小山田浩子「穴」は芥川賞受賞作だが、はじめ30才の既婚女性の非正規雇用で働く人の気持ちがよく描けていて面白く感じた。
主人公の松浦あさひは、夫が同じ県のなかの県境に近い農村部に転勤になったせいで、その碑石雇用の職を辞める。転居先は、夫の両親の所有する借家がちょうど空いたために、家賃なしで一軒家に決まる。かなり幸運であるが、義母はあさひが辞職すると聞いて単身赴任しないのかと聞いてくるあたりで、中高年世代の正規雇用の女性と、若年の非正規雇用の女性の世代ギャップが垣間見られるあたりも面白い。
あさひは、ある日義母から忘れていたコンビニでの支払いを代わりにやっておいて欲しいと電話で依頼され、コンビニに行く途中で謎の動物に出会い、それを追いかけるうちに草むらで穴に落ちる。そして、落ちたところを義父母の家の隣人の世羅さんという女性に助けられる。
この謎の動物を通して、世羅さんや、今まで聞いたことのなかった夫の兄と称する男性から、これまで知らなかった義父母の家の謎めいたものを聞かされる。この義兄は、一種の引きこもり状態で離れの小屋に住み続けているらしい。
義理の祖父が肺炎で急死して、その葬式の様子から分かることは、義理の両親の家もこの村の共同体からはちょっと浮いた存在であるということであるが、あさひはこの家の「お嫁さん」として人々に認知されていることを、自らも受け入れるところで小説は終わる。コンビニで働くことになったあさひは、「家に帰り、試しに制服を着て鏡の前に立って見ると、私の顔は既にどこか姑に似ていた」と感じた。
姑とは血がつながっていないにもかかわらず、そして村の中では浮いた存在であるにもかかわらず、あさひはこの共同体の構成員の中に位置づけられはじめたということか?穴は、共同体への入り口なのか。しかし、この共同体もそれほどに強固なものでもないところが今風なのか。

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