2009/9/20  23:03

タゴ出所まであと1日!・・・多胡運輸の命運を握るバリアー企業の実力のほど  土地開発公社51億円横領事件

■平成7年(1995年)6月発行の広報あんなか臨時号が「安中市土地開発公社の元職員が、在職中の平成2年4月16日に文書を偽造して、『市長の特命』と称して金融機関を騙し、前理事長(前市長)の名義で偽りの『安中市土地開発公社特別会計口座』を開設し、また、平成3年5月に現理事長(現市長)名義に変更(その間、現市長に対して『市長の特命』について、金融機関からは、何ら確認がなかった。)し、資金借入れの再に借用証書(記入消費賃貸借契約証書)を偽造して、上乗せした金額を全く架空の特別会計口座に入金し、公社理事長印を登用し、現金で引出し、金融機関から金銭をだまし取ったというものです」と事件を報じてからはやくも14年が経過した、安中市土地開発公社の巨額詐欺横領事件で、単独犯として起訴され、平成8年4月8日に懲役14年(未決勾留200日含む)の実刑判決を受けていた元職員多胡邦夫(当時43歳、現在57歳)は、当会の試算では、あす、平成21年9月21日(月)に刑期を満了して、正式出所となるはずです。


■警察の懸命?の捜査の結果、浮き彫りとなったのに、そのまま捜査上、手付かずに残されてしまった14億円とも21億円とも言われる巨額の使途不明金の在り処について、市民の間ではいろいろと取りざたされてきましたが、その後、元職員のタゴと親しく付き合った者らが設立した3つの会社の監査人を行っていた税理士が在り処を知っているとの告発情報が、当会にもたらされ、高崎税務署に通報したことは、既に当会のブログで報告済みです。

 多胡ファミリーと呼ばれた3つの企業のうち、唯一、倒産や解散をせず、存続してきた多胡運輸には、タゴの実母が役員として就任し、タゴの実弟が経営者となっていました。県警の捜査では、タゴは配偶者や実母に横領金の一部を渡していたことが判明しています。

 しかし、安中市土地開発公社巨額詐欺横領事件が時間の経過とともに風化し、当会が提起した事件の真相を追及するための住民訴訟も、ことごとく司法の壁に遮られ、多胡運輸のことも、いつしか一般市民の脳裏から忘れられていきました。

■そうした中、突如、平成20年8月3日の日曜日の早朝、首都高5号線(下り)熊野町JC付近で発生したタンクローリーの横転炎上事故で、所有者が多胡運輸であることが一部の報道で明らかになりました。http://www.youtube.com/watch?v=iuVdWeIX5Wk&feature=channel

 事件直後には、当会のブログに、1日5千件を超えるアクセスがあり、首都高炎上事故と「多胡運輸」そして「安中市土地開発公社51億円横領事件」について、再び世間の目が集まるようになりました。

 この事故にまつわるネット情報で、多胡運輸が運んでいた出光興産の石油は、直接、出光から運送委託されたものでなく、元請の運送会社として、ホクブトランスポートという、同じく群馬県高崎市にある運送会社が仲介していたことが判明しました。

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高崎市大橋町のホクブ本社。

■この会社について、調査しようとしたところ、多胡運輸所有のタンクローリーの炎上事故発生後3日目の8月6日に、突然、ホームページが閉鎖されました。ネットに社名が掲載され、瞬く間に名前が広がった途端に閉鎖されたため、さらにこの会社と多胡運輸の関係に疑惑と注目が集まりました。

 当会も、さっそく、情報網を駆使して、情報収集を行ったところ、いろいろなことがわかりました。それは、地元の高名な政治家との尋常でない強い結びつきを示唆するさまざまな情報でした。

■ネット上に残っていた同社の役員は、当時、次の構成になっていました。(敬称略)
代表取締役会長  梅山立夫
代表取締役副会長 友野 亘
代表取締役社長  梅山立之
常務取締役    大森定七
常務取締役   塩野入純也
常務取締役    山本 哲
常務取締役    正木一光
取締役      後藤清久
取締役      阿部義行

■ホクブトランスポートは、3年ほど前まで使っていた北部運送という社名を改称したものです。かつては、高崎北部運送という名前でした。名前の由来はその発祥地にあるようです。同社の発祥地は、信越線北高崎駅の近くで、現在、同社の本社となっている高崎市大橋町でした。昭和30年代には、大勲位の実家の古久松という材木商の扱う木材の輸送を担当していたことで知られています。

 会長は、昭和50年代に中曽根事務所の運転手をしていたことが、警察の関係筋から情報が得られました。大勲位を後部座席に載せて、パトカーに先導され、会長の運転する車は、富岡から高崎まで僅か10分で走り、予定していた列車の出発に間に合ったというエピソードは、県警関係者の間では、有名な話です。会長は、ここ1、2年前まで、脳梗塞を患っていたとされていますが、その後、死去したようです。

 弦楽器が趣味の会長は、いわゆる遊び人としても知られていました。必然的に、高崎の有名な歓楽街である柳川町でも名を知られるようになりました。

 その過程で、知り合ったのが、副会長です。副会長は、柳川町でキャバレーをやっていたという話ですが、会長と意気投合したあとは、北部運送の経営に参画するようになりました。彼は、輸送業界でも経営面で辣腕をふるい、実質的に同社の実権を握る存在にのし上がりました。

■北部運送は、経営的にも何度かピンチを切り抜けた時期がありますが、一度は倒産の憂き目にあったことがあります。倒産前は、三菱の扶桑トラックを使用していたのですが、同社を救済したのは、別の系統のトラック販社でした。現在、同社が使用しているのは、もっぱら日産ディーゼル製と日野製のトラックですが、それはこうした経緯があると言われています。首都高で横転炎上したトラックは、日産ディーゼル社製の可能性があります。

 また、会長夫人は、かつて、あやめ会という婦人会の政治団体のトップに君臨していたことで知られています。あやめ会とは、大勲位の婦人部隊で集票マシンとして有名な政治団体であることは言うまでもありません。このように、同社と中曽根事務所とは、知る人ぞ知る関係なのです。

■ホクブトランスポートの発祥地の高崎市北部には、地元で「大川」と呼ばれていた長野堰という川というか大きな水路があります。これは箕郷、榛名、高崎北部の農業用灌漑用水が水源となって、流れています。現在、多胡運輸のある箕郷、そして、北部運送の会長宅のある高崎北部を流れているのも、何だか因縁がありそうです。

 このあたりには、かつて戦前戦中は軍需工場だった小島機械や水島鉄工所が、昭和30年代まで操業していました。染物工場などもあり、活況を呈していましたが、繊維業の衰退や高度成長期の終焉とともに、次第にこうした工場は移転や廃業で消えて行きました。そのかわりにこの地帯には住宅が増え始め、工場跡には高層の市営住宅や高層マンションが立ち並ぶようになりました。この傾向は、バブル期に加速されました。

■北部運送も、周囲が住宅地となったため、現在では、本社と、隣接の梅山家の自宅が美術館として残っているだけで、事業所は郊外に移っているようです。同社は、もともと、各地の小規模な運送会社を組織して、出光の石油製品の配送の元締めとして営業しているようです。ちなみに同社の資本金は6千万円、同社本体の従業員数は僅かだと思われますが、グループ総員数は1100人超えで、車両台数もグループ総台数が1000台超えという大規模な運輸企業といえます。出光にとって、石油製品の配送のためには無くてはならない存在であることは間違いありません。

 だから、同社と出光興産の関係について、非常に緊密だと想像できます。その証左として、両社ともに、揃って記者会見さえ開かず、この首都高史上最大の物損事故について、沈黙を続けているからです。両社ともISOやコンプライアンス遵守を標榜していますが、それに違反してまでも、ニュースリリースや記者会見をしようとしません。

■さて、興味深いことに、同社の本社と会長の旧宅で私設美術館のある大橋町から、信越線に沿って東方向に行くと、大橋町、昭和町の次に末広町があります。その東の高砂町と背中合わせで、あの平成の大勲位「中曽根康弘元内閣総理大臣」の事務所があります。その敷地には大勲位が建てた「青雲塾」という会館もあります。

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中曽根親子の事務所。

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青雲塾会館の入口。

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中曽根康弘資料館のある青雲塾会館と、正面の駐車場。

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青雲塾会館では定期的に講演会を開催している。

 ホクブトランスポートと青雲塾会館との距離は僅か1キロちょっとです。味噌汁のさめない距離にあるからこそ、両社の間にはさまざまな交流があったことをうかがわせます。(蛇足ながら、青雲塾会館からさらに東に500mほどいったところに、多胡運輸の監査人である税理士の自宅があり、ホクブトランスポート本社のある高崎渋川線を北におよそ1キロほど行くと、新幹線高架脇に、その税理士の事務所の入っている3階建てのビルがあります。高崎北部の半径2キロ以内に、位置関係が納まるのは、単なる偶然?)

■ここで、疑問が湧きます。会長が居なければ、同社は大勲位の変わらぬ庇護のもとに存在しうるのかどうか、ということです。でも、心配には及ばないようです。なぜなら、会長は、息子を後継社長にすることを決めてからは、自身の築いた人脈のネットワークに息子を紹介済みだからです。それを端的に象徴するのが、息子の仲人が大勲位の息子だったという情報です。このため、両者の蜜月は、引き続き親密に維持されているに違いありません。

 副会長は、現在、高崎シンフォニーロータリークラブ会員で同クラブ広報委員として、肩書きを見ると「北部運送椛纒\取締役専務」となっています。同社のHPは、昨年8月6日に閉鎖されたままとなっており、会長が既に死去しているという情報から、現在は、会長職は空席で、副会長は、代表権をもつ「専務」として、現社長を支えているようです。

 会長の息子の現社長は、同社の加盟する高崎地区運送事業協同組合の青年研究部会の幹事としても活動しています。

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ホクブ関係者がオーナーのファーストフード店。近くに第一病院があり、ホクブ本社にも道路一本で直通。

■さて、いよいよ明日、くしくも5連休の中日に、元職員は千葉刑務所を正式出所となります。実際には、すでに仮出所しており、5連休は首都圏のマンションの一室でくつろいでいることでしょう。でも、もう、明日からは人目を憚ることはなくなります。

 しかも、51億円事件の尻拭いは、安中市が群馬銀行に今後も立替払いしてくれるので、心配ないからです。群馬県警の捜査員らが、靴をすり減らして捜査しても、どうしても打ち破れなかった14億円余りの使途不明金は、しかし、しっかりとキープされています。配偶者名で所有する不動産も安泰だし、刑事裁判で「終生をかけて償います」と語ったことも忘却の彼方となったいまは、生涯賃金がせいぜい1億円そこそこのご時世に、僅か14年間、ムショに入っていれば、51億円ものカネを好き放題使えた上に、14億円ものボーナスが自分のものになるのです。

 いよいよ、待ちに待ったカウントダウンに、タゴ本人はもとより、それ以上に待ちわびていたり、そわそわ落ち着かないでいるのが、タゴをとりまく、親族、ファミリー企業、そして51億円事件でタゴに世話になり、罪を一人で背負って塀の向こうに行ってもらったタゴに足を向けて寝られなかった方々でしょう。

【ひらく会情報部】
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