この短い小説は、主たる登場人物である松戸与三に関してはリアルに、しかし手紙の中に登場する女工と死んだその恋人の労働者の話は、象徴的な描き方がなされている。その技法の面での対照性が生きている。
手紙の最後には次のようなことが書かれていた。
「お願いですからね、此セメントを使った月日と、それから委しい所書と、どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前も、ご迷惑でなかったら、是非是非お知らせ下さいね。あなたも御用心なさいませ。さようなら。」(p11)
この手紙の最後の段落は、きわめてロマンチックに響く。不慮の死を遂げた恋人の思い出のつまったモニュメントの在り処をぜひ自分も訪れて思い出に浸りたいという気持ちが伝わる。
だが同時に、彼女自身この手紙に返事が来ることは期待していないような感じも漂う。
もっとリアルに、この社会の貧困の現実と人間性の歪みを認識しているかのようでもある。
したがって、最後の二つの文がそれまでのロマンチックな響きとは対照的な現実を突きつけるかのようである。すなわち、「あなたも御用心なさいませ。さようなら。」である。
果たして手紙の読み手である松戸与三は、ロマンチックに振れるか、あるいはリアルで冷酷なものの見方に振れるか、作者はあえて語らずに読み手に判断を委ねているようである。

0