「経済成長って、本当に必要なの?」(ジョン・デ・グラーフ&デイヴィッド・K・バトァー著 高橋由紀子訳 早川書房)のなかに、次のようなことが書かれてあった。スウェーデンの有名家具店イケアの話である。福祉国家スウェーデンのもう一つの顔が見える?
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スウェーデンの有名家具店イケア社が、アメリカのヴァージニア州ダンヴィルに工場を開いた。従業員の時給は八ドルである。強制残業も多く、それを突然指示されることもしばしばあって、家庭生活に支障が出ていた。福利厚生はほとんどなく、休暇も会社から日程を指定されるという。
従業員らは腹を立てた。ダンヴィル市がイケアを招致した時、雇われた人々は、スウェーデンのイケア社員に提供されるのと同じ給料と福利厚生を期待していた。スウェーデンでは、米国の価値に換算すると時間あたり一九ドルの最低賃金を払っている。有給休暇は最低でも五週間で、残業はすべて本人の裁量に任されている。
ダンヴィルの従業員が不満を訴えても、地元政府は取り合わなかった。賃金が安く福利厚生がお粗末でも、雇用を創出してくれるのだからありがたいという。ところがこのニュースが本国のスウェーデンで、「ストックホルム・デイリーズ」紙の一面に取り上げられた。多くのスウェーデン人は、イケアのアメリカ人労働者の扱いを、イケアの「よき企業市民」という評判を裏切るものだ考えた。イケアはアメリカ人労働者を、アメリカ企業がメキシコ人労働者を扱うように扱っている、というのである。「われわれにとってこれはゆゆしき問題だ」と、あるスウェーデンの労働組合幹部は言った。
イケアの広報担当者イングリッド・スティーンは、イケアが、スウェーデン人とアメリカ人労働者に、給与、福利厚生、労働条件において大きな差をつけたことを認め、この事態を「悲しむべきことだ」と表現した。そして「しかし、それぞれの国には生活レベルや全般的な条件に違いがあり、それを反映したものです」と付け加えた。これには参った! 米国はイケアにとって安価な労働のアウトソーシング先、つまり第三世界の国と見られているということではないか。
スウェーデンの人道主義者たちは、「アメリカ人労働者を搾取している」と言って、イケアの家具をボイコットでもしてくれるのだろうか! それでもアメリカの知ったかぶり批評家は好反応するだろう。「まあしかし、スウェーデン人は高い税金を払っているからね」それはその通りだ。しかし税引き後でも、スウェーデンのイケア従業員たちの給料は、同じ職種のヴァージニアの従業員よりも高い。おまけにスウェーデンでは、医療費も大学教育も無料だし、他の社会保障もいろいろある。
アメリカのビジネス界は、スウェーデンと同じようなことをしていてはグローバル経済の中で競争できないという。だが世界経済フォーラムによれば、スウェーデンはその競争力において世界第二位で、アメリカを凌いでいる。この状況のどこが問題なのだろう。(P14〜16)

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