2005/1/19

骨董品屋街  趣味の話

先日、M嬢を連れて行った骨董品屋街、拙宅の前の湖のちょうど反対側にあります。近所なのでもう20年も通っているところ。たまに行くと、面白いものを発見します。
写真は、最近ここの骨董品屋で共同で作ったパンフレット。なかなかおしゃれです。
この20年で代替わりもしましたが、半分くらいの店主とは顔なじみ、いろんな情報を教えてくれます。また、日本の陶器や根付、掛け軸などが入荷すると見て欲しいなどといわれます。漢字が読めるだけであとはわからないんですが。
前に、ベルリンには骨董品屋、業者が多く、また値段が安いと書きました。
ロンドン、パリよりも、また国内のミュンヘン、ハンブルグ、ケルンより平均価格が低いそうです。
ベルリンは、1900年代初頭からの世界的な大都市、もちろん骨董品屋が少ないわけはありませんがこれだけお店があり、価格が安いのには理由があります。
第2次世界大戦でベルリンは大爆撃をうけ、当時の写真を見ると市街地はかなりの部分壊滅しました。東京を襲った焼夷弾と違い、ベルリンに落とされたのは爆弾です。堅牢な地下は結構破壊されずに残ったそうです。そして、東西の冷戦の中、べルリンの壁が構築され西ベルリンは陸の孤島になりました。
ドイツでは、特に都市部では子供たちが家庭を持ってから親が同居する事はほとんどありません。親の家から出て行くことがほとんど。陸の孤島となったベルリンからは若者が西ドイツに多く移住し、老人の一人暮らしが多い街でした。ベルリン居住者は徴兵免除の措置とか、税金の優遇とかいろいろあったくらい若者たちは西ドイツに出て行く傾向にありました。
老人のひとり暮らしが成り立っていたのも、もともと個人主義というか、自立している国民性、医療制度の充実、高額の年金のおかげでしょう。
それで、老人が亡くなると、親子関係が疎遠でない家庭でも、現金や株券などは相続しますが骨董品に興味のない人にとってはただの古いもの、それが安く出回ったり、もっと良くある例は、ドイツは最近でこそ変わってきましたが以前は家やマンションを購入するより賃貸の方が圧倒的に多く、亡くなると当然借家、マンションを空にして出なければなりません。無料で全部持っていきます、賃貸住宅を空にします、という広告をよく見かけますがそれが骨董業者なのです。なかにはごみしかない事もあるそうですが大抵は、マイセンなどの高価なものは相続人が持っていくか事前に売却しても十分価値のあるものが置いてあり、戸棚の中、地下室、屋根裏には子供たちの知らない、もしくは長年しまいこんであって本人も忘れてたと思われるお宝があるそうです。人、トラックを雇って、ごみを持っていき、清掃局に料金を払っても十分商売になるそうです。そういうことが頻繁にあって骨董品が豊富なのと、壁のおかげでベルリン(特に90年代初めまでの西ベルリン)の骨董業界は比較的安値で動いているんです。
壁といえば、壁の崩壊後、旧東独にはどんなものがあるのかといろいろ業者たちがそれこそ東の奥地?まで買い付けに行ったそうですが、よいものは多分東時代に西のお金を得るためにか売却済みで市場には出てこなかったそうです。
買い付け話では随分自慢話を聞かされましたが、戦前のマイセンやKPMのセットが地下室にほぼ新品の状態であったとか、初期のライカの革トランク入りのレンズが10本くらい、ボディー2台のセットとがあったとか、楽器もドイツ製はよく出てくるそうです。そういえば僕も20年位前に骨董品屋でKBの弓を2本買ったことがありました。
最近リサイクルがはやってますが、骨董業界もひとつのリサイクルの先駆け。人によって趣味が違い欲しいものも本当に千差万別。だから蚤の市にもあれだけのガラクタ(僕にとっては)があるのでしょう。
どんな人が以前に持っていたかはわからないけれど、店を覗いて気に入ったものに出会い、購入してよいものか自分と相談し、即決できなければまた次の機会までそこにあればまた考え、縁があればそれを大事に使い身近に置いて、いつかまたそれが気に入った人の手に渡って大事にしてもらう。そういうふうにめぐっていくと素敵ですね。クリックすると元のサイズで表示します
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