小林秀雄の「おふえりあ遺文」は、ハムレットに捨てられて自殺する恋人オフィーリアの視点で描き出す独白体の小説である。
気が狂ってしまったオフィーリアは自殺を思いつく理由を語る。
シェイクスピアに描かれるオフェリアは、印象が薄い。彼女の話す言葉は、父親のボローニアスの思惑通りに動き、弱々しい。
「何というお芝居でしょう。何と沢山な役者がこんがらがっていて、みんな何という顔だろう。人間なぞは一人もいない。ええ、妾は、逃げます、妾には役は振られてはいません。二度と帰ろうとは思いません。幽霊ばかりが動いている、何の心残りがあるものか。」
どうも死ぬ理由などないようなのだが、「妾は逃げます。妾には役は振られていません」と言い、この世に居場所がないから死ぬのだという。
「自分には役が振られていない」。
そういう嘆きを持つ現代人は、思いのほか多い。

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