あっ コメントの返事ためちゃってます^^ また 返事しますね〜。
私は、子どもの時から、ずっと 母に
「将来は 学校の先生になりなさい」
そんな風に言われ(なかば決まった人生のように)続けていたのですが、
今娘が 小学校に通っていて、(滅多に学校へ行かないですから よく知らないですが)
先生のお仕事姿を見るにつけ、
「私には、絶対向いてない気がするし、言われた通り 仮になっていたとしても、たぶん続かなかっただろうな」
と よく思うんです。
母自身が 学歴のない人でしたから、子どもには最高学歴をつけ、
男性に負けない 安定した仕事ができる ´教師を・・・´これが 母の考え方だったのですが、
これは、よく言えば子どもの為なのだけど、この奥にある物は、母が心に抱き続けてきた劣等感を、子どもによって解消しようとしていたんですよね。
最初から人生の選択肢がなくて、毎日毎日、そのためだけの勉強をし、教師以外のものになると、(食べることにも困る)将来は最悪の人生になってしまう・・・・こんな追い詰められた感を、いつしか持つようになっていた私なのですが、
親が求めたような人生に子どもが なっていけない方が、普通の事で、
途中強迫性障害にもなってしまい、当然その通りになれなかった 私は、
「自分は駄目だ」
そんな劣等感をよく抱いていました。
自信が持てない 劣等感の塊のような自分に 私は、よく
「どうして自分はこうなんだろう」
と自分で自分をさらに責める、そんな感じにさえなってしまっていたのですが、
「親が決めた事のみが正しい・素晴らしい」
それ以外は 認められず、それが あまりにも強力なら、
達成できなかった事にたいし、大きな劣等感を抱くようになっても それは当たり前といえば、当たり前だし、その方が自然の姿で、正常な事だと思います・・・・
だから、私は大人になってからも、長い間、社会的地位が高いと言われる職業の人たちに、(とりわけ教師に対し) 恥ずかしい話、ものすごい、敵対心や、劣等感を抱く人間だったのです。
´自分は なるべきはずのものになれなかった、果たせなかった・・・羨ましい´
そんな思いが、強かったって事だと思います。
だけど、人の価値は、こんな物では決まらないし、自分の特質に合わない職業選択をしていたら、それはとても不幸な事で、
ならなくて、というか なれなかったんですけど、(教師に)なれなくて良かったなぁと 今なら、思います^^
そーそー 私は、子どもが幼稚園の時には、まだ幼稚園の先生に対し、上記の思いを抱いていました。
自分には無理な職業だなって 分かってるのに、劣等感の心は抜け切れてなかったって事なんですよね。
自分の劣等感の心の意味が この頃は まだ理解することができず、とても苦しい人生だった気がします。
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ここで 話しは変わりますが、 娘が今学校では、 南中ソーランの練習をしています。
先生方は、一生懸命に覚え教えてくださっているそうですけど、
先生ってすごいですね (^◇^;;;;
この踊り、私覚えられませんもん〜 早い早い、早すぎる動きなんですよ、覚えられないもん、子どもたちに教えられないし、こんなの踊ったら、腰を言わしてしまいそうで、大変です。
先生って ほんと色んな事しなくてはいけない 職業ですよね^^ そんな事に対し、劣等感を抱いていた自分って バカみたいです(@_@;)
ソーランの、動画を・・・・と思ったんだけど、うまく 貼り付けられなかったです(;O;)
良かったら、検索して 踊りを見てみてね〜
まゆまゆのカウンセリングルーム/相談室
強迫性障害克服体験記 書いています。読んでください
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