2014/12/22  10:56

インド洋大津波から10周年…スリランカで開かれている犠牲者追悼式典  国内外からのトピックス


■当会の海外取材班は、寒波に見舞われた日本を12月14日に発ち、スリランカで取材中です。昨日12月20日の午後4時過ぎに、南部にあるゴールの街を走っていると、日本語の幟を交えて行進する一団に遭遇しました。これは、ゴールの港を一望する半島の丘の上にあるピース・パゴダを建立した日蓮宗の一派である日本山妙法寺が、スリランカを襲った大津波の翌年2005年から毎年行っている灯篭流しの行事です。
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ゴールの街で見かけたインド洋大津波10周年の犠牲者慰霊の灯篭流しパレード。12月20日現地時間16:44撮影。



 今からちょうど10年前の2004年12月26日、現地時間7時58分53秒に発生したマグニチュード9.1のスマトラ島沖大地震は、巨大な津波を引き起こし、インド洋沿岸地域に襲い掛かりました。インド洋に浮かぶスリランカの沿岸も、同日9時半から10時にかけて何度も大津波に見舞われ、北西岸の一部を除き甚大な被害を蒙りました。この津波によりスリランカでは、35,322人が死亡、負傷者は16,637人、行方不明者は5,637人、家を失った被災者は83万人以上に上りました。

■取材班が12月18日午前中、ゴール港を訪れた際に、対岸の半島の先端に白い仏塔(パゴダ)が見えたので、地元の人に聞いてみると、ピース・パゴダと呼ばれていて、日本の宗教団体が建立し、日本人の僧侶が常駐していることを知りました。
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奥の半島の丘の上に小さく見える白いパゴダが、現地で「ジャパン・テンプル(日本寺)」と呼ばれる日本山妙法寺のゴール道場。手前はゴール港。

 そのため、さっそくゴール港を出た後、ピース・パゴダに立ち寄ってみました。国道A2をゴール市街から南東のウナワトゥナ方面に1.5キロほど行き、右手に上る狭い道を1キロほど進むと、ピース・パゴダが目の前に現れます。
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浅見和尚にもらったピース・パゴダの絵葉書。 ↑

 このパゴダはインド洋大津波が発生した翌年の2015年2月に建立されたもので、パゴダの前にある寺院には、日本語で「日本山妙法寺」と大書された看板がかかっています。この宗教団体は、日本山妙法寺多摩道場(東京都稲城市)に事務局を置き、国内をはじめ世界各地で仏舎利塔=世界平和塔(ピース・パゴダ)を建立し、非暴力・非戦・友好をスローガンに平和運動を展開していることで知られています。

 パゴダの正面の入口で靴を脱ぎ、素足で参拝しました。パゴダの周囲には4か所に仏像が設置され、それぞれ仏陀の教えが書かれたプレートと小さな祭壇がしつられてあります。

■このパゴダからは、ゴール港とゴール市街が一望できます。また、沖合を大型のタンカーやコンテナ船が行きかう様子も見られます。

 パゴダ参拝後、傍にある本堂に入ると、日本人の住職がいました。そして住職に勧められて短い時間でしたが勤行を行いました。日本山妙法寺は日蓮宗の系統なので、何妙法蓮華経を何度も唱えました。

 勤行後、住職である浅見行見和尚に話を聞くことができました。スリランカに来たのは1982年で、以来布教を続けていて、このパゴダは14年前に建立をはじめ、2005年に完成したそうです。完成直前にインド洋大津波がゴールの街を襲い、大勢の犠牲者が出たため、翌年から毎年12月のこの時期に灯篭流しを行っているそうです。

 日本山妙法寺では、このピース・パゴダを国内では本部のある東京都稲城市をはじめ釧路市、札幌市、成田市、富士市、舞鶴市、広島市、熊本市など、海外ではインド6か所、スリランカ5か所、ネパール2か所、英国2か所、オーストリア、イタリア各1か所、米国など、これまでに合計約50か所に建立しているそうです。

■日本山妙法寺は、かつて平和・非暴力による成田空港建設反対運動の一環として、4000m滑走路建設予定地にこのピース・パゴダを建立したことがあり、その後、このパゴダの移転に際して、運輸大臣、千葉県知事、新東京国際空港公団との間で「空港の軍事利用を行わない」旨を約した「取極書」を交したり、近年では、福島原発事故による原発問題をはじめ、憲法9条護持の立場での集団的自衛権や秘密保護法問題などにも積極的に取り組んでいます。

 そのため、一部には、左翼団体視する向きもあるようですが、同宗教団体が、このスリランカでこれまで果たしてきた役割や、地域住民から得ている敬愛ぶりを見る限り、独自の宗教理念に基づく平和の希求の姿勢は、終始一貫しており、少しもぶれていないことがわかります。

 なお、12月26日にはゴールのピース・パゴダで、インド洋大津波10周年の犠牲者追悼式が行われる予定だそうです。

【ひらく会・海外取材班・この項続く】

※関連情報
■津波犠牲者追悼の燈籠流し
日時:2014年12月20日(土) 16時半過ぎスタート
スタート場所 : マーガッレのマータラ・ロードからピース・パゴダに入る地点。セメント工場の向かい(ゴールからウナワトゥナ方面に1.5キロほど)
*ここから1.5キロほど海岸線沿いのマータラ・ロードをゴール方面に歩きます。
ゴール場所 : ヒロシャン日本語学校
          マータラ・ロード沿い。マーガッレの海軍キャンプの向かい
*ここの庭で、17時頃から追悼式を行い、川まで歩き燈籠流しをします。
追悼式から参加される場合は17時頃おいでください。
*できましたら、白い服(柄があっても可。上衣だけでも可)をお召しになってください。
スリランカでは白が仏教行事での正装となります。

**********NHK2014年12月21日6時58分
インド洋大津波10年でシナモン奉納儀式
 22万人以上の死者・行方不明者を出したインド洋大津波から今月26日で10年になるのを前に、20日、スリランカの被災地で津波の被害から復興した農家が特産のシナモンを神にささげる大規模な儀式を行いました。
 儀式が行われたのは、10年前のインド洋大津波で大きな被害が出たスリランカ南部のヒッカドゥワです。
 ヒッカドゥワは、欧米や日本にも輸出されるスリランカ特産の香辛料、「セイロンシナモン」の産地ですが、津波で大半の畑が水につかる被害を受け、復興を進めてきました。
 20日は農家の人たちなどおよそ2000人が、神にささげるシナモンを運ぶ象と共に、栽培が元どおりに復興したことをアピールしながら行進して寺院に向かいました。
 シナモンをささげた人たちは、手を合わせて今後の安全とシナモン栽培の成功を祈っていました。
 この地区の農家の多くは家族や親戚を亡くしたうえ、津波のあと、新たに植えたシナモンの木が収穫できるようになるまでの数年間は収入が激減して苦しい生活が続きましたが、住民どうしの助け合いや政府などからの支援で乗り越えてきました。
 このうち、津波で亡くなった夫のあとを継いでシナモンを栽培してきた女性は、「夫のことは忘れることができませんが、これからもシナモンの栽培を続けていきたいです」と話し、気持ちを新たにしていました。
**********

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