年かつ高卒なのに上司であることへのやっかみなのかもしれませんが、猿田事務部長もそうした事情を理解しているせいか、やけに櫻井総務課長を気遣っている風情を感じました。

【2018年3月29日訂正・追記】
⇒この時の猿田部長と櫻井課長の掛け合いについては、情報提供によって全く別の見え方があったことが徐々に明らかになってきました。詳しくは上記訂正部と同じく次の記事をご覧下さい。
〇2018年4月1日:【群馬高専アカハラ・不審死問題】隣県長野からの情報@…高専機構からの目付役?猿田事務部長の正体
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2602.html

 したがって、櫻井総務課長は、ブランド高い中央大法科卒の学歴を活かしきれないまま異様に出世が遅れ、ひたすら組織(=上層部)の顔色を上目使いで見る癖が身に付いてしまったため、オンブズマン相手のこうした法的対応でも、自らせっかく学んだ知識を活かす気力も権限も失っている可能性が高いものと考えられます。

■また、思い起こせばもうひとつ気にかかることがあります。当会が群馬高専の事件に関わり始めてから一貫して群馬高専側の窓口となっており、2016年9月に群馬大学へ異動してしまった六本木・元総務課長補佐についてです。この“異動”に関して、どうもいささかの疑問を感じざるを得ません。それは以下の理由によります。

・高専機構から秋に他法人へ異動するというのはかなり珍しいこと
・アカハラ・寮生不審死事件が社会的に大きく燃え広がった16年6月〜8月の直後に異動となっているように見えること
・六本木課長補佐の異動後、「課長補佐」が応対することがなくなったこと

 一つ仮説を立てるのであれば、16年6月〜8月の群馬高専の劣勢、特に16年7月8日のオンブズマンによる群馬高専訪問とそれに伴う炎上に関して、詰め腹を切らされたのが、六本木課長補佐の同年9月の異動だったのではないでしょうか。

 少なくとも、オンブズマンとしては、冷徹で機械的な対応を繰り出す櫻井総務課長に対して、いくぶん人間的なのが六本木総務課長補佐という印象を受けました。当会が訪問した際には、(総務課の室内ではしゃべりにくいのか)わざわざ廊下に出て、いろいろと話してくれた記憶があります。

 おそらく内部で校長含めてひと悶着あり、より冷徹で忠実な櫻井総務課長がオンブズマン対応を行うことになって、穏健派であり「問題」を起こした六本木課長補佐は異動……という形になっているのではないでしょうか。となると、西尾前校長は16年夏の段階ですでに、比較的穏健派の職員までもを、どんどん島流しにしてイエスマンのみで脇を固め、オンブズマンへの徹底抗戦体制を築き上げていたということになります。本当に抜け目のない男であると感心、いや呆れざるを得ません。

■さて、そんな西尾前校長を守る「親衛隊」として、見返りの無いボランティアでありながら身を粉にしてでもアカハラ隠蔽や時間稼ぎに注力する大変優秀な群馬高専現幹部らですが、その甲斐あって、西尾前校長の「逃げ切り」が確実な情勢になってしまいました。

 このことに関して、当会として無力を痛感するばかりですが、アカハラはじめ諸事件があった事実が無くなるわけでも、被害者や加害者がいなくなるわけでも、死者が生き返るわけでも、群馬高専が消えて無くなるわけでも何でもありませんから、これまでとおり粛々と群馬高専の体質の是正に微力ながら邁進していきたいと感じる次第です。

【市民オンブズマン群馬事務局からの報告】
3



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ