いうまでもなく、どちらも英語でnuclearなんですが、核兵器とか核戦争とはいいますが、核発電とは言わない。
アタシは十数年前にニュージーランドで、「日本人はヒロシマとナガサキを経験したのにどうして原発なんてやっているの?」と質問されました。そのときはまあ、つたない英語で「核の平和利用」という言葉が日本にはあるんだという説明をしましたけど。
しかし、不幸なことですが今ならもっとうまく説明できる気がします。なぜなら、フクシマ原発事故以来、戦後の日本の原子力研究の歴史も詳しい研究が明らかになってきましたし、加藤哲郎先生のHP(
http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml) などを見たり、実際に講演を聞かせていただいたりして、否応なくワタクシの知識は増してきてしまいましたから。
加藤先生の講演を聞いて分かったこと。
ワタクシは日本が敗戦後に占領されていた時代、政府のメディアに対する検閲はなくなったが、GHQの検閲はあったので、原爆の実態はヒロシマやナガサキ以外ではなかなか伝わらなかったという説明をしました。日本人が核の恐怖に目覚めたのは、ビキニの核実験以後、第五福竜丸事件からだ、と。
しかしそれは間違っていました。確かに検閲はあったし、確か原爆文学の名作としてして知られる太田洋子の「屍の町」は検閲で数年間は完全な形で発表されなかったことがあったのは事実です。
しかし、1949年ごろに広島の「あとむ製薬」という会社が「ピカドン」という風邪薬を売り出したという事実もあったりして、核を恐怖の対象として見るよりも、今日から見るとちょっとあまりにも無邪気な科学振興が垣間見られる事実があったようです。(
http://members.jcom.home.ne.jp/katote/Occuatom.html)
要するに、日本人の心の内には、太平洋戦争はアメリカの「科学・技術」に負けた。だから「科学・技術」で今度は必ず勝つのだという、歪んだナショナリズムが隠されていた。中曽根サンも正力サンも、庶民にまで取りついたその歪んだ欲望を刺激したに過ぎないのかもしれない。
極論すれば、そのココロの歪みが「原子力の安全神話」を生み出し、さらに福島原発事故の遠因になったともいえるのだろう。そして、まるでフクシマなどなかったかのような原子力ムラの言動も、それを考えれば妙に納得してしまったりするのだ。(でもまあ、ほとんどビョーキの世界だけど・・・)

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