「ナチス・ドイツの有機農業」(藤原辰史著 柏書房)という本があります。ドイツのナチス政権は政策として有機農業を推し進めたということだそうです。
しかしながら、別にだからといって有機農業を押し進めることがナチスのような独裁政治につながると言いたいわけではありません。だいたい、ナチスの政策というのはあまり独自の思想は実はなくて、当時の社会主義や共産主義運動のさまざまな要素をパクったものが多いわけです。
まあ、ワーグナーの曲をヒットラーが好きだったからと言って、ワーグナーを聴くとナチスになるというわけではありません。
第一次世界大戦でドイツは敗れたわけですが、そのとき国内は深刻な飢餓に苦しみました。これは、当時のイギリスの軍隊が徹底してドイツの食料輸入路を絶ったことが原因になっています。
76万人が飢餓に陥ったという記憶に、ワイマール共和国の政治的・経済的な混乱のなかで政権を握ろうとしたナチスは効果的に訴えたということのようです。つまり、ナチスは農民を保護し、農業政策を重視することで農民の支持を取り付けたわけです。
ナチスが農民への支持を広げたことに大きく貢献したのはリヒャルト・ヴァルター・ダレー食料・農業大臣で、かれは農地を市場によって取引することを禁じるなど、農地に関する所有権の部分的な制限を行い、土地の商品化を阻止しようとしました。
彼は当時アメリカで多くの農民が銀行の抵当にされて土地を失ったり、また深刻な土壌流出で起きた砂嵐で農地を追われたりしたことに注目しました。
彼はまた、ルードルフ・シュタイナーが提唱した化学肥料を排したバイオ・ダイナミクス(BD)農法に着目し、それを支持するようになりました。
ただし、ドイツ国内でそれを強制的に進めることは、一時的な生産力の低下につながることになりかねないと考えて、推奨するにとどめたのだそうです。そのかわり、ドイツが占領したフランスや東欧地域でそれを導入しようとしたのだと言います。
一部の強制収容所でBD農法が導入されたという記録が残されているといいます。
こう見てみると、ナチスが有機農業に熱心だったのは事実であるにしても、それはあくまでドイツの置かれた歴史的な背景になかで冷静に理解するべきであると思います。
藤原さんの著書を読む限り、ワタクシにはナチスが農民の心をつかむために有機農業を利用したのであって、別に有機農法がナチスを生んだわけではないのだと思えます。しかしながら、もし現代のエコロジー運動や有機農法のなかに非人間的な結果を生み出す危険が潜んでいるとしたら、それはなんでしょう?
現代の日本で有機農法を愛する人のなかに、「国産」信仰があるように思えます。しかしながら、大事なことはその農産物がどれだけ環境や生態系に配慮されて育成され、経済的にも適正な流通過程によって人々の手に渡ったものであるかどうかという点にあると思います。
正しい考え方や技術も、国家とか人種とかのフィルターで曇った目で見ると、正しい価値観も歪んで見えてくるのかも。

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