英国がEUに残留するかどうかを問う国民投票が6月23日に行われる。
少し前まで、世論調査では残留支持者が優勢とみられていたが、数日前から急に、いくつかの世論調査で、残留派が減り、EUからの離脱を求める人々が過半数になっている。
しだいに離脱支持が増えて残留支持が減っているのは、トルコが難民を欧州に送り込んできているために、英国を含む西欧全体で、定住難民の増加により、低賃金の雇用が、地元の市民と難民との奪い合いになり、地元の低所得層の就業が難しくなっているからだとも言われる。
低所得層は、EUから離脱して難民受け入れを止めれば雇用が回復すると主張する離脱派の政治家を支持するようになり、離脱支持が増えているのだという。
一方、英国の政府やエリート層、マスコミには、英国はEUに残らねばならないという考えが強い。残留派の市民に危機感を持たせるために、投票日まで2週間を切った段階で、離脱派優勢という歪曲した世論調査をわざと出して危機感を煽っているとさえ考えられる。
英国の上層部(特に今の与党である保守党)の中には、EUに参加して主権を剥奪されることに反対する勢力が以前から存在する。このまま英国がEUに残留すると国権を剥奪されるので、その前に国民投票をやってEU残留で良いかどうか民意を問え、という主張を通し、2017年末までにEU残留の可否を問う国民投票を実施する法律を2015年に作った。
英国は、EUの前身であるEECに後から加盟した。加盟2年後の1975年、国内の加盟反対派の要求を受けて国民投票を行い、EEC残留を決めた。
英国は、国権剥奪を意味する欧州国家統合に参加しつつも、ユーロを通貨として採用せず、国境検問をなくすシェンゲン条約にも入っていない。国権剥奪をできるだけ回避しつつ、国権を残したまま、国家統合によって力を増す欧州中枢部の政策決定には関与し、英国に都合の良い戦略(対米従属やロシア敵視など)を欧州にとらせてきた。
米国は、国連P5体制を作ったロックフェラー系などの多極派の要望なので、基本的に欧州の政治統合には戦後当初から賛成をしてきた。英国もそれに反対できない。
だが、ドイツの台頭や欧州の対米自立を防ぐため、英国はアメリカの「手先」として活動してきた。
英政界で「国権剥奪のEUを離脱すべきだ」と叫ぶ勢力は、本気でナショナリズムからそう言っているのか、あるいはEUを最大限利用しようという本音があった上でわざと反対のポーズをしているのか、おそらくどちらの人間もいるいる。英国の対EU戦略は裏表がある。
残留が本音の英政府は、できれば国民投票などやりたくない。しかしイラク侵攻後、米国の覇権衰退が始まり、独仏は欧州統合を加速し、対米自立する意志を強めている。
しかも、米国は孤立主義が広まり、アメリカに忠実過ぎた英国を嫌う傾向もでている。
そうなれば英国は、欧州統合を邪魔するどころではなく、もっと積極的にEUに参画せざるを得なくなっている。
そういう中で、もし国民投票でEU離脱派が勝つと、英国の国家戦略としては大失敗ということになる。
独仏などEU中枢の国々には、米国の軍産複合体と結託して動いてきた英国が、無理な東欧諸国の加盟や対露敵視、エルドアンの横暴への許容など、EUを戦略的に失敗させているという不満がある。
英国内の離脱派の中には、EUは英国を必要としているのであり、英国が国民投票でEU離脱を決めたら、EUは焦り、今よりもっと良い条件でEUに加盟し続けてくれと提案してくると甘く見ている勢力もある。だが、逆に英国が離脱を決めたら、独仏は喜んで英国抜きで国家統合を加速するかもしれない。
しかし、実際に国民投票で離脱派が勝っていまうと、その後、英国はEU中枢での意思決定から外されることは間違いない。
現在にEUは実質的に、独仏英伊などの有力諸国の首脳の間の非公式協議で重要政策が、正式提案の前に決まってしまっている。非民主体制かもしれないが、従来の英国は、ここに食い込んでEUを利用してきた。
国民投票で離脱派が勝つと、英国は離脱の道をたどり始めたことになり、EU中枢の非公式協議での発言権を失う。それのみならず、従来の「対米従属」の道もあきらめざるを得なくなる。
現在のEUは、覇権衰退が加速する米国の勢力が、EUの統合加速によって対米自立(そして対露接近)していかないよう、さまざまに妨害工作を仕掛けられている。軍産複合体は、NATOを使って延々とロシア敵視策をやっている。米連銀は、欧州中央銀行(ECB)にQE(債券買い支え)やマイナス金利といった金融放蕩策をやらせ、欧州を米国の債券金融システム延命に協力させている。
ドイツは止めさせようとしたものの、欧州中銀はユーロをすでに出口のない危険な、金融的に麻薬中毒の状態にしようとしている。
欧州中央銀行がQEに足を踏み入れたが、ドイツ(EU)はそんなつもりがないのに、ドルの身代わりになってユーロが潰れる道をたどっている。
エルドアンのトルコは、米国の軍産複合体やネオコン勢力である国務省のビクトリア・ヌーランド次官補らに入れ知恵され、シリアなどから来た難民をEUに流入させ、欧州統合の柱の一つであるシェンゲン体制を破壊している。
EUでは当然トルコへの反感が強まっているが、対米従属が強いEU上層部は、米国軍産複合体から、トルコはNATOの一員であると圧力をかけられ、エルドアンに反対できない。
そのため、EU諸国の人々はEUを支持しない傾向を強めている。
もしも、英国が国民投票でEU離脱を決めると、他の諸国の政界でも「うちでも国民投票すべきだ」という主張が強まるかもしれない。もしも相次いで国民投票が行われ、そこで離脱派が勝ち続けると、EUは解体しかねない。
逆に言うと、英国の国民投票で離脱派が勝ったら、英国勢がEUの政策決定に口出しできなくなることを利用して、独仏は全速力で財政や金融などの面の国家統合を進めようとするだろう。
来年になるとドイツ(8−10月に議会選挙)やフランス(4−5月に大統領選挙)で大きな選挙が行われ、独仏は統合加速を進めにくくなる。その前に一気呵成に統合を加速させようとするかもしれない。
この機会を逃すと、来年の独仏の選挙で反EU勢力が伸長するかもしれず、EUの統合加速が困難になり、米国勢による破壊を受けてEUが解体・破綻するかもしれないという危機感が独仏首脳にはある。
6月23日の国民投票で、英国全体ではEU離脱派が多数を占めたとしても、スコットランドでは住民の過半数がEU残留を支持するであろう。
その場合、スコットランドとその他の英国で民意が相反することになり、スコットランドは英国からの独立を問う住民投票を3年以内に行うことになる。
14年の投票では否決されたが、あの時は英国がEUに加盟していた。次回は独立派が勝つことは間違いない。
英国がEUから離脱すると、スコットランドは英国から独立してEUに加盟する道を歩むことになる。
6月23日の国民投票でEU残留支持が勝てば、英国の「分裂」への道は回避される。しかしながら、従来以上にEUの国家統合に参加する動きになる。英国の国権がEUに剥奪されていくのかもしれないが、もはやそれしか選択肢はない。

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