2018/5/18  23:51

祝23周年・・タゴ事件の発覚から今日まで、そして明日から  土地開発公社51億円横領事件

■23年前の平成7年(1995年)のきょう5月18日、安中市都市計画課が兼務する安中市土地開発公社内で、巨額詐欺横領事件の端緒となる、群馬銀行からの帳簿外の借入金の存在が発覚しました。
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タゴが延べ51億円を引き出していた群馬銀行安中支店。ここの支店長だった御仁は事件後群銀を退社して、安中市原市にある群馬県信用組合(けんしん)の理事長に就任中。


 当初はよもや、横領総額が51億円以上になるとは、タゴとその近しい骨董商の友人しか思っておらず、「1億円くらい穴を開けてしまったので、自分の財産を売って埋め合わせする」などという詐欺師のタゴの言葉を真に受けていた安中市の幹部らも、その後の群銀との帳簿の突き合わせなどをしたりするうちに、10億円、20億円というふうに、あれよあれよと膨らむ横領金額に恐れおののいたのでした。

■彼らが震える声で、まず最初にやったことといえば、市役所の職員らに緘口令をひき、事件の情報をごく限られた一部の職員の間で占有し、必死で、情報のリークを防ごうとすることでした。そして、警察に被害届を出す前に、いかにして、この大事件を矮小化できるかに腐心し、地元から遠く離れた東京の弁護士をわざわざ呼んで、作戦を練ったのでした。

 23年前のきょう5月18日から、タゴが懲戒免職となる5月31日までの2週間、安中市役所内では、証拠隠滅の目的で、必死で書類のチェックを行い、都合の悪い書類を仕分けてやばいものは全て処分したのでした。また、タゴにたかって、いろいろしてもらっていた職員や政治家らは、必死でタゴを説得し、この事件の責任をすべて取ってもらう代わりに、ただひとり、みんなの罪を背負って塀の向こうに行ってもらうタゴへの恩義として、タゴ一族への協力を約したのでした。

■そして、歳月は移ろい、23年という月日が経過した今日になっても、その言葉どおり、タゴおよびタゴ一族への恩義はきちんと守られているのです。既にタゴは1996年(平成8年)4月8日に14年の実刑判決(未決勾留200日付き)を受けてから、2009年9月21日(推測)に、晴れて刑期を全うして千葉刑務所を出所し、現在は高崎市西部で暮らしています。そのタゴに対して、恩義を感じている人たちが、安中市には、あまりにもたくさんいらっしゃいます。

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タゴの親族の生活の源泉となっている運送会社「多胡運輸」は、2008年8月3日、所有する出光興産アポロマークのタンクローリーがガソリンや灯油を満載したまま首都高5号線熊野町ジャンクションで横転炎上事故を起こし、首都高に45億円の損害を与え、その後損害賠償請求の民事訴訟を係争中に、看板を「美正」に架け替え、現在も営業中。多胡運輸は、事実上解散したが、2016年7月14日、多胡運輸(群馬県高崎市)と運転者に32億8900万円の支払いが命じられ、前代未聞の事故は幕引きされた。写真は最近の「美正」=旧・多胡運輸。

 仰げば尊し、タゴの恩・・・。タゴのおかげで、立派な家を建てることができた人、妾を持てた人、骨董品をコレクションに加えられた人、土地ころがしの情報を教えてもらった人、公有地をただでわけてもらった人、こうした人たちが相当数いらっしゃったとしても、安中市の人口からすれば僅かなものです。タゴのおかげを受けた市職員らの多くは、23年前のあの世にも恐ろしい事件発覚に怯えたことは既に完全に忘却のかなた。23年が経過して、すでに事件関係者はほとんど次々に満額の退職金をもらって市役所を円満退職できたうえに、市の関連施設での再雇用の恩恵にもあずかるなど、結果的には順風満帆の人生となりました。最後に残ったのは、現在公立碓氷病院の事務部長くらいです。

■しかし、タゴの残した負の遺産である群馬銀行との巨額和解金は、土地開発公社の歴代の役員や職員はもとより、タゴから恩恵を受けた方々は誰一人として責任をとらず、タゴを通じて獲得した利得を返還しようともせず、全て、巨額の和解金は、結局、直接、間接、安中市民の懐を痛めることにより、捻出されてきました。

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安中市土地開発公社でタゴの上司だった次長の高橋弘安は、タゴ事件発覚後間もなく清掃組合に出向し定年を迎え、その後、この安中市商工会の事務局長に就いて最近まで在籍していた。

 2008年12月25日で、最初の10年間の和解金支払が終わり、民法により、10年の時効到来により、安中市は債務保証人として、安中市土地開発公社が群馬銀行に対してその後10年間和解金を毎年2000万円支払い続けることを約束しました。この一連の過程で、市議会の議決は得ておらず、市民への説明も、全部群銀との手続きが完了したあとの事後報告でした。

 それから10年目となる今年2018年12月25日は、2回目の10年間の和解金支払いが終わる日となります。しかし、安中市はまだ市民に対してタゴの残した巨額の負の遺産の取扱についてなにも方針を示そうとしません。

 それどころか、平成28年2月12日(金)〜平成28年3月4日(金)に安中市が募集したパブリックコメントでタゴ51億円事件の負の遺産早期処理の意見に対して、安中市は「安中市元職員による土地開発公社事件の債務につきましては、安中市土地開発公社と群馬銀行との間で締結された和解条項に基づくものであり、市民が債務を追うものではありません」と回答しています。相変わらず、公社事件の風化を目指そうとしている意向が見て取れます。

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元職員タゴが勤務していた都市計画課兼土地開発公社が2階にあった西庁舎の現在の様子。現在は水利組合の事務所になっている。2階の東側に面した窓から、23年前の5月下旬、真夜中に市職員らが徹夜で都合の悪い夥しい書類の束を、下に置いてあった軽トラックの荷台めがけて投げおろし、安中市のごみ焼却施設に運搬したことは、当時、周辺住民の目撃談もあり、未だに生々しい現場だ。

■一方、タゴと一緒に公社の経営に携わった岡田義弘・前市長は、事件発覚後11年目で、首尾よく首長の椅子を射止めました。群銀への和解金支払継続手続きは、就任後からさっそく熱心に進めてきたのに、おなじく市長に当選後、まもなく就任した安中市土地開発公社の理事長としては、いちどもタゴに支払の督促をしませんでした。2009年5月31日で10年間を迎えるタゴに対する損害賠償請求権の期限切れを目前にしても、債権保全のための再提訴をする気配はまったくありませんでした。

 たまたま、2010年4月に、前年9月に千葉刑務所を公式に出所したタゴの配偶者から、元安中市土地開発公社理事監事としてタゴと親しかった安中市長(当時)の岡田義弘・同公社理事長(当時)に対して、「夫所有と思われる」絵画6点を損害賠償の債務履行の一部にしたいとして、提供され、岡田理事長本人が同年5月に受け入れていたことが、安中市の同年6月21日の市議会全員協議会で報告されました。

 この絵画等6点は、事件が初めて公表された1995年6月3日の直後の同6月6日にタゴ逮捕直前に、タゴが当時甘楽信用金庫(現・しののめ信用金庫)安中支店に勤務していた親友の石原保(現在富岡市内在住)に警察の捜査が入る前にこっそりと保管を依頼していたものです。

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タゴの親友の石原保が1995年5月末まで勤務していた甘楽信金(現・しののめ信用金庫)安中支店。いまでも同じく市役所のすぐ前にある。その後、建物は改築されたが、事件当時、石原は歩いて1分余りのタゴの家にしょっちゅう入り浸って、石原が足利市の一品堂から預かった骨董品をタゴに見せて二人で品定めをして、900点余りの絵画や骨とう品を買い漁っていた。

 このため、この絵画等6点の物品による支払いの時点で一部債務を履行したかたちになり、10年の民事時効がリセットされましたが、その後、タゴからの債務履行は再び途絶えてしまい、一方、タゴに恩義のある岡田義弘市長による債権行使も全く為されず、時間のみが経過していきました。

 そしてまた10年近くが経過し、市長も2014年4月に変わったこともあり、2017年1月にはじめてタゴに直接損害賠償金を支払わせるようになりました。岡田前市長の時には考えられなかった出来事です。しかし残念なことにタゴがこれまで安中市に損害賠償金の支払いを行ったのは2度だけで、それも3万円と5万円でした。

■23年前の5月31日に51億円余りを横領した罪を一手に背負い、懲戒免職を言い渡されて市役所を去ったタゴと、かつて公社の理事・監事として同じ釜の飯を食った岡田前市長にとっては、とうてい、タゴひとりだけに横領金を返せ!などという無慈悲(?)なことはできなかったと見られます。

 だから、自分としては再び市長となって、群銀との和解金交渉も今後また10年間継続を約し、タゴへの損害賠償金の請求も穏便にして、タゴ51億円事件の風化の仕上げをするつもりだったのかもしれません。

 ところが先月4月15日に行われた安中市長選の投開票で、再起を目指した岡田義弘氏ですが、大差で敗北してしまいました。3回目の10年間の和解金を支払うのかどうか、群銀との交渉の立役者にはなれませんでしたが、巨額横領事件の責任を一手に引き受けてもらったタゴに対する恩義は終生続くことでしょう。

■なぜなら、タゴ一族に対して、岡田市長もそれなりの恩義と貸しがあるからです。公社の監事を務めたころ、決算書から前年の繰越金500万円が忽然と消えても、平然とハンコをついた岡田市長ですから、そのことをタゴは恩義と感じているのか、それとも貸しと思っているのかは本人に聞かないと分かりませんが、少なくとも、岡田前市長がタゴとの関係を語ることは、タゴの出所後はともかく、これまではまったくありませんでした。

 話はかわり、いまからほぼ10年前の2008年8月3日に、首都高5号線で、タゴの親族が経営する運送会社の保有するアポロマークをつけた大型タンクローリーが横転事故を起こし、首都高を2ヶ月あまり止める事故が起きました。それまで、タゴの親族が経営する運送会社のことは、世間では誰も知りませんでしたが、この事故により、この会社が、14年間で50台以上の車両を保有する規模に成長していたことが世間に知られることになりました。

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タゴ一族運送会社の成長に大きく関与したといわれる大物政治家と関係の深い元請運送会社本社(2009年当時)。

■さらに、首都高が、2008年10月に、事故を起こしたタンクローリーを運行していた、この群馬のローカルな運送会社に対して総額45億円もの損害賠償を検討していると発表したとき、人々は、このちっぽけな運送会社が巨額の賠償金であっけなく散ってしまうに違いないと思いました。

 タゴ一族のよりどころでありシンボルともいえるこの運送会社は、あれだけの大事故のあとも、何事もなかったかのように、その後も平然と業務を続けていました。アポロマークを付けたタンクローリー6台も、LPガスを効率よく運搬する出光系の赤尾商事扱いのバルク車も、同じく赤尾のLPガスシリンダを運ぶトラックも、みな元気よく走り回っていました。

 ところが、東京地裁で繰り広げられていた裁判が次第に、首都高側の勝訴に向けて動き始めたころと符合するように、突然、多胡運輸の看板が「株式会社美正」という社名に掛け代えられたのでした。これは、首都高との裁判で敗訴した場合を想定して、会社をまるごと「美正」に譲渡させることにより、多胡運輸の実質的な存続を図るのが目的であったことが、その後の経過で明らかになりました。

 当会への情報提供でも、「(株)美正」はタゴ一族の生活保障の為の会社であることが判明しています。

 であれば、タゴおよびその連帯責任者である親族から、莫大な横領金を取り戻すための算段をすべきですが、岡田市長を破って2期目の当選を果たした茂木英子市長に、その決意はあるのかどか、今のところ全く未知数です。

 いずれにしても、今年12月25日の20回目の和解金2000万円の支払いと同時に、21回目から30回目の和解金しはらいをどうするのか、群馬銀行との間で決着をつけなければなりませんから、すでに今から群銀との交渉を開始しなければなりません。

 おそらく間違いなく、すでに茂木市長は群馬銀行とコンタクトしているに違いないと思われます。であれば、早期に市民にもそのことを伝えて、これ以上、安中市の負の遺産をなんの罪もない市民に引き継がせるのは止めるべきです。

■タゴと配偶者らは、現在、高崎市西部に住んでいると見られます。昨年1月と12月に3万円と5万円を賠償金として支払ってもらった安中市ではもちろんタゴの住所を知っている筈ですが、茂木市長の下でも、安中市税務課のタゴに対する損害賠償金の徴収にはそれほど熱心とは思えません。

 こうして安中市役所の執行部は、群馬銀行との和解金即時停止のための交渉はもとより、タゴをはじめタゴ一族に対する債権行使については、これまで代わり映えせずに、ほとんと無頓着なのはいったいどうしてでしょうか。

 タゴやタゴ一族から、取れるものは徹底的に取り、同時に、岡田前市長はじめ、市役所関係者OBらから、タゴから得たさまざまな利得を安中市に自主的に還元させるよう(もっともご本人たちにその気持ちは皆無でしょうが)に少しでも尽力することが、群銀への和解金支払いよりもずっと重要なのではないでしょうか。

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安中市原市の国道18号線に面した群馬県信用組合(けんしん)の本店営業部。冒頭に記した通りけんしんの理事長は元群銀安中支店長。そしてけんしんは安中市土地開発公社のメインバンクだというから呆れてしまう。

■元職員タゴとその配偶者は現在隣の高崎市西部に住んでいますが、もともと彼らは安中市役所の目の前に住んでいました。今でも、当時と同じように、土地と建物が存在しています。タゴはかつてそこから毎日市役所に片道30秒で通勤していました。

 もともとこの土地は配偶者の家族の所有ですが、その一角にタゴが自宅の母屋と骨とう品をおける地下室付きの別宅を隣接して建てていました。最近、市役所の駐車場から見ると、タゴの母屋の2階の窓に、不動産屋の看板がかかっているのが目撃されています。

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安中市役所の真ん前にあるタゴの自宅母屋。
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なにやら2階の窓に張り紙が見える。
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張り紙をよく見ると「売物件」とある。(有)カオス不動産はネットで調べると「〒370-0074 群馬県高崎市下小鳥町268−8」に住所がある。この近くには多胡運輸のアポロマークのタンクローリーに下請させていた北部トランスポート(株)の社長宅がある。
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タゴの自宅母屋前にある別宅。この地下室に横領金で購入した骨董品の一部が隠してあった。
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タゴの自宅のある敷地の入り口。

 本来、この土地と建物は、タゴ一族から安中市に損害賠償のカタとして換価して提供されなければならないはずです。タゴやタゴの配偶者も、かつて前橋地裁で、裁判長に向かって、「全財産でもって償いをします」などと誓っていましたが、今やどこ吹く風のようです。

 ここを購入するのはどのような人物かわかりませんが、購入代金のうち販売手数料を差し引いた金額が最終的に安中市にわたり、まだ23億円残っている損害賠償金にどれくらい充当されるのか、あるいはされないのか、安中市民として注目してまいりたいと思います。

■タゴ事件発覚後、23周年の節目を迎えるきょうのこの日について、この事件を追及し続けてきた当会はもとより、(株)美正に生活を託しているタゴ及びその一族をはじめ、タゴの世話になった市役所の職員やOB、業者、そして政治家のみなさんも含めて、タゴ事件にさまざまな観点から係わったたくさんの人たちにとって、感慨深い一日であったことでしょう。

 あらためて、きょう、5月18日という日の意義をゆっくりと噛みしめたいと思います。

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タゴが平日市役所を抜け出してバーテンをやっていた元喫茶店珈琲ぶれいくは、現在は中華料理店となっている。

【ひらく会情報部】

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