2007/10/6  23:07

かんら信金の合併と元支店職員とタゴ事件  土地開発公社51億円横領事件

かんら信用金庫が、平成19年11月26日(月)に多野信用金庫、ぐんま信用金庫と合併して「しののめ信用金庫」になるとの通知が、預金者に配布されました。
それによると新しく生まれかわる「しののめ信用組合」は、かんら信用金庫の企業理念「愛本位主義」というのを普遍的精神として継承するそうです。「人間愛」を発想や行動の原点に捉えて、強く健全な21世紀型の信用金庫を築き上げる決意だとか。
安中市役所の前にある「かんら信用金庫」では安中市土地開発公社事件発覚当時の平成7年5月31日に、石原・元安中支店職員がひっそりと退職しました。解雇理由は当時、当会がかんら信金の総務部に問い合わせましたが、個人情報ということで取り合ってもらえませんでした。しかし、警察の捜査資料から、公社職員の多胡邦夫と、骨董業者の間を取り持ったことから、多胡邦夫との密接な関係が原因と見られます。
多胡邦夫はかんら信金から、自宅のリフォーム資金としてローンを借りていました。しかし、事件が平成7年5月18日に発覚してから、同月31日に懲戒解雇になった当日に全額を返済していました。多胡邦夫は、骨董の買い付けを一手にやらせた石原元支店職員とは竹馬の友の関係だったそうですが、元支店長は、多胡邦夫が残額を返済した同日、勤務していたかんら信金を退職しました。しかし、警察の事情聴取を受けたにもかかわらず、なんのお咎めも無く、現在富岡市内の豪邸に住み続けております。
かんら信金のいう「愛本位主義」とは、多胡邦夫との友情を大事にして、多胡のローン残額を無事に回収した石原元支店職員の、友情という一種の「愛」のことを指していると思わざるを得ません。
新しい名称の「しののめ(東雲)」とは、曙光のさしかかった夜明けの意味ですが、かんら信金はこれを「人々の営みが始まる朝だ」として、夜明けの希望に満ちた光に向かっての先導役を果たす使命を表しているんだとか。それより、のうのうと暮らしている古物商の免許をもった元支店職員をなぜ事件発覚直後に辞めさせたのか、そのところに曙光を当ててもらいたいものです。
またひとつ、公社事件の舞台から、当時の名前の関係法人がなくなることになります。しかし、かんら信金が、しののめ信用組合に名称を変えても、103年ローンを支払わせられる安中市民は、事件の真相に元支店職員が絡んでいることを決して忘れません。

【ひらく会事務局】

※平成20年8月30日14:46訂正:平成7年5月31日に当時のかんら信金安中支店に勤務していた、タゴの友人の古物商の免許を持っていた人物は、当時、安中支店長ではなかったという指摘がありましたので、とりあえず訂正しておきます。
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