原発事故の時以来、原子力ムラという言葉がすっかり定着してしまった。原子力関係の科学技術に携わる人々に対する信頼感は地に落ちたとも言われるが、実は現代の科学と技術の堕落ぶりは、たとえば60年代の大学闘争なんかでも一つの問題として噴出していた。水俣病などの公害の原因を企業の立場にたって覆い隠す役割を、東京大学を頂点とした科学技術の世界が果たしたことも挙げられる。
さらにさかのぼれば、科学技術と戦争の問題がある。
「陸軍登戸研究所と謀略戦 科学者たちの戦争」(渡辺賢二著 吉川弘文館)を読めば、細菌兵器の開発に関わって人体実験に関与した人物が戦争という国家目的によって罪の意識を持たなくなることが分る。しかも敗戦によって彼らは戦争犯罪人として裁かれることなく、逆に米軍への協力を担保にして免責され、さらに戦後の日本の医学界にも影響ある人材を送り出していることが分る。
偽札作りの印刷技術もまた米軍の秘密工作活動への協力によって関係者は免責され、殺傷光線の技術は戦後は兵器から電子レンジの技術へ転用される。
アメリカで普及したDDTなどの農薬や、原子力発電もまた戦争が生み出した科学技術の転用である。1950年代、60年代のいわゆる「ゆたかな社会」の裏側にあるのは、戦争技術の民間への転用だった。生活世界の「ゆたかさ」への問い直しが必要だろう。

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