南シナ海の南沙、西沙両諸島は第2次世界大戦中に日本が占領した。
戦後に中国の国民党政権がこれを接収した。1947年に11本の線からなる独自の境界線「十一段線」を発表した。
現在の台湾は同様の主張をしている。
国共内戦に勝利して中華人民共和国が建国されると、北京の同国政府もこの主張を引き継ぎ、53年に「九段線」と名称を改めた。
フィリピンは2013年に国連海洋法条約に基づき、仲裁裁判所に仲裁手続きを申し立てた。
フィリピンは、「中国の主張は条約に違反しており無効」として、中国が大規模な埋め立てを進める南沙(英語名スプラトリー)諸島のファイアリクロス礁などについて、排他的経済水域(EEZ)や大陸棚の権利を生じない「岩」であることの確認を求めた。
これに対し中国政府は、申し立ては領土主権に関わる問題であり、条約の適用範囲を超えると主張。仲裁裁判所には管轄権はないとして仲裁手続きへの参加を拒否した。
同裁判所は昨年10月、フィリピンが訴えた15件のうち7件に管轄権があり、残る8件についても検討対象にするとの判断を示した。
そもそも、国連海洋法条約の制定を主導したのはアメリカとソ連だった。
第二次世界大戦後、漁業や海底探査の技術が向上し、様々な国が幅広い海域の管轄権を主張するようになった。
58年と60年に国連の場で統一した海のルールを作ろうとしたが成功せず、70年代初頭には海はまさに無秩序に近い状態となっていた。
世界規模で海軍を運用するアメリカとソ連にとっては、航行の自由を脅かしかねない状況だったが、このため、米ソ冷戦の最中であるにもかかわらず、両国は統一した海のルールを確立して航行の自由を守るために国連海洋法条約の制定に向けて共同歩調を取った。
米ソが重視したのは、3〜200海里までばらばらだった領海幅の統一と国際海峡の自由通航、そして沿岸国の漁業権であった。
米ソは沿岸国が12海里(約22キロ)までの領海と、200海里(約370キロ)までのEEZを宣言できることを認める一方で、EEZ(排他的経済水域)や国際海峡の自由通航権を確保した。
米ソは、沿岸国の経済的な管轄権に配慮しつつも、狭い領海と広い公海という海洋の自由の構図を維持し、新海洋秩序を成立させた。
だが、アメリカは国連海洋法条約に加盟していない。1982年に採択、94年に発効した国連海洋法条約は、各国の領海や経済資源の採掘に関わる排他的経済水域(EEZ)の範囲など、地表の71%を占める海における国家の権利と義務を定義し、「海の憲法」と呼ばれている。
現在160カ国以上がこれに加盟しており、他に批准していないのは、アメリカのほか、北朝鮮やイランなどである。
日本は同条約を96年に批准し、施行された7月20日は「海の日」という祝日に制定された。
しかしながら、オバマ政権の高官であるパネッタ国防長官とデンプシー統合参謀本部議長がそろって国連海洋法条約がアメリカの国益にかなうと発言し、23日には同じくパネッタ国防長官とクリントン米国務長官が上院外交委員会で行われた公聴会で証言し、条約の批准承認権を持つ議会上院に国連海洋法条約への早期批准を促した。
実は、国連海洋法条約が発効した94年以降、歴代すべてのアメリカ大統領が批准を支持してきた。
合衆国憲法の規定で、条約は上院の3分の2の議決による「助言と同意」を経て大統領が批准する。04年には上院外交委員会は同条約の批准を19対0で可決し、07年にも17対4で可決した。しかし、いずれも一部の共和党保守派の反対により、批准の手続きは成功してこなかった。
今になって上院が国連海洋法条約を批准する可能性が高くなったように見えるのは、中国がしかけている「法律による戦争」に対処するためだからといわれる。
中国は国連海洋法条約を96年に批准したが、それを中国近海におけるアメリカ軍の活動を制限するために解釈してきた。
一般的な海洋法の解釈とは異なり、中国は自らのEEZ及びその上空において外国の軍事活動を認めていない。中国はアメリカの艦船や偵察機が黄海や南シナ海で行っている軍事情報の収集活動を認めていない。
01年3月、海南島近くの南シナ海上空で中国の戦闘機がアメリカの偵察機に衝突。この衝突で中国側のパイロットは行方不明となり、アメリカの偵察機は海南島への不時着した。不時着した兵士の返還をアメリカ政府が要求すると、中国政府はEEZの上空でアメリカが情報収集活動を行ったことを非難し、謝罪を求めた。
アメリカは他国のEEZ及びその上空であっても、外国軍が情報収集をすることは自由であるというのが一般的な国連海洋法条約の解釈であると反論したが、中国はアメリカが批准もしていない条約に基づいて自らの立場を正当化していると批判した。
中国はミサイルや潜水艦を駆使してアメリカの接近を阻止しようとしているが、そのために国際法の独自の解釈を略に取り入れている。
中国の「法律戦」の基本は、自らのEEZを広げる一方で他国のEEZを否定し、EEZにおける外国軍の活動を禁止することである。
このため、中国はEEZの基点となる尖閣諸島や西沙・南沙諸島の領有権を主張し、EEZの拡大を目指す一方、日本最南端の沖ノ鳥島を島ではなく岩だと主張し、島であればそれを基点にEEZを宣言できるが、岩であればEEZが認められないと解釈している。
アメリカは中国による「法律戦」に注目し、アジア重視姿勢を貫くためにも、この法律戦に対抗しなければならないという認識が広がった。そのために、アメリカも国連海洋法条約に加盟し、従来の国際機関に対する不信を乗り越えて、自国の武器として海洋法条約の解釈を自国に有利に守るべきだと考えるようになったといえる。
しかしながら、アジアの多くの国は中国に近い海洋法の解釈をしている。
中国の強硬な南シナ海への進出に対しては、ベトナムやフィリピンを始め東アジアの国々がアメリカの後ろ盾を期待するとともに、EEZにおける外国軍の活動は規制されるべきだと考えており、この点は中国と同じ法解釈をしている。
これに対してアメリカは、沿岸国に有利な海洋法の解釈、とりわけEEZにおける外国軍の活動が規制されるべきだという立場は、海洋の自由を脅かしかねない解釈であると主張し、自らの主張の正統性を高めるために国連海洋法条約への加盟を、少なくとも政府は求めている。
日本政府は、EEZにおける外国軍の活動に関する解釈を明確にしていない。その活動を規制すべきでないという意見と、何らかの規制を課すべきという意見が政府内で対立しているからである。
最近になって、中国海軍の軍艦が、尖閣諸島周辺の接続水域に初めて入ったことに政府が慌てたのも、ある意味で日本政府のこの問題に対する姿勢が定まっていないことを中国側に突かれたようなものである。
安倍政権のこれまでのスタンスから考えると、アメリカが平時から中国のEEZで軍事情報を収集しておかなければ、有事に日米同盟は機能しない。
ところが、日本のある研究機関が05年に各国の専門家を招いて他国のEEZにおける軍事活動を大きく制限するガイドラインを作成した。その内容は、軍事活動を「平和目的」に限定し、沿岸国の安全を脅かし得る情報収集も認めないというものであった。そして、このガイドラインは国連に参考文書として提出され、アジア各国では日本が主導したガイドラインとして有名になり、アメリカ海軍大学では、法律戦の例としてこのガイドラインが教材となっている。
日米同盟重視が日本の国益と考えるなら、EEZにおける外国軍の活動は規制すべきではないのであろう。だがそれを規制しないというなら、日本のEEZで中国軍が自由に活動することを基本的には認めなければならない。
そのことは今の嫌中的な「世論」にとっては気持ちのいいものではない。しかし、規制を認めてしまうとアメリカも日本も中国のEEZで軍事活動(いや情報収集活動)ができなくなる。
参照
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1989?page=4
(国連海洋法条約への加盟目指すオバマ政権の狙い 日本は中国の「法律戦」に加担するな
小谷哲男 日本国際問題研究所 主任研究員)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/article/247435
「中国焦燥、南沙アピール 仲裁裁判所 近く判断」西日本新聞 2016年05月25日

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