2007/9/22
「ロマンス」
こまつ座&シスカンパニー
大竹しのぶ、松たか子、段田安則、生瀬勝久、井上芳雄、木場勝巳
チェーホフの一生を、若き日から年老いた姿までを
代わる代わる演じていきます。
歌も加わって、見ていて楽しい舞台です。
大竹しのぶの存在感って、やっぱりすごい気がします。
リューマチでお金をせびるお婆さん。
チェーホフの妻であり、女優であるオリガ。
本当にいろんな役柄によってがらりと雰囲気が変わるなぁと。
女優を天職としているところとか、オリガと大竹しのぶって
なんとなく似てるところがあるのかなーとか思ったり。
歌は、松たか子の歌声が一番心地よくてよかったです。
生瀬さんが笑いネタが多くておもしろかった。。。
人生の大切な12か条とか(笑)。
@指にトゲが刺さったら!
・・・あ〜、よかった。
目じゃなくて!
という・・・・内容が12か条続きます(笑)。

チェーホフって、「桜の園」しか見たことがなくて
なんとなく、結末がはっきりしないようなお芝居(^^;)という
印象だったけど。。。三人姉妹とか、かもめとか
ちょっと見てみたくなったかも。

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2007/7/14
☆6月30日(土)
☆7月9日(月)
二回観て来ました。「THE BEE」
昨年の6月のロンドン公演には行けなかったので筒井康隆の原作「毟りあい」を読んでいました。
原作を読んでいて・・・・、ロンドンまで行って観るには
重すぎるかも・・・と、(^^;)
観にいかなかったことに少しほっとしたような(笑)ところが
ありました。
小説読む限りは、おもしろいんだけどかなり気味が悪い
お話なのです。おもしろいんですけど・・・・・・。
短編集の中の一作品だったんですが、気味悪かったので
ほかの短編を読まないまま、図書館へ返却してしまったくらいです・・・・(汗)。
野田さん、どうしてこれを舞台に選んだんだろうなぁと
読んだ後、しばらく考えていました。
「毟りあい」は、読んでいて「なんでそうなっていくの・・・?」という自分の感覚では考えられない
恐ろしくおかしな方向へとどんどんエスカレートしていきます。小説なので、あくまで架空のお話だけど、
昨今、世の中にはこれと同じくらい(いやそれ以上に??)
普通の感覚では計り知れないような事件もたくさん起きてますよね。
ニュースを聞いたときは、「えっ!信じられない!!」と
日本中が震撼するけれど、次第にTVではそれらについては
触れられなくなり、事件について語る人は少なくなっていき、
再びまた新しいニュースが流れ始める・・・・
実際、ニュースが流れなくなっても、その事件は続いており、
関わっている人達はそのまま人生が続いていくわけですが。
わたしたちの見えるところでは、すっかり終わったものとなっている。むしろ、それがあったとこすら思い出さないのかもしれません。
もちろん、自分だって、自分の日常があり、毎日がいろいろな
ことを考え、楽しみ、笑い、悲しみ、泣き、心配し、悩み、怒り、癒され・・・・生きているので、それだけで精一杯であるのは事実。あっという間に過ぎていく時間の中で生きているのですが。
その中で、人間の悲しい部分、醜い部分、美しい部分それぞれにあるはずだけど、そのバランスがかなり偏ってきているような気もしています。
恐ろしく悲しい現実が起これば起こるほど、
架空の美しい話に救いを求め、人間まだまだ捨てたもんじゃないと、一瞬いい気分に浸って生きていられるような。
家族を大事にする、恋人を大事にする、友達を大事にする、
「ありがとう」をきちんと伝える、考えたらそれは
奇跡のような物語じゃなく、とっても普通のことなんですよね〜。
一緒に「THE BEE」を見た友人が言っていましたが。
「『東京タワー』見て日本中が泣いてるって言うけど、
あれって、貴重な珍しい話じゃなくて、
ものすごい普通の親子の話だよね。
それをあんな風に感動物語に仕立て上げちゃってること自体が、今は、家族を大事にするとか普通のことができる人達がいなくなっちゃったってことじゃないか」と。
「THE BEE」のほうが見ていて心地が悪く、幸せな部分は見えていないけど、これこそ本当の「今」を見せてるんじゃないか?と。
なるほど〜・・・・・。
厳しいけど、現実はこの舞台のように、悲しいけど救いようがない出来事がいくつも起こっていますね。
単なる刺激や恐怖を感じるだけ、「ああ〜、こわいお芝居だったね〜」ってそれだけで消費して流してしまえないような、
そんな危機感を残したまま終わります。
この感覚って、野田さんの一人芝居「2001人芝居」を
見終わったときに似ているような気がしました。
あの芝居の中のモニター中毒患者(TV、パソコン、携帯、カラオケの画面、などモニターとしか向き合っていない日常)のそのまた先を見てしまったような。
(あの時よりも、もっと重いものが残るけど・・・。)
人間の悲しい部分をそのまま見せつけられた。
正直、何度も観たい内容ではないんですが(^^;)・・・
番外編公演ならではの空間の狭さ、
野田さんはじめ、4人の役者さんの瞬時の入れ替わりの
鮮やかさには本当に驚きます。
短い芝居の中に、ものすごい緊迫感があり、
息をするにも緊張するほど。
昨日は千秋楽でお客さんもたくさん入っていました。
劇場を出た時は17時過ぎで、まだ外は普通に明るい。
もわ〜っと軽く暖かい空気に触れて、
世田谷線の駅前の人波に自然に流れて、ふと現実に戻った感じがしました。
野田さんもプログラムで言ってましたが、
なんか「悪い夢」見て、ふと目が覚めたような感じ。
あれ?朝か・・・・。みたいな。
不安と恐怖感が続く話だけれど、合間に少しずつ
笑いも含まれてます。
浅野和之さんの淡々と真面目な雰囲気で、
ちょっとズレたおかしな部分が見え隠れして(笑)
妙にわたしの笑いのツボにはまりました。
百百山警部、TVのディレクター、レポーター、
そして、TVの料理番組の人・・・・
いろんな仕草でさりげなく物語に微妙に絡んでくるところ。
そういう意味で、料理番組の人が一番可笑しかった・・・・。そしてちょっと怖かった。
オゴロの妻の包丁のリズムとTVから流れる料理番組の
包丁のリズムがすごい早さで重なっていくところとか・・・。
野田さんのサラリーマン姿、すごく似合ってました。
秋山さんは観るたびに、本当にかっこいいし
ものすごい存在感の女優さんだなぁと思います。
近藤さんの犯人と子供の入れ替わりの差もおもしろかった。
指をパキッと折られるところは観ていて苦しいです。
子供の指は鉛筆だったけど、妻の指は割り箸なのかな。
妻の指が折られるときの音が妙にリアルに聞こえて
怖かったです。
最後、井戸がひとりで自分の指を切り落とすとき
大量の蜂と一緒に、大きな模造紙で包まれて
クシャクシャのひとつのゴミみたいになって暗転してしまうところ。
これほど犠牲が生まれて、何人もの人生が狂ってしまったこの事件も、所詮はこうしたひとつの紙屑に過ぎず、
結局は何事も無かったかのように、ぽいっとそこら辺りに
転がっているものと化してしまう虚しさみたいなものを感じました。
蜂の存在って、なんだろう。
井戸は蜂をものすごく怖がります。
蜂を捕まえたり、打ち落としたときに
あの不思議な「剣の舞」ダンス・・・。
(真剣な話のときに不謹慎かもしれませんが、あのダンスのときの踊り狂ってる野田さん見てるの結構好きです・・・)
蜂は井戸の中に残っていた恐怖心なのか・・・
理性なのか・・・
一匹の蜂に怯えていた井戸ですが、
最後には大量の蜂に囲まれても、何も気にすることなく
もう羽音も全く聞こえず、
自分の指を切り落として相手に送ろうとする。
もう既に、井戸の中には恐怖も理性も何もなく
ただただ、相手へ「やりかえしてやる」という意識しか
残っていないのかもしれません。
蜂の羽音。「ロープ」のときのヘリコプターを思い出して、
一瞬耳を塞ぎたくなるような、怖さと居心地の悪さを感じます。
いろいろと観た人によっても、考えもまた違ってくるかも
しれませんが。居心地の良い芝居でないのは確かです。
でも、野田さんの作る舞台って、どこかちゃんと人間の奥のほうにあるものをぐっと掴んでるような気がして。
ロンドンバージョンもしっかり観て来ます。
英語もっと勉強しておけばよかったな〜とか思いつつ(^^;
噂のキャサリン・ハンターさんってどんな女優さんなんでしょう。とっても気になります。


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2006/11/11
「タンゴ・冬の終わりに」
11月11日(土)シアターコクーン
堤さん演じる、盛の狂気に周囲が翻弄されながらも
盛の妻、過去の恋人、その夫がそれぞえの思惑を抱えている。
狂気に苦しむというところで、去年の「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」にもちょっと
似た感じもあるかなぁと(出演者も同じひとが多い)思いましたが、「将門」のような壮絶さとは違い、
とても静かに進む舞台でした。
過去の恋人・水尾(常盤貴子)が自分の過去を盛に話すけど、
盛は全く他人事として捉えて、あれこれとアドバイスをしたり、盛と周囲の記憶の溝みたいなところが切ない。
「自分の愛していたひとはあなたです」と、水尾は盛に詰め寄るけど、
盛は「この女は狂っている」と拒絶する。
その過去の恋人を呼び出したのが、現在の妻(秋山奈津子)であり、過去の恋人に会わせることで盛の病状の回復を考えた末の計画だった。
自分の夫と過去の恋人の対面を目の当たりにして、
更に辛い思いをすると承知の上での行動。
また、盛に手紙で呼び出されたと思ってやってきた
恋人・水尾は、狂気の彼と、その手紙の主が実は妻だった
ことを知ると、盛との恋も全てが演技だったのかと絶望する。
それでも、狂気の中でも盛は心のの奥で、水尾を愛していたことを思い出す。
盛、妻、過去の恋人、その夫、また盛の弟。
それぞれが行き場の無い思いを抱えたまま、
答えが出ない中で静かに時は流れていきます。
盛は少年時代に盗んだ孔雀の剥製の記憶をずっと抱えており、
物語の舞台となっている、北陸の古びた映画館の中に盛は「孔雀」を探し続ける。
「孔雀」って、何か特別な意味を持っている鳥なのでしょうか。
(そのあたり、ちょっと気になった・・・・)
一緒に観た友達が、たまたま読んだ小説でも「孔雀」がよく出てきて
「なんか記憶の象徴みたいに書いてあった」と言ってましたが。。。
悲しい結末だけど、全体にきれいな舞台だし、
冒頭と最後に映画館で大勢の観客が賑やかに映画を観ている
スローモーションの場面があり、
その過去の活気と(70年代の学生運動をイメージしているようですが)
人が居なくなり、取り壊されることが決まった映画館の静けさ
対照的でした。
毬谷さんが出ているのですが、
台詞が少なく、たまに登場する掃除係りの地味な女性でした。
それでも「あ、毬谷さんだ」と思わせる、すごい存在感
堤真一はやっぱり舞台で観るのが好きです。
タンゴを踊る姿が凛々しくてきれい。
常盤貴子は目がとってもキラキラしていて、本当に美しい〜。
(でも、残念ながら、なんとなく映画とかTVの印象が強すぎて
ちょっと舞台向きではないかも・・・・と思ったり)
段田安則、秋山奈津子、高橋洋、など結構好きな役者さんが多くて
嬉しかった。

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2006/8/25
8月25日(金)
パルコ劇場
二回目観劇。
ブラックなお話なのは変わりませんが、
やっぱりすっきり収まりが良いというか、
いやーな話でも、いやーな気持ちだけが残らない気がします。
笑いのテンポが良いからなのかな。
実は福島三郎さんの舞台は観た事がないのですが、
こういうブラックな雰囲気は普段の舞台ではないようなので、
ドロドロした部分はケラさんの影響なのでしょうか(^^;)。
お笑い芸人の人生が、表の華やかさとか楽しさとは裏腹に
妬みや嫉妬や自分の欲などなど・・・・が渦巻いているし、
それぞれがちょっとずつ背負った不安とか焦りとか、
淋しさみたいなものがある気がします。
登場人物は、正直言うと人間的にはどうかと思う場面ばかりですが、暴力的な態度や自己中心的な表現の裏には恐れとか不安も根付いてるのかなぁと。
お笑いコンビ「パンストキッチン」のモッシャン(橋本じゅん)は相方を失い、お笑い芸人としての人生から転落し、廃人となり酒びたり。
12年前の、売れている時代の横暴で傍若無人な振る舞いからすると、
それは当然の報いではないか・・・と捉えることもできるけれど、
相方アキラ(橋本さとし)の死について、自分のせいではないかと悩んだり、12年たった今でも、
廃人となりつつも、今でも自分達の華やかな時代を語り
アキラがそこにいるかのように漫才をはじめる姿が、
なんとも切ないというか、悲しい気がします。
それそれの行動は非道ではありますが、不思議とその奥にある人間の不器用さとか
暖かさみたいなものがあるなぁと。
モッシャンを見ていると、売れている時の横暴さには
正直本当に嫌な気持ちになるけど、12年後の彼の存在は
本当に彼の人生は笑いの芸の道一筋の人生だったのだろうなと。
12年前に、相方を別のコンビに取られることを知り、その相手を襲うということにも何の罪の意識も感じていないような部分には非情さを感じる。また、その行動の根源は、自分が売れるための「欲」でもあり、相方に裏切られた「悲しさ」とか「怒り」とか、自分がひとりになっていく「怖さ」とか、人間的な弱さも見える。
アキラについては、ルックスで売れているし、横暴なモッシャンとのコンビを解消して、新しい道に進みたいけど、
実はパンストキッチンが売れているのは相方のモッシャンの力によるところがあるのかもしれないという心の奥に潜んでいる
不安に、彼の自信がも少しずつ侵食されていく気がします。
新しいコンビを組むこともできなくなり、いろいろなジレンマが渦巻いて、モッシャンのように表に発散されない分、
内面のブラックな感情ははかり知れない・・・のかも。
パンストキッチンに絡む、マネージャー鈴木(堺雅人)も
表向きは一見穏やかそうだけど、実際はやはり自分の欲望を
淡々と実現していく強かな内面がじわじわ出てくるし。
それぞれ、誰の立場で見るか?によっても少しずつ見え方も変わってくるし、
見終わってから、それぞれの役柄の思惑について「実はこうだったのかな?」と考えるおもしろさが多かったと思います。
お笑い芸人の表面上の華やかさと面白さとは反対に、
渦巻く卑しい気持ちや行動が、
舞台上の「ボイラー室で起こっている惨劇」と「客席の笑い声」みたいに、近いのに全く正反対の世界ができあがってる怖さとか矛盾みたいなものも感じました。
お話の本筋だけになると、随分と重苦しいものになるけど、
本当の漫才みたいに、お互いの会話の中にいつも絶妙なタイミングでツッコミが入ってて、うまく笑いにすり替わっていくおかげで、意外と気持ち的にはすっきりするものがあるのかもしれません。
現在と過去のボイラー室での出来事が、行き来して
ちょっとずつ絡み合っていくところもおもしろいなぁと思います。
かなり、内容的には好き嫌いが分かれるかもしれないけど・・・
2回観てみて(役者さんが結構好きな人が多かったという点もあるけど)自分としてはとてもおもしろい舞台だったと思います。
じゅんさんとさとしさんの漫才コンビはすごい息がぴったり。
おもしろかったです。
12年後の、モッシャン(橋本じゅんさん)の
「背中をかいてくださらんか〜」という姿は
怖いけど、不思議と仕草がかわいく見えます(笑)。
お酒の瓶を持って、足をバタつかせるところろか。
堺雅人さんに「喜怒哀楽全てを笑顔で表現するお前!」って、
かなり的を得たことを素早く言うところも、おしろかったです。

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2006/7/26
シアターコクーン

深津絵里 三上博史 谷原章介 立石涼子 たかお鷹 高橋洋 ほか
この舞台、16日(日)に二階席から一度観ていたので今日は二回目。
ですが、今回は一回の正面かなので、二階の端っことは見え方も随分違います。
始まる前に、ロビーでお茶を飲んでいたら・・・
堤真一さん発見。
芝居観る前に、なんか妙にソワソワして浮かれてしまいました。
その後も、芝居が始まるまでの間、客席に座る堤さんをついつい目で追ってしまったのですが・・・・。
(始まってからは、ちゃんと集中して舞台観てました)
舞台の内容は、近親相姦の兄と妹を取り巻く周りの愛憎劇というもの。
シェイクスピアと同じ時代に書かれた戯曲らしいですが、
かなり重く、ドロドロしたところがあるお話。
そんな中、兄を想うアナベラ(深津絵里)のかわいらしさが眩しかったです。白いドレスがすごく似合って、清楚な感じ。
立ち振る舞いも可憐でした。
かわいらしい部分と、とても芯が強い部分と、どちらも兼ね備えた凛々しい深津絵里が好き。
台詞もとてもきれいです。深津絵里の声はいつも、鈴を鳴らしたように
よく響いて、しっかり心に届くなぁ。
妹を相思相愛の兄ジョバンニ(三上博史)も存在感があってきれいでした。
この二人が、あまりにも純粋できれいなので、
途中観ていて少し救われる部分もあるけど、
お話としては全く救いようのない悲劇なので、ちょっと心にのしかかるものがあります。
また、高橋洋がコミカルな求婚者役で舞台では笑いを運んでくれるので、
観ていてほっとする場面でもあります。
彼の最期もとても悲しいものでした・・・。
とても明るかったし、彼の最期は本当にかわいそうに思います。
高橋洋、「将門」の時も悲しい最期を遂げる影武者の役だったなぁと、、、ふと思い出しました。なんだかとても心に残る役者さんです。
三上博史の最期は壮絶でした・・・。
アナベラを殺し、その心臓を剣に刺したまま、
彼女の夫(谷原章介)を刺す、周囲も巻き添えにし、次々と刺し殺していくという・・・。
それから、(前回は二階席だったので実は気付かなかったけど)
彼は剣に刺したアナベラの心臓を食べる場面があったのです。
一瞬の出来事だったけど、かなり衝撃でした。
兄妹の純愛がとても純粋であればあほど、お互いが苦しんで
悲劇へと向かっていく。
兄と妹の恋愛だけでなく、周囲の利益や不利益、過去の復讐なども絡んでいて、黒いものが渦巻くようなところが多いし、
観ていて胸が苦しくなるようなお話だけど、見ごたえは充分です。
谷原章介に復讐する未亡人役の立石涼子も迫力があってよかったです。
彼女の最期も悲しく壮絶ですが。

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