相変わらず「人間不在の経済論」を高らかに唱える松原信者経済担当・木村貴氏。
木村氏が信奉するリバタリアニズム(最小国家主義)というのは、政府の機能を国防や司法など最小限に縮小し(小さな政府)、その他の分野においてはいわゆる「神の見えざる手」という市場の調節機能にちって秩序を保つという経済思想である。
言うまでもなく、私はリバタリアニズムは断固として否定する。
私は木村氏ほど、市場を形成する人間の良心というものを信頼していないからである(信頼したいという気持ちはあるが)。
人間には、個人であれ集団であれ、必ずエゴイズムというものを持っている。経営者と従業員の関係を例にすると、経営者の最大のエゴは、従業員を奴隷同然に扱うことに尽きるし、従業員の最大のエゴは、働かずに沢山の賃金を頂くことに尽きる。
両者のエゴイズムを全面的に認めてしまえば、当然企業というものは成り立たなくなる。
そこで必要なのが、政府による規制である。
政府の規制により、両者のエゴのある部分は認め、ある部分は抑制することによって企業が成り立つのである。
企業に限らず、社会とは政府の規制によって秩序を保っているのである。
もし政府の規制を撤廃すれば、弱者のエゴは強者のそれによって圧殺されるであろうことは想像に難くない。
要するに、木村氏のいう「自由主義経済」で自由の果実にありつけるのは、一部の強者のみであり、多数の弱者は強者の自由に奉仕させられる奴隷に成り下がる。
あと木村さんは、
政府と勞働組合が結託して最低賃金と云ふ規制を設定してゐる所爲で、もつと安い賃金でも働きたいと云ふ人々の就業機會を奪ひ、働きたいのに働けず、貧困層の増加につながつてゐると云ふのが定説なのですが。
なんて書いてるけど、こんな定説聞いたことないんですが。
まぁいかにもリバタリアンが言いそうなことではあるが。
追記。
森英樹センセは、喜六郎は西部邁をダシにしているだけとか宣ってるけど、チェスタトンや小林秀雄をダシにして自分を大きく見せようとする森英樹センセには言われたくないね。

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