「原発と日本人ーーー自分を売らない思想」(小出裕章、佐高信 角川oneテーマ21)の中に、小出裕章さんが京都大学原子炉実験所のなかでどんな仕事をしているのかが語られている部分があった。
小出さんは38年間、助手、助教の立場にいるが、これはよく言われているように反原発の考えゆえに迫害されているというわけではない、という。
わたくしなどは、東北大学時代から女川原発建設反対運動に関わっていた小出さんが、どうして京都大学の原子炉実験所の助手になったのか、そのほうが不思議な気がしていた。
彼によれば、原子炉実験所は京都大学の機関ではあるが、全国共同利用研究所であり、そこに原子炉の管理をする仕事をするということで仕事を得た。現在働いている部署は、放射性廃物の管理をするのが仕事である。
この部署ができたとき、京都大学の衛生工学(現在は環境工学)の教授が赴任してきた。そして、衛生工学の若い研究者が順番にやってきて、助手、助教授へと昇進していく。
ただ、扱うものがただの廃棄物ではなく、放射能を帯びたゴミなので、通常衛生工学の人々が扱う廃棄物とは異なる。そのために、放射性物質を管理する知識がある人物が必要になる。
ただし、その仕事は京都大学の衛生工学の本流とは外れていて、助手として採用しても、助教授や教授になるラインからは外れている。しかも、小出さんはこのポストが非常に気に入っていた。なぜなら、彼の直接の上司である教授は、小出さんが放射性廃棄物の管理というやるべき仕事さえやってくれれば、一切何も命令したりすることがない。
誰に命令されることもないこのポストを小出さんは気に入っていて、自分としてはこのポスト以外の仕事をしたいと思わなかった・・・。それが実際であるようだ。
「私も放射能で汚れたゴミの始末は大変重要な仕事だと思っていましたし、今でも思っています。そのために私が出来る仕事は必ずやり遂げると思って入ったわけだし、今でもそのつもりでいます。その仕事については、人から後ろ指を指されないくらいにやってきたと思うのです。」(P107)
つまり小出さんは、いつもゴミの視点から原子力を見てきたということなのか?

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