私を小鳥屋で買っていった三重吉という男は、籠をふたつ買った。三重吉はほかに、もうひとつ大きな箱も抱えていた。
三重吉は、先生と言われる男に頼まれて買い物をしたという。季節はもう冬だ。宵の口に、その先生の家に着いた。この文鳥を御覧なさい、きれいでしょうと三重吉は言っている。夜になると寒いのでこの箱に入れろ、もうひとつの粗末な籠はときどき行水を使わすためだと得意げに三重吉は言うが、先生はあまり気のりしていない。本当に先生に頼まれたのだろうか。
三重吉は、粟を毎日食べさせろ、餌をかえてやらないのなら餌壺を出して殻を吹いてやれ、水は毎日かえろ、などと先生に注文する。先生は、ますます面倒くさそうな顔をしていた。
朝とっくに夜が明けているはずなのに、私はまだ箱の中だ。ようやく先生が箱のふたを取ってまぶしい光を急に浴びた。それでも餌と水を切らさないでいてくれれば上等だ。生き物を飼う気が薄い主人にすれば。
先生がいつまでも起きてこないとき、この家の女が箱から籠を出してくれるようになった。先生は、ときどき若い女を見るように私を見つめる。主人に愛情がなくても、家族や使用人が世話をしてくれるなら、まあそれでもいい。水浴びをしていると先生は貿籠(かえかご)を取り出し、私をそちらの方に移して、如露(じょうろ)で上から水をかけてくれたりもした。
ある日、先生が夜遅くまで外へ出かけていたのか、暗くなってもいつまでも籠を箱に入れてくれない。餌壺には殻だけが積り、新しい餌が補給されない。やはり家の者たちにも、面倒な存在なのだろうか。
ある晩、主人は戸を隔てた部屋に居るのにいつまでも箱へ籠をしまいにこない。暗がりの中から突然猫の手が伸びた。籠は床の上に倒れた。もし猫が籠の戸を開けていたら、もうそれですべてはお終りだった。
私の体調はそれ以来、極めて悪くなった。家の者も先生も、餌や水の管理がおろそかになった。
そしてある日、いつまでも餌は継ぎ足されず、水もかえられない、そんな時間がどれだけ続いたことか。私は籠の床に倒れ、意識を失った。
参照
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/753_42587.html

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