ここでは、正直な事をずっと書き続けているので、
今日は、ある事があって、自分についていっぱい考えた正直な思いを、書いてみたいと思います。
私は、
「こうだ」
と思ったら、とことんその意志を曲げない所があります。
何がどうしようと、悪く言えば、
「我」
を通そうとする傾向がある人だと思います。
この事は、私の長所でもあり、短所でもあると思うのです。
こういった内因的な性格が、強迫になりやすいのかな?とも思うし、違う方向からみると、強迫から回復させる事が出来たのは、こういった
「意志を曲げない自分」
がいたからだと思うのです。
強迫性障害が最悪の頃、とてもじゃないけど何もできない状態であったにも関わらず、そんな様子を微塵も、内外のすべての生活に渡り誰にも見せなかったのは、自分で言うのは変だけど、ちょっと外から自分を客観的に見た時、
「何て強靭な人なんだろう」
と思えます。( 自分で言うなって ツッコンでもらっていいですよ〜)
あの強迫の状態で絶対に不可能と思えた事も、(一切誰の助けも借りず、誰一人巻き込まず、泣き叫びも、辛い様子一つ見せず、)すべてをやっていた自分は、頑張りすぎで、自分で可愛そうになる時もあるし、
「なんて、何が何でもやりとげる意志の強い人なんだろう・・・」
と思う事もあります。
自分を誉めるつもりで書いてるのではないので、誉めていると、とっちゃった方はゴメンナサイ。
でもこの意志は、
強迫性障害で、自分をとことん追い詰めてしまった意志でもあり、回復させた意志でもあるんですよね。だから、いいものなのか、悪いものなのか分からなくなる事があります。
この、
「自分がこうだ」
と思ったら最後、どんな事でも成し遂げようとする自分自身は、プラスに働いている時にはいいんだけど、時には、強迫性障害で自分を追い詰めたみたいに、自分で自分の首を絞めているなと、思えることが時たまあります。
ここ何日かの自分は、心の一方で(内容を書いてないので分かりにくいのですが)
「もういい、分かったから、自分でこれからは、頑張っていくんだ・・・・」
と思っているにも関わらず、
「でも、私は、こうなんだ・・・・だから、意志は曲げない」
という悪い方面の「我」が働いているような気がします。
「我」が邪魔して、心から感謝して大切にしている人にほんとに悪い事をした、と思うので、今度機会があったら謝りたいなと思います。
でも、私は、私だから、フッと心が弱くなってくじけそうになる事もあるけど、
せっかく出会えた、私にとっての生きがいのカウンセリングを大事にして、これからも頑張って生きたいなと思って日々生活しています。
カウンセラーはいつも心は安定してなきゃいけないものかな?
そうはいっても、カウンセラーも同じ人間だからね・・・・
でも、カウンセリング中は、何故か、とっても、気持ちは安定しています。
「相手の方に集中していて、全然自分の事は意識にあがってこない・・・・」です。

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