とはいうものの、アタシは経済学なんて分からないから、リフレ派と構造改革派のどちらが正しいのかよく知らない。
ただ、この原田氏の本に関して言えば、3章以後の歴史的な記述の部分に注目しただけである。
ひょっとしたら、経済学的な論争に興味の強い人からすればとんでもない誤読をしているのかもしれないが、内容を要約すると次のようになる。
・日本が立憲国家になって5年以上総理の座にあった政治家は、伊藤博文、桂太郎、吉田茂、佐藤栄作、小泉純一郎の5人しかいない。中曽根康弘は5年に18日足りない。安倍総理は6人目になる可能性がある。
・安倍総理の功績は、今のところ大胆な金融緩和で景気回復を実現しただけである。安全保障政策などは不安を持っている人のほうが多い。
・金融緩和だけでどうして伊藤博文だの吉田茂に並ぶ宰相になれるのか。それならほかの政治家もやるはずだと思うのだが、ほかの政治家は日銀や財務省(旧大蔵省)が反対する時点であきらめたが、安倍首相はあきらめなかった。
・リフレ政策をとればインフレになるのは確かである。しかし、少しでもインフレになればあとはハイパーインフレになるというのは誤りである。そもそもデフレはインフレよりも国民生活に悪い。
・「第一次世界大戦後、ドイツはハイパーインフレに襲われた。その混乱の中でナチスが権力を握り、ヨーロッパに戦乱をもたらし、ユダヤ人虐殺までした。日本はナチスにならってドイツと同盟を結び、アジア侵略を行った。」そういう歴史認識が常識とされている。
・しかし、実際にドイツでハイパーインフレが起きたのは1910年代の末。ナチスの政権掌握は1930年代である。20年代のワイマール共和国時代は平和が保たれていたが、大恐慌とデフレと失業の時代になって、結果としてナチスが政権を握った。
・ナチスは政権を握ると金融緩和でデフレからドイツ経済を脱却させた。国民はナチスの取った経済政策を支持して、対外政策も正しいと信じた。日本の軍部も同じだった。
・日本では、大恐慌は民政党内閣の浜口雄幸首相と井上準之助蔵相が主導したデフレ政策によって始まる。しかしこれが農村の荒廃、失業者の急増などで失敗。犬養毅政友会内閣の高橋是清蔵相のリフレ政策への転換で経済が回復する。
・高橋是清のリフレ政策は日本を世界大恐慌からいち早く回復させた。昭和恐慌から脱却した1932年から1930年代央までの日本経済は極めて順調であった。
・にもかかわらず高橋是清の功績が低く評価されているのは、1931年の満州事変が大きな影響を持っている。不況のなかでわずか2万の日本軍が30万以上の満州軍を追い払って32年3月には傀儡国家を作った。そして景気が回復した。人々(エリートも庶民も)はリフレ政策ではなく、満州事変による軍の中国大陸侵略が経済を回復させたと誤解した。
・高橋の業績で最大のものは、全世界を絶望に陥れた世界恐慌から日本経済をリフレ政策によって救い出したことである。具体的にしたことは、金本位制からの離脱(円安政策)、大胆な金融緩和、国債の日銀受け入れを伴う少しの財政拡大である。
・マルクス主義的な歴史認識では、高橋財政は金融政策と財政政策の活用により、一時的に日本経済を回復させたにすぎず、国債の日銀引き受けによる財政拡張政策によって軍事支出の拡大に道を開いた、という解釈になる。金本位制から離れた金融政策は軍事費のために金融政策を壟断することを軍部に教え、戦中と戦後のインフレーションを招いた、というのが歴史教科書的な常識となった。
・もし高橋リフレ政策の功績を正しく世界が継承していたら、ナチスのヨーロッパ征服も、太平洋戦争もなかった。ソ連による東ヨーロッパの共産化も、中国、北朝鮮も共産化していなかった。その後、共産主義陣営がアメリカに対抗する力を持つ世界も生まれなかった。
・奇妙なことに、マルクス主義的な高橋リフレ政策への評価が、左翼陣営のみならず、日本銀行や大蔵省にも戦後長く引き継がれたことである。日銀引き受けの禁止という歯止めがなくなれば軍事費が増大するというのは、官僚的歯止めがどんな場合も有効だと信じる奇妙な幻想に過ぎない。
・恐慌時、満州事変の「成功」が国を誤らせた原因であり、日本が戦争への道をたどってしまったのは、人々が既存の政治家よりも、軍人のほうがましではないかと思うようになってしまったからである。
・正しい歴史認識は、デフレ政策によって民衆が政治エリートへの不信感を持ち、絶好のタイミングで謀略が成功した満州事変により、軍の権威と実力が過大評価されてしまったことであった。軍はこれによって最終的に権力を握った。しかし、権力を握った軍人たちは、自身の立身出世のみに関心がある視野の狭い政治観しか持っていなかった。さらに、軍を止めるべき国民の代表たる政治家は民衆から信用されておらず、結局中国での戦乱を終結もできず、アメリカとの無謀な戦争にまで突き進むのを誰も止められなくなった。
アタシは、原田氏のデフレ政策を経済学的に評価することは能力的に放棄するが、この歴史認識に限っては、少し高橋是清を過大評価しすぎかなあとは思いつつ、おおむね正しいような気がしている。
ただし、それが安倍政権支持を意味するものではないよ。今の政権にお金を使わせたらロクなことに使わないのじゃないかという不信感が強いからだ。

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