「たたかう!社会科教師」増田都子 社会批評社
著者の名前は以前からインターネットからの情報で知っていた。著者は30年近いキャリアを持つ社会科の先生であるが、1997年に東京都足立区の中学校で地理の時間に、NHK福岡の制作した「普天間基地と普天間第二小」のビデオを使って、生徒に意見や感想を書かせ、「紙上討論」をさせる授業を行った。
ところが、アメリカ人と結婚しているというある母親が、教育委員会に著者の行っている授業が「反米教育」だというクレームがつけられた。かねてから、著者の授業を受けた生徒らが卒業式での日の丸・君が代拒否の態度を見せたことなどを快く思っていなかった教育委員会や校長や教頭が、その他の父母などと秘密裏に集まり、それに一部の都議会議員も加わり、このクレームを利用して著者を2年半の強制的「長期研修」の処分に追い込んだ。
02年から著者は、千代田区の中学校に異動となる。そして05年にふたたび都の教育委員会から「戒告処分」を受ける。直接的には当時の韓国大統領ノ・ムヒョン氏が行った3・1演説を使って、生徒との紙上討論を行った中で、ある都会議員の日本が行った戦争は「侵略戦争」には当たらないという発言に対する批判めいた発言が問題となったものらしい。
著者は再び半年間の「研修」という名の強制的いじめにあう。そして、その後「分限免職」の処分を受ける。
私はこの本を読んでいちばん不可解に感じたのは、著者が属していた東京都教職員組合の対応だった。著者が当局から睨まれる最初の出来事である足立区の中学校での処分にあたって、教組もそしてその組合を支持する共産党も、むしろ著者から生徒に直接教える立場を奪うことに協力しているように思える。それがなぜかは分からないが、おそらくそれが母親からの「密告」だったからだということが読み取れる。
おそらく教組の弱点は親からのクレームに弱い点なのだろう。両親の意見と教師の意見が対立したら、それをとことん話し合うという姿勢に欠けている。声の大きな親がいつも正しいなどということはない。何があってもまず組合員の立場を擁護して、できる限り弁護するのが組合の役割だと思うが、実際はそうではないようだ。その点を見透かした教育委員会や学校管理職、政治家が父母を自分の意向に沿って動いてくれるように操作する。PTAのTを抜かして、PとAが共謀して目障りな教師を排除しようと懸命である。 私は、教職員組合の無力に絶望的にさせられた。
だが、著者のしてきた授業は、生徒たちに大きな影響を与えていることが伝わってくる。たぶん、先生の言うことに反発する生徒もそれなりにいるようだが、その生徒たちににしても、紙上討論を通じてものの見方は人それぞれで多様であることを学んでいる。
なにより最初は苦痛だったが、自分の考えを素直に書いてみることでだんだんと知識も深まり、さらに勉強しようという意欲がわいてくるという生徒の意見が多いことが印象的である。社会科は知識詰め込みではなく、ものの見方を養うことが大事だということが分かる。
私はインターネットを通じて著者の存在を知った。大半の日本のマスコミは、著者の身に降りかかった事件の本質を無視している。その本当の意味を伝えない。この本では、韓国などのマスコミが伝えた著者の巻き込まれた事件についての報道が紹介されている。
実は私はノ・ムヒョン前大統領の演説の全文を初めてこの本で読んだ。それほど長くない演説が、過去の歴史問題から見て現在の問題をどうとらえるかが簡潔に表現されていた。日本の報道が伝えたこの演説の要約が、なんだかいちばん大事な部分を抜かしていた報道だったことがよくわかった。

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