『日中戦争下の日本』(井上寿一:講談社選書メチエ)によれば、日本は軍部の力で戦争に迷い込んだのではなく、国民の意思によって対中戦争を始めたのであった、という。
でもまあ、それは言いすぎでしょう。軍が大状況を作り出したことは事実であろう。庶民は、大状況を作り出すことはできない。日々の暮らしや、自分の境遇が少しはよくならないか、はかない望みは抱く。だから、戦争が自分の社会的地位を少しでも改善するチャンスになるのではないか、と考えてしまうのである。
戦争を今日の視点から語ろうとすると、この間の「戦争」というのが昭和16年からの日米戦争なのか、昭和6年からの日中戦争なのかがあいまいなままに議論が白熱し、興奮し、感情的なけんかになる。
中曽根康弘は、日中戦争に関しては侵略戦争だが、日米戦争にかんしてはそうとはいえない、などと言っていた。不破哲三は、そもそも日米戦争は、日本が中国から撤退するかしないかがその発端になっていたのだから、日本の側に責任がないとはいえないということだった。確かに中国への侵略がなければ、日米戦争はなかったわけだし、対中政策を誤った指導者の責任は問われるべきだ。
だが、もうひとつの問題は、日中戦争というものが、確かに中国の立場からすれば「戦争」なのだが、日本の軍部も、政治指導者も、そして国民も、「事変」だという認識で、いわゆる戦争(国際法上の戦争とまではいわないにしても)だという認識すらなかったということだろう。
「国民の戦争協力は、国家が強制したのではなく、まちがいなく自発的なものだった。(中略)それでも日中戦争下の国民が、一方的な被害者意識を持つことはなかった。労働者は資本家に対して、農民は地主に対して、女性は男性に対して、子どもは大人に対して、それぞれが戦争をとおして自立性を獲得することに賭け金を置いたからである。国民は被害者である前に、ましてや加害者意識を持つこともなく、戦争に協力することで、政治的、経済的、社会的地位の上昇を目指した。」(P9)
国民は戦争の被害者だということは、敗戦後から生まれた認識であった。その感情の上に戦後の革新勢力や平和運動が生まれた。平和運動がアジアへの戦争責任に目を向けるようになるのは、1960年代後半になってからのことである。
ところで、福田さんと麻生さんが争った去年の自民党の総裁選について、福田さんは「派閥談合」でできあがったから国民の支持が得られないと批判する人がいた。でも、自民党というのは、そうやって出来上がった組織であり、そのやり方を変え、民主的な方法で物事を決めるようということになると、自民党の存在そのものを否定するようなことになってしまうのではないだろうか。
地方組織からすべて、自民党というのはそうやってできあがっている組織だろう。選挙の時も、町内会などの長が「○○を支援する」と決めたら、皆が従う、というのが自民党の「古きよき伝統」であって、それが日本の伝統的なやり方とされてきた。それが崩れたのはまさに小泉さんが総裁になったころからだ。
談合を熱く批判している自民党関係者も、自分自身の足元を見れば、日頃から談合的な暮らしをしている。このようなやり方にはプラスの面もマイナスの面もあり、変えていこうと思うのであれば、単に批判して破壊するだけでなく、そのような「社会的伝統」を今後どういう形にしていきたいのかを考えなければ、小泉さんがやったように、日本の「社会」は壊れていく。この点をしっかりと踏まえないと、政治を本質的に変えていくことはできない。
このような「社会的伝統」はいつごろから生まれたのだろうか。実は江戸時代とか明治時代なんて古い時代の話ではないようだ。「大政翼賛会は、「ファシズム」体制というよりも、「デモクラシー」体制であった。」(P15)1940年体制ではないが、自民党の行動原理が大政翼賛会に起源を持っているように思う。
「大政翼賛会は、すべての政党が解党して生まれた。(中略) 旧既成政党勢力は、この争いで敗北したのではない。それどころか、政友会や民政党系の旧既成政党勢力は、翼賛会政治において復権を果たしていく。旧既成政党勢力は、老獪な議会政治家の手練手管によって、翼賛会における勢力を拡大する。(P134)」なんだか、これから起こりうる「大連立」の動きを予想させる。
「要するに農民は、社会の平準化を求めていた。たとえそれが下方への平準化であっても、社会は平等になるからだった。(P173)」なんだか、「丸山真男をぶんなぐりたい」みたいな話である。
まあ丸山真男はともかくとして、考えるに日本の知識階級はどうもひ弱である。「多くの日本人が明治以来、大陸に渡り、中国で生活し、中国人と交流を持ちながら、そこから(パール・バックの)『大地』が生まれることはなかった。別の文芸評論家は、「日本の作家たちは所謂文人的な支那旅行をしていただけである」と手きびしく批判している。(P59)」

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