ベトナム戦争が終結した時、ベトナム戦争はアメリカの敗北、ベトナム人民の勝利に終わり、自分たちの運動は成功した、と思ったのだったが、はたしてそうだったろうか。1968年5月、和田春樹・あき子夫妻は連名によるビラ「大泉学園地区に住む市民のみなさんに訴える」にこう書いた。「この汚い戦争は、結局は終わるだろう。だが、そのときには、アメリカは人類の名で裁かれ、厳しく罰せられるに違いない。もしもアメリカが裁かれ、罰せられることなく、この戦争が終わるなら、世界のどこかに第2のベトナムがつくられることはまぬがれない」。
戦争は終わった。だが、アメリカは裁かれなかった。アメリカはその犯罪行為を謝罪もしなかった。それゆえ、第2、第3のベトナムはおこり、アフガン、イラクなどの戦争がもたらされた。ベトナムでは今も枯葉剤による深刻な被害が続き、アメリカは、それに責任をとらず、何らの謝罪もしていない、ベトナム戦争は終わっていないともいえる。
和田春樹さんは8月9日(土)、東京・練馬区の大泉勤労福祉会館で「大泉市民の集い」(正式には「ベトナム戦争反対・朝霞基地撤去を求める大泉市民の集い」)発足40周年を記念する集会でこう問題を提起した。
(「旧ベ平連運動の情報ページ」のなかの「ニュース」から。
http://www.jca.apc.org/beheiren/)
では、おそらく来年には誕生するバラク・オバマの政権でアメリカは変わるかといえば、どうもそんなことはないらしい。
北沢洋子の「オバマはイラク反戦派の味方か」によれば、オバマは「大統領に当選したら、16ヵ月以内にすべての戦闘部隊をイラクから撤退させる」と公約しているが、しかしながら、戦闘部隊はイラク駐留米軍総数の半分以下で、オバマの言う撤退は半分に過ぎない。「米戦闘部隊に代わる警備会社や外人部隊は、イラクではもっぱら対ゲリラ戦を担当する。あるいは、イラクの治安部隊や警察に対して対ゲリラ戦の“訓練”をするだろう。つまり、米戦闘部隊は去り、イラク軍が登場すると言うことである」という。
しかもその撤退も、おそらく彼の最初の任期の4年間のうちに行われれば上出来、ということらしい。
そのうえ、彼の演説からうかがえることは、確かにイラクに関しては「反戦派」だとしても、アフガニスタンに関してはそうではないようである。むしろテロとの戦いを重視して、兵力の増強を主張しているとも思える。
そしてユダヤ系の団体での演説では、エルサレムを首都とするというイスラエルの案を支持すると述べている、という。
しかも、ブッシュ政権の失政で、「ラテンアメリカを失った」と言い、民主的に選出されたベネズエラ、ボリビア、ニカラグアなどの政権を「真空地帯」と呼び、この“真空”を満たすのは米国の使命だと語った、という。
つまり、オバマの外交政策はブッシュのそれと実はほとんど変わらない。ただ、イラク戦争の時のような国連の存在も無視する過激なユニラテラリズムではなく、ちょっと国際協調的になるだろう、ということにすぎないらしい。(北沢洋子の国際情報 <
http://www.jca.apc.org/~kitazawa/index.html</a>)
確かに彼は、コロンビア大学を卒業後、ハーバードのロースクールに入る前にシカゴの貧しいコミュニティーに入って働き、住民の組織化も行った。とりわけ職業訓練プログラムや貧困層を対象にした市のサービスを充実させることに熱心だったことは確からしい。(矢口祐人、吉原真里編著「現代アメリカのキーワード」中公新書)
そうであれば、人々が貧しいのは怠け者であるからと心から信じていた今の大統領よりはマシになるのかもしれないが、まずいことに、彼が政権につくころには、アメリカ経済はさらに難しい局面に入るともいわれている。そうであれば、社会的政策に予算をつけるのも難しいかもしれない。
オバマ大統領は、確かに彼のような人が大統領になるだけでもアメリカにとって画期的な意味があるのかもしれないが、なんだかかつてのカーター大統領のような末路を迎えるのではないか、などという不吉な予感を私は拭えない。
まあ、常に最悪を考えておけば、少しはいいことがあるかもしれない、というのが私の信条なんですけど。

0