明治学院大学にスーザン・ジョージの講演を聞きに行った。彼女の著作「世界の半分がなぜ飢えるのか」は、その昔、食糧問題を分かりやすく解き明かしてくれたものとして、多くの人が愛読した。私には「債務ブーメラン」が印象的だった。(いずれも朝日選書)途上国(第3世界)の債務問題は、やがて第一世界に跳ね返ってくるという主旨なのだが、今それは現実になろうとしている。
彼女は今回、G8サミットに対抗するNGOの集まりに参加するために来日した。成田空港で入国に際して、4時間「取り調べ」を受けたらしい。日本はいつからそんな、人権「後進国」になったのか?
講演は、世界の3つの危機という話から始まる。一つ目の危機は、社会的危機であり、飢餓や貧困、格差の拡大がそれにあたる。第二は金融危機である。これは金融の20年ほど前からの規制緩和の結果として、最近のサブプライムローン問題がまさに現在の問題である。第3は、環境の危機であり、地球温暖化問題や生態系破壊・種の絶滅が上げられる。
しかしながら、日本語の「危機」には機会の「機」の字が使われているように、危機をチャンスに変えることは可能だという。
1960年代、アメリカは比較的平等な社会であった。しかし、それから現在にかけて、格差は増大した。1976年、人口の上位1%の人々が富の20%を所有していたが、1998年には同じ1%が39%の富を所有するようになった。1960年、企業の経営責任者(CEO)の給与は労働者平均の給与の42倍の給与を得ていた。2004年にはそれが411倍になっていた。
メリルリンチ社によれば、950万人の人が一人100万ドルの流動資産を所有していて、現在37兆ドルのお金が投資の機会を待っている自由なお金である。このお金は2011年には50兆ドルに伸びるという。現在世界の1億5000万人の人が貧困の中で暮らしている。世界の人口の約半分は、一日2ドル以下で暮らしている。以上が社会危機についてである。
金融危機についていうならば、この15年来、銀行の大規模化が進んだ。いわゆるメガバンクといわれる大銀行が生まれた。同時に、いわゆるヘッジファンドがレバレッジといわれる金融手法を用いて、手持ちのお金を使ってその金額の数倍の資金を取り引きし、投資を繰り返し、莫大な富を作り出した。
メガバンクにせよ、ヘッジファンドにせよ、扱う金額があまりに膨大すぎて、もし投資に失敗して膨大な損失を出しても、「大きすぎて潰せない」存在になってしまった。金融機関の危機にあたっては、したがって、政府もつぶさない政策を取り、救済に多額の資金を投入する。
アメリカでは「NINJA」といわれるNo Income No Job Assetの人々(収入も、仕事も、資産もない人々)にも住宅ローンを融資し、住宅市場が下がり始めたことで、ついに全米で1000万世帯が住宅ローン問題を抱えることになった。この住宅市場の破綻によって、流動資産は食料にその投資先を変えた。その結果、食料の高騰が起こっている。
第3の環境の危機は、このように考えられる。われわれは生物圏(Biosphere) の中に住んでいて、経済システムはその生物圏という大きな円の中の小さな四角形なのであるが、現在、経済システムの四角形が生物圏の円形の外側に広がるほど膨張してしまった。
経済優先の考え方のせいで、われわれは生態系が吸収できる以上の二酸化炭素を排出し、生態系が生み出せる以上の酸素を使おうとしている。「無限に成長することができる経済が、有限の生態系の中にずっと納まり続けると考えるのは、mad man(狂人)か経済学者かのいずれかだ」と言った環境経済学者がいた。
この3つの危機をどう解決するか。それは、金融システムの中にある「投資可能なお金」をどう使うかだと思う。今は金融危機である。この金融危機を、社会危機と環境危機のために利用するのだ。
かつてJM・ケインズは不況のとき、政府が経済に介入すべきだという政策を主張した。彼の経済学はもう時代遅れだとされている。だが、私はケインズ主義の復興をあえて唱えたい。
政府はもっと環境を守るプロジェクトへの投資を優遇する立法を進めるべきだろう。例えば建設業に銀行が投資する場合、環境によいプロジェクトには金利を0.5%にし、環境基準をクリアーしていない工事への投資は金利7.8%にする、というのもひとつのアイデアだ。
さらにATTACが主張しているような、国際連帯税も大切だ。これは投機マネーへの課税を強めたり、Tax heavenといわれる課税逃れのペーパー会社が多数登記されている国や地域の仕組みを廃止したりすること。そして最貧国の債務帳消しである。
社会危機、金融危機、環境危機の三つのうち、金融システムにある投資可能な資金が社会危機と環境危機の緩和のために使われるようにお金の流れを政府の手で変えさせること、これが危機を好機に変えるという私の提案である。
続いて会場から質問があった。例えば、「ケインズ主義の復興というが、日本の政府も、その他の政府も、政府にはお金が無い。だから福祉も海外援助も削減するという中で、政府は本当に動くだろうか?」という質問があった。
これに対しては、「自分の言いたいことは、ケインズ主義といっても何も政府が支出を増やす必要があるわけではなく、銀行やヘッジファンドにあるお金を別の方向へ活用するという意味である」と答えた。
国際連帯税を課すには、世界銀行や国際通貨基金(IMF)がやるというわけにはいかないので、新しい国際機関が必要ではないかという質問があった。
これに対しては、「特別な国際機関は必要ない。各国政府、中央銀行が通貨交換に課税すれば済むことである。国際課税システムを設けるという決議は3年前にすでにフランスのシラク大統領(当時)とブラジルのルーラ大統領が提案し、承認されている。これは元々フランスのATTACが主張していた国際通貨取引税をシラク氏が取り上げたものだ」と答えた。
自分は33歳の母親だが、最近このような社会問題に目覚めたばかりだ。自分に何ができるのか、という質問には「私が社会的運動に参加し始めたのは35歳のとき、ベトナム反戦運動だった。自分は33歳のとき、子育てが忙しく、とても社会に目が向かなかった。人間、始めるのに遅すぎるということはない」と答えた。
はじめから終わりまで、きわめて論旨明快で、問題の深刻さがはっきりと理解されるが、同時に問題の大きさに圧倒されて終わるのではなく、むしろこれから何をすべきについて自分にもなにかできることがあると勇気付けられる話しぶりが印象的であった。

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