2019/4/7  22:15

北野殿恒例の春の道普請と花見会  国内外からのトピックス


■4月7日(日)は朝8時から北野殿の住民らが6グループに分かれて、地元の生活道路である市道脇や公用地の草刈りや掃除をする恒例の「道普請」が行われました。昨年までは村の南西部の問仁田にくだる山道を担当しましたが、今年から自宅に近い・北野殿公会堂の跡地とその北側にある防火水槽の周りの草刈りやコサ切りの担当となりました。
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 この旧・北野殿公会堂は、筆者が2006年4月、安中市と松井田町の合併後の新・安中市長選挙に出馬した際、選挙事務所として最後に使用した後、まもなく当時の区長が解体方針のもと完全に撤去しました。所有者の蓮華寺(安中市中宿)の住職は、そのまま保存してもらいってかまわない、と言っていましたが、老朽化して危険だという理由で、費用をかけて解体してしまったものです。この旧・北野殿公会堂は戦前、かつて碓氷郡役所だった建物を、筆者の祖父の世代が払い下げてもらって、当地に移築したもので、骨組みは大変しっかりしていました。

 戦後は、外地から帰還した家のない家族に貸し出したりしたこともあり、また、長年にわたり、村の集会場として愛用されました。しかし、解体撤去後は雑草が生い茂り、その後背丈の高い笹が繁茂しており、道路交通上も支障があります。そこで、道普請で草刈りをすることにしたものです。

 またすぐ北隣にある防火水槽は、これまで消防団がたまに草刈りをすることがありましたが、本来、防火水槽の管理は地元が行う事になっているそうで、4月に就任した新区長が、それでは地元の道普請で草刈りを実施しようということになり、マンパワーが足りないため、急遽、昨年まで遠方の割り当て場所で作業をしていた筆者らに指示があったものです。

 筆者としては、公会堂跡地はもともと蓮華寺の所有であり、私有地であることと、そもそも公会堂の解体は蓮華寺の本意ではなかったため、草刈をやる必要性に疑問を感じておりましたが、交通安全の観点からやむをえないと考えました。

 6名ほどの人数で1時間ほど作業を行いました。防火用水の西隣には、昔から妙光院とよばれるお堂が建っていますが、最近は隣にある梅の木とピンチャ(椿)の木の枝が屋根にかかり、瓦が一部落下するなど荒廃しかかっています。

 お堂の横には石造りの厨子があり、年配者にきくと「お菊の墓」だそうです。「お菊の墓」については、この記事の末尾を参照いただきたいと思いますが、甘楽町の宝積寺にあるお菊の墓の分祀として、当地でも供養のための石像が建立され、先祖代々厄除けの守護として、奉ってきたものです。石像は頑丈な石の厨子で覆われており、歴代の人々が如何に災禍を恐れて、「お菊」を大事に守ってきたかが感じられます。

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 そこで、お堂と厨子の周りをなるべく整理しようとしましたが、限られた人数と時間ではままならず、残りの作業は秋の道普請に回すことにしました。

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 1時間ほどの作業でしたが、幸いケガもなく無事に作業を終えました。

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 その後、道普請参加者の皆さんは、10時半から、現在の北野殿公会堂の広場に集って、花見会が開催されました。朝のうちは天気が良かったのですが、次第に雲が出てきて、ポツリと雨粒が降ったかと思いきや、今度は薄日がさしてくるなど、安定しない天候でしたがほぼ満開の桜をめでることができました。

 花見会のあいだ中、上空をヘリが頻繁に飛んでいました。このヘリの飛行音は前日から続いており、参加者の間からは、長野県の山林火災の消火のために、相馬が原の陸上自衛隊のヘリが近くの湖から水を運ぶために現地との間をピストン輸送しているという解説がありました。

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【ひらく会情報部】

※参考情報1「宝積寺 お菊の墓」
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https://www.japanmystery.com/gunma/housyakuji.html
【ほうしゃくじ おきくのはか】
 宝積寺は、国峰城を拠点とした豪族・小幡氏の菩提寺である。本堂の裏手の高台に、小幡氏累代の墓がある。その傍らに「菊女とその母の墓」が今なおある。
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 菊女は、小幡信貞の腰元として寵愛されていた。しかしそれに嫉妬した正室が、信貞不在の折に、膳飯の中に針を入れるという無実の罪を着せて、樽に蛇や百足と共に押し込めて、菊が池に沈め殺してしてしまったのである(あるいは信貞本人が処刑を命じたとも)。伝承では、この菊女の助命嘆願をしたのが宝積寺の住職であり、小柏源介という者が菊女を救い出したが、既に事切れていたとされる。これが天正14年(1586年)のことと伝わっており、それから4年後に豊臣秀吉の小田原攻めがおこなわれ、小幡氏は北条氏滅亡と共に歴史の表舞台から消えてしまう。
 小幡氏の滅亡後も、菊女の祟りと言われるものがあったとされ、宝積寺では度々追善供養をおこなっていた。さらに明和5年(1768年)に菊が池に大権現として祀られ、平成5年(1993年)には菊女観音像が建立されている。
 実は、この菊女の伝説が『番町皿屋敷』の原型の1つであるという説がある。上野の小領主として滅亡した小幡氏であるが、その後は信貞の養子(実子はいなかった)が幕府旗本をはじめ、松代の真田家、紀伊の徳川家、加賀の前田家、姫路の松平家にそれぞれ仕官しており、その子孫から各地の「皿屋敷」伝説が形成されていったと考える説である。(永久保貴一氏による)
 「皿屋敷」伝説とは直接関係ないが、小幡氏には菊女の祟りがつきまとい、さらにその祟りが移動によって伝播しているとも取れる怪談話が残されている。
 真田藩が沼田から松代へ移封される時、家臣の小幡上総介信真もつき従ったのだが、松代へ着くと駕籠代を多く取られた。不審に思って尋ねると、二十歳ばかりのやつれた女性が乗っていた駕籠があったという(あるいは、誰が乗っているのか判らない女駕籠があったが、松代に着いて中を改めると誰も乗っていなかったというパターンも)。それを聞くなり小幡は、松代までお菊の亡霊が付いてきたに違いないと思ったそうである。
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※参考情報2「長野の山火事」
**********FNN PRIME 2019年4月5日 金曜 午後5:09
長野で山火事 延焼中 住宅火災から燃え移り
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 5日は風も強かったが、その風にあおられた火災が起きている。
 長野・佐久穂町で、住宅火災の火が近くの山林に燃え移り、山火事が発生。
 上空から撮影した、5日午後4時ごろの映像では、かなり激しく煙が立ち込めている様子が確認できる。
 消防ヘリ2機が消火にあたっているが、午後4時50分現在、鎮火には至っていない。
 消防や県によると、5日午後2時すぎ、佐久穂町の筆岩集落で、住宅火災が発生したと通報があった。
 火は、その後、近くの山林にも燃え移った。
 現在、県と山梨県の消防防災ヘリが出動し、上空から消火活動が行われている。
 消防によると、けが人はいないという。
(長野放送)

**********NHK News Web 2019年04月05日 21時06分
住宅から出た火から山火事 長野
 5日午後、長野県佐久穂町の山あいの住宅から出た火が近くの山林に燃え移りました。
これまでのところけが人はいないということですが、火は消し止められておらず、現場では夜も消火活動が続けられています。
 5日午後2時すぎ、長野県佐久穂町穂積で近くに住む女性から「住宅から火が出ている」と消防に通報がありました。
 火が出たのは木造平屋建ての住宅で、火は風にあおられて住宅の北側の山林に燃え移りました。
 現場では午後5時すぎの時点でも火元の住宅や近くの山林から煙が立ちこめていて、長野県や山梨県の防災ヘリコプターが上空から消火活動をしている様子が確認できました。
 警察によりますと、これまでのところけが人はいないということです。
 現場近くに住む男性は、「テレビなどで山火事は見たことがありましたが、実際に目の前にすると、本当に怖いです」と話していました。
 消防によりますと、いまのところ鎮火の見通しは立っていないということで、現場では夜も消火活動が続けられています。

**********信毎Web 2019年4月6日
佐久穂 山林火災 66ヘクタール焼く 陸自ヘリ5機が消火活動
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山林火災の消火活動に当たる自衛隊のヘリ(奥)。手前は5日に全焼した住宅=6日午前9時47分、佐久穂町
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 南佐久郡佐久穂町で5日発生した山林火災は6日も燃え続け、同日は早朝から陸上自衛隊のヘリ5機が消火活動に当たった。町によると、延焼したとみられる面積は6日正午現在で66ヘクタール程度。佐久広域連合消防本部は鎮火の見通しは立っていないとしている。
 火災現場は茂来山(もらいさん)西側の麓。町によると、集落から離れており、けが人はいない。町消防団は100人態勢で警戒に当たっている。同本部は「規模が大きい上、日光で照らされた山林内は火が見えにくいため、消火が難航している」としている。
 山林火災は同町穂積の無職小林久太郎さん(92)方で5日に起きた住宅火災から延焼。町有林や私有林がある北東方向へ拡大した。尾根や沢筋を通って燃え広がったとみられるという。
 近くの住民(72)は「火がこちらに延びてくるのではないかと思い、あまり眠れなかった。昔はよく山菜採りに行った思い出がある山なので悲しい」。地元筆岩区役員の男性は「深夜に空を見たら、尾根が炎で赤く光っていた。多くの人が活動しているので不安はないが、早く鎮火してほしい」と願った。
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【4月8日追記】
**********信毎Web 2019年4月8日
佐久穂と喬木の山林火災も鎮火
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焼けた山肌を確認する消防団員ら=7日午前、佐久穂町
 南佐久郡佐久穂町穂積で5日発生した山林火災は7日夕、鎮火した。町は概算約66ヘクタールとしていた焼失面積を約32ヘクタールに修正。下伊那郡喬木村氏乗で6日起きた山火事も7日朝、約3・6ヘクタールを焼いて鎮火した。同日は長野、松本などで下草火災が相次ぎ、佐久市では男性1人がやけどした。
 佐久穂町の山林火災は5日午後2時ごろ起きた近くの住宅火災から延焼。町有林や私有林に燃え広がり、自衛隊ヘリが計105回、約525トンを散水した。7日は自衛隊ヘリが火や煙が出ていないのを確認。消防団員らが地上で残り火がないか調べ、午後4時46分の鎮火を町が発表した。
 喬木村の山火事は飯田広域消防本部などが地上から、岐阜県防災ヘリと自衛隊ヘリが上空から計65回、350トン余を散水し、同本部が7日午前9時半に鎮火したと発表した。飯田署は6日午前に山林近くの観光農園で住民らが木の枝を燃やしていた火が燃え移ったとみている。
 7日は長野市入山で畑ののり面など約4500平方メートルを焼く野火が発生。畑の男性所有者が枯れ草を焼いていて燃え広がったらしい。松本市入山辺の休耕田でも男性所有者(59)の野焼きの火が山林に広がり、約4200平方メートルが燃えた。伊那市高遠町の休耕田でも下草約1240平方メートルを焼いた。佐久市横和では空き地の下草約260平方メートルを焼き、消火しようとした男性(65)が顔に軽いやけど。佐久署は男性が家の焼却炉で落ち葉を燃やしていて燃え広がったとみている。
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