白川方明・日本銀行総裁は昨年の4月にニューヨークのジャパン・ソサエティで「経済・金融危機からの脱却:教訓と政策対応」という講演を行った。
その講演で白川総裁は、経済回復に向かっているという楽観論が広がるアメリカに対して、日本のバブル崩壊の経験を引き、「偽りの夜明け」という言葉を使って警戒を発した。
日本のバブル期において、蓄積された不均衡は非常に大きかった。日本の企業は借入れを急速に増やし、設備投資は、1990年までの3年間に年率2桁のペースで拡大した。
しかし、バブルが1990年代初頭に崩壊すると、不良資産が増加し始めた。日本は債務・設備・雇用の3つの過剰を大幅に蓄積していたことが明らかになった。
日本経済は、金融システムが安定を取り戻したことで、長い時間をかけて回復したといわれた。だが、日本経済の復活にとって重要だったことは、金融システムの安定だけではなく、債務、設備、雇用の過剰を取り除くことだった。
この過剰を解消してはじめて、日本企業は、グローバル経済の変化に適応し始めたのだという。
だから、アメリカも金融システムを安定化させただけで安心してはいけない、と白川総裁は述べたのである。
今、日本と同じように、アメリカにもデフレが忍び寄っているようである。経済が供給過剰状態にあり、家計と企業におけるバランスシート調整が始まったのだ。
サブプライム問題を引き起こしたアメリカの住宅バブルは、住宅価格を際限なく上昇させ、借入れ担保価値を急激に高め、住宅をATM代わりにして、世界経済を引っ張るほどのすさまじい消費力を生んだ。
供給側の産業界は、その大きな消費力、極限化された消費者の需要に応えるために設備を積み上げ、雇用を拡大した。
ところがバブルが崩壊し、住宅価格は急落した。いまだに下落余地があるといわれる。たちまち消費力は消えた。だが、消費者の需要が急速に縮んだからといって、供給側の産業界はそう簡単に過剰設備、過剰雇用を解消できない。
経済が健全になるためには、産業界が過剰設備、過剰雇用をバブル発生前の水準までに縮小しなければならない。家計も過剰債務を解消しなければならない。「借金返して現金増やせ」である。
個人や個々の企業の行動としてなら、それは正しい。しかし、多くの人がそれを始めると、ますますデフレは進行する。
つまりバランスシート調整である。1000万円収入があった人が、500万円の収入に見合った暮らしに生活のあらゆる面を調整しなければならない。年収500万だった人は、300万に合わせた暮らしを迫られる。
このバランスシート調整は、長い時間がかかる。
日本の「失われた10年」の根本原因も、これであった。ただし、日本の家計はまだこの調整の途中なのかもしれない。
もっとも、中央銀行である日銀の総裁が産業界の構造調整こそが必要だと説き、「政策当局者は何でも達成できる訳ではない」などと言う事に対する批判がある。
現に参議院選挙で躍進した「みんなの党」は、日銀法を改正して政府と日銀との間での合意を義務化し、事実上のインフレターゲットを設定させようという法案を準備している。
アメリカ政府は財政資金を追加投入したくとも、議会が許さない。財政赤字はますます拡大している。これに対して、連邦準備銀行(FRB)は金融緩和で対処しようとしている。1兆2000億ドルにも上るモーゲージ債や国債を購入し、政策金利はゼロ近辺に張り付き、超金融緩和状態になった。
バーナンキFBR議長はさらに資金供給拡大も辞さない覚悟を示し、期限を迎えたモーゲージ債の購入再開を示唆しているともいう。
白川総裁の立場は、日銀が量的緩和政策を取ることは、金融危機対策には有効であっても、景気回復策としては役に立たないというもので、必要なことは構造調整であり、その主体は個々の企業であり、中央銀行ができることは限定的だ、というのである。
なぜなら、行き過ぎた金融緩和を続けたために「安い円」が大量に世界に供給され、アメリカその他に流れ込み、サブプライム問題を引き起こす一要因になったから、という分析をしているのである。
しかし、ホンネをいえば日本銀行には70年代のオイルショック、そして1980年代後半のバブルにおける金融緩和策がインフレを招いたことがトラウマになっていから、大胆な金融緩和策やら、国債購入だのに踏み切れないるのだという見方もできる。
政界にインフレターゲット論が浸透してくることは、すなわち日銀にも矛先が向かいつつあるということか?
まあ閉塞感に満ちている日本の社会の中で、マスコミも悪者探しで溜飲を下げようと言う傾向が無きにしも非ず。だから次の標的が日銀だということもあり得るんだろう。
「なんだ日銀総裁は、そんな経済評論家みたいなことを言っている場合か!」なんてね・・・。

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