「最底辺の10億人」(日経BP社)という本を書いた開発経済学者のポール・コリアー氏が来日したとき、その講演を聞いたことがありました。彼が称賛する、アフリカの経済成長の実例として語ったのが、切り花の生産でした。
アフリカの農場で生産された切り花は、ヨーロッパのみならず、アメリカや日本でも消費されているそうです。
しかし、その生産の現場はどうなっているのか気になっていました。
先日、『血塗られたアフリカのバラ 』というドキュメンタリーがNHKのBSで放送されていましたが、そこにはケニアのバラ生産が背景に語られていました。。
このドキュメンタリーは、「2006年1月、自然ドキュメンタリーの制作者として世界的に知られ、環境保護活動家でもあったジョアン・ルート女史がケニアの自宅で殺された事件の背景を追ったものです。
ジョアンと夫のアランは、1960年代からの20年間、アフリカの動物の自然の姿を映し出したドキュメンタリー映画を40本以上撮影したそうです。
二人の作った映画を見た世界中の人々がケニアを訪れ、彼らの映画は、アカデミー賞ドキュメンタリー部門にもノミネートされました。
しかし、アランは他の女性のもとに走ります。アランは、ジョアンと離婚するつもりはなかったが、相手の女性が白血病で余命2年ということで、ジョアンは、アランが戻ってくることを信じて、彼女のもとへ行くことを許しました。
しかし、相手の女性は、15年間生きました。
ジョアンは、その土地で、夫であり、仕事のパートナーのアランを失い、仕事も失ったことになります。
ジョアンは、ナイバシャ湖畔にある大きな家に一人で住むことになりました。
ジョアンは、この家でアランの帰りを待ち続けたが、アランに子供がうまれ、二人の仲はもう元には戻らないことになりました。
ジョアンが暮らしていたナイバシャは、ドラマ「ボーン・フリー」や映画「アウト・オブ・アフリカ」で知られ、先進国の人々が愛する「野生のアフリカ」そのものの自然が残っている場所でした。ケニアの美しい湖があり、アフリカの自然の魅力があふれる場所でした。
しかし、近年はバラを生産する巨大農場が次々と作られ、そこに仕事を求める数万人が押し寄せ、環境破壊が進み始めました。
美しかったナイバシャ湖周辺の森林は伐採され、広大なバラ栽培のプランテーションが出来ます。
仕事を求めて各地から人が押しかけ、スラム街も出来ました。
スラムの住民である零細な漁師は、ナイバシャ湖の稚魚までも根こそぎ獲ってしまい、ナイバシャ湖の魚は激減しました。更に、湖に流される汚水や排水が、水を汚染しました。
ナイバシャ湖は、フラミンゴなどの水鳥たちにとっても大切な生息の場所でしたが、美しい環境は瞬く間に破壊が進みます。
このときジョアンは、環境保護活動に目覚めます。密漁者の中から人を雇い、監視員に抜擢する。その特別部隊のリーダーが、チェギーという男でした。
ジョアンとチェギーは、堅い信頼で結ばれ、湖の魚を守るために稚魚を漁獲することを取り締まります。
その結果、湖には、再び大きな魚が育つようになりました。しかし、比較的豊かな漁師にはそれは役立つ活動でしたが、密漁者たらざるを得ない零細漁民やその家族からは、チェギーは疎まれ、悪い噂も流されました。
だが、チェギーの組織する密漁取り締まり部隊の男たちに、殴られて骨折した漁民が、ケガがもとで感染症を引き起こして亡くなってしまう事件が起こると、住民からの反発はいよいよ大きくなりました。
ジョアンは近隣とのトラブルにも巻き込まれます。彼女は隣人のダイアナ・バニーに、彼女の広大な敷地を動物保護区にするために買取たいと申し出ます。しかし、ダイアナは、ジョアンが自分の土地を奪って追い出そうとしていると思いました。
ダイアナの料理人のジェームズは、呪術師でもあり、ジョアンの家に死んだ鶏が吊るされたり、犬に毒をもられたりと、呪いめいた嫌がらせが続きました。
そんな中、ジョアンは、2006年1月、深夜2時に自宅にいるところを襲われ殺されます。集団で彼女の家が襲われたことは分かっていますが、何者が彼女を殺したかははっきりしません。
ジョアンに解雇されていた、チェギーも容疑者にされましたが、裁判の結果、証拠不十分で釈放された。
ダイアナに土地を借りていた、ブライアン・フリーマンは、借地代を滞納したことで、何者かに襲われましたが、彼はジョアンが殺された次の日、ダイアナが 「あの邪魔な女が死んでくれてとても嬉しい!」 と妻に話しているのを聞きました。
しかし、ダイアナと料理人も証拠不十分ということで不起訴にないました。
ジョアンの葬儀の日、アランは、「このような環境破壊は、世界中の問題です。美しい地球の自然が、恐ろしい猛スピードで失われています。」 と語り、ジョアンの環境保護に対する貢献を称賛した。
環境保護活動家は、「バラの70%は水分です。毎日、欠かさず、ナイバシャ湖の水が世界中に流れてしまっている」 と語ります。
「バラ」という商品にロマンチックな「物語」を語り、欲望を作り出して、最後の世界市場のフロンティアとしてのアフリカという「物語」を語るのも先進国と言う名の北の国々なら、その北の国々の作り出す文明に反発して、「環境保護」という物語を作り出すのも北の国々の活動家だということでしょう。
バラの花の美しさに、大いなる皮肉を感じないわけにはいかないのであります。

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