日銀がマイナス金利の導入を行ってから5ヶ月である。
日銀が期待した円安、物価上昇、消費・設備投資刺激による景気拡大路線は外れ、逆に円高、株安、景気低迷に陥っている。
英国のEU離脱による世界経済の混乱で、マイナス金利がさらに日本経済の混迷に陥る危険性もある。
戦後、日本に限らず先進工業国ではプラス金利の環境で経済活動を営んできた。
プラス金利の世界では景気後退局面では金利が引き下げられる。金利が低くなれば消費者は可処分所得のうち貯蓄よりも消費支出を増やす。一方、企業は低金利の融資が得られるため、設備投資を積極的に行うようになる。銀行も適正な預貸金利差が得られる。
このように、各経済主体が好循環を形成すれば、景気は回復に向かう。
逆に景気が過熱してくれば、利上げを実施する。消費者は金利が高くなれば、消費よりも貯蓄に励む。企業は設備投資などを手控え、景気加熱は沈静化する。安定した経済成長を維持するためには金利政策の効果は大きかった。
ではマイナス金利の世界では、消費者、企業、銀行などはどう行動するのだろうか。マイナス金利の世界とプラス金利の世界では金利が各経済主体に及ぼす影響はかなり違っている。
プラス金利が有効に機能する世界は、経済活動が正常に営まれている世界である。これに対しマイナス金利が実施される世界は、経済活動が不振で低迷している経済である。
90年中頃からの日本経済は、デフレの影響で20年近く名目経済成長率はゼロ成長だった。この傾向は今日もあまり変わっていない。
このような停滞した経済環境下で、マイナス金利が実施されれば、それぞれの経済主体はどのような行動にでるだろうか。
消費者はマイナス金利を実施しなければならないほど現状の経済状況が悪いと認識し、将来に悲観的になる。このためマイナス金利の導入前に、銀行から現金を引き出す動きを強める。将来不安が大きいため、引き出した現金は直接消費に回さず、手持ち預金として保有するか、金や株式などの換金性の高い資産に換えるであろう。
住宅ローン金利が安くなるので、住宅を購入しようとする若い人には有利であるが、経済全体が不振の中で、賃金の伸びも期待できないため、個人の住宅投資の盛り上がりには当然限界がある。投資のための不動産購入も、期待はできない。
企業は積極的に低利融資を受けて設備投資に取り組むにはいたっていない。設備投資に見合う需要が期待できないのである。政府や日銀見通しによると、日本の潜在成長率は年率0~0.5%程度に過ぎない。
多くの企業にとってリスクを伴う設備投資よりも、突発的な金融不安や大災害の発生に備えて内部留保を積み増す守りの経営が主流である。マイナス金利になっても設備投資はそれほど盛り上がらない。
市場金利がマイナス金利になれば、銀行の経営は難しくなる。消費者の預金を原資とする銀行にとって、預金にマイナス金利を適用すれば預金が集まらない。利ざやも圧縮され、金融仲介機能も失われる。一部の証券会社では、マイナス金利のあおりで安定した利回りを確保できなくなり、MMF(マネー・マネジメント・ファンド)の運用を止め、資産を投資家に返すなどの動きが出ている。
既存の国債市場でも、マイナス利回りが記録され、投機目的の売買もあった。マイナス金利で新規国債の利回りが低下すれば、国債をさらに大量に発行せざるを得なくなる危険も出てくる。
日銀は、マイナス金利が及ぼすメリット、デメリットを慎重に検討せず、欧州の中銀が実施しているのだから、といった程度の認識で実施したとしか思えない。
安易に導入されたとすれば、悪影響が深刻化する前に廃止を決断すべきだ。
参照 ニュース・ソクラ
「プラス金利の「常識」が通用しない世界 勉強不足露呈 日銀のマイナス金利政策」
2016/06/29 三橋規宏

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