2010/7/11  21:05

中曽根派が自民と民主に分かれて八ッ場ダム推進に向け共闘体制を目指す群馬県の政治風土  八ッ場ダム問題

■さて、いよいよ午後8時から、参議院選挙の選挙速報が始まったと思ったら、いきなり中曽根弘文当選というテロップが出てきました。今日、伊勢崎で聞いた話では、中曽根事務所では午後5時半から当選祝いの赤飯の炊き出しの準備を行う予定だとか。

 さて、つい3年前までは、中曽根派の県知事として群馬県に君臨していた小寺弘之を、あろうことか、比例代表で立候補させるという民主党の戦略に、仰天した群馬県民ですが、比例代表の中間くらいに位置しているようなので、ギリギリ当選してしまうかもしれません。こちらは、同じ中曽根派でも、大勲位の子息と異なり、当落が判明するのは一番最後のほうになる模様です。

 もし、小寺弘之が比例代表で当選すれば、前原国交相がかつて公約していた八ッ場ダム工事の中止は完全に骨抜きになることでしょう。


 小寺弘之が、自民党の中曽根派のDNAを今でも厳然と引き継いでいることは、当会の会員が撮影した沼田市にある萬屋建設の前に立てられた2つの看板を撮影したこの写真を見れば一目瞭然です。

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八ッ場ダムの恩恵を受ける萬屋建設(本社・沼田市)の前に並んだ2つの看板が、群馬県の政治風土を象徴的に表している。

 このことを民主党は知らないはずがありません。それにも関わらず小寺弘之を担ぎ出した経緯は、この後の当会会員の分析結果を参考にしてください。では、当会会員の高杉晋吾氏から寄せられた文章を紹介しましょう。

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安中市内に林立する小寺弘之の立看板。「民主党」という文字が、ポスターの隅に書いてあるが虫眼鏡でないと読めないほど小さい。

■八ッ場疑惑の焦点 前原国交大臣、小寺候補、萩原昭郎

<湖面一号橋推進についての疑問>
 前原国交大臣が八ッ場ダム一号橋の推進を表明した。前原の決定については、「ダム中止反対」の萩原昭郎が喜んでいる。
 八ッ場ダム関連工事で建設の是非が議論になっていた湖面1号橋について、前原国土交通相は18日、建設継続を表明した。住民意向調査の結果を尊重する形での決断に、地元住民や県からは歓迎の声が上がった。
 長野原町の高山欣也町長は「住民の声を謙虚に聞いた結果と評価している。今後も生活再建事業を遅滞なく進め、特に代替地の造成は、大臣直々に指示して急いでほしい」と述べた。
 1号橋で移転代替地同士が結ばれる計画の川原湯・川原畑両地区の住民からも安堵の声が上がった。川原湯温泉旅館組合の豊田明美組合長(45)は「両地区は人口が少なく、1号橋は地域を支える命の橋になる。今後も時間をかけず、新生活を早くスタートさせてほしい」と要望。川原畑地区に住む中嶋藤次郎さん(68)は意向調査に、「橋がなければ川原湯の理髪店にも行けない」と記したといい、「大臣に少しは気持ちが通じたのかも」と喜んだ。
 大沢知事は17日夜、東京都内で前原国交相と会談し、建設継続方針を伝えられた。さらに18日午後、改めて電話で前原国交相から連絡を受けた。大沢知事は同日、「地元の要望をふまえた大臣の決定に敬意を表する」とコメントを発表した。
 民主党県連は昨年、橋の建設凍結を進言していた。前原国交相は18日、建設継続表明に先立って、県関係の同党衆院議員を大臣室に集めて方針を説明。中島政希会長代行は「1号橋は造らないほうが望ましいが、大臣が総合的に政治判断したのだから尊重したい」と述べた。一方、出席議員の1人は「建設推進派にダム本体まで造る雰囲気が高まることにならないか」と懸念を口にした。
 前原は「一号橋の推進を決定したからと云って八ッ場ダムの中止の方針は変わらない」と云っているが全く疑問である。幾つかの疑問を述べる。
 八ッ場ダム中止反対者は上述のように一斉に前原の一号橋推進を喜んでいるが、この前原決定と八ッ場ダム中止方針との矛盾を突き、「八ッ場ダム建設を推進しなければ一号橋推進という方針と矛盾する」と云い張っている。
確かに一号橋推進は八ッ場ダム中止と矛盾する。それは民主党群馬県連が云う通りである。
最近の民主党の八ッ場ダム政策の動向については、不審な点が多い。
いくつかあげてみる。

<小寺弘之前群馬県知事を民主党の参議院候補に決めた>
今年に入って1月12日、八ッ場ダム推進の旗振り役だった小寺弘之前自民党推薦の前群馬知事を、民主党の次期参議院候補にした。
 小寺は清水知事の秘書として、八ッ場ダム反対派の高山要吉やその他川原湯温泉の反対派地区委員長ら三人を賛成派に寝返らせ、条件賛成の基礎である生活再建案への賛同に導いた張本人である。
 その経緯は私が三五館の『谷間の虚構-真相・日本の貌と八ッ場ダム』の三章に次のように書いた。
 八ッ場ダム予定地である群馬県長野原町高山欣也町長は八ッ場ダム推進派町長として多くの推進はを代表して動いている。彼の父親、高山要吉(故人、生前は高山旅館主)の『閑雲草庵雑記』(一九九六年三月、関東建設弘済会刊)に清水知事が反対運動に裏から手を出して高山要吉たち反対運動幹部を条件賛成派への転向を推進した。
 おおよそ一九七六(昭和五一)年夏過ぎのころのことだ。
「ダム問題が再燃してから十年過ぎようとしていた。私は反対派に属しながら、先の見えない状況にいら立っていた。反対運動のためと称してあちこちのダム見学に行ったが、どんなに激しい反対をしたところで結局ダムはできてしまっているのだ。『ダム建設計画が撤回されることはない』という証ではないか。ならば住民が討ち死にするような事態は避けたい」
 高山要吉は温泉町の中で、郵便局長をしたり、争いごとを鎮めたり、いわば町の取りまとめ役を自任していた。さまざまな問題の仲介役が川原湯温泉の中での自分の持ち味だと思っていた節がある。
 「郵便局の争議でもお互いの鉾を納める仲裁役が必要だ。私の中に絶対反対を逡巡する思いが芽生えていた」
 そういう彼の気持ちがいつのまにか清水知事に伝わっていた。「風の便り」であるはずがない。誰かそういう気持ちを伝えた人物がいるはずだ。しかし高山はそのことを書いていない。
 「清水県知事は小寺秘書課長(現知事の前の知事、小寺弘之)を通して、『会ってほしい』と言ってきた。私もはじめはそんな奴に会う必要はないと強く断っていた。
 しかし何度も小寺弘之を通して清水知事は『会いたい』と言ってくる。何度か小寺と接触しているうちに、小寺弘之が若いながら、なかなかの人物だということがわかってきた。前橋の待合で清水知事と会った」
 こうして福田赳夫の子分であり、猛烈なダム推進派である清水知事が小寺弘之を通じて反対運動の幹部である高山要吉に手を差し伸べてきた。
 「回を重ねるごとに八ッ場ダムの問題に清水知事が熱心に取り組もうとしていることが私にもわかってきた」
 「知事は何が何でもつくろうというんじゃない。みんなの意見があって、どうしてもダムは駄目だとなれば、おれが先頭に立って国に交渉する。だからまあちっとは話し合いに乗ってくれ」
 清水知事が進めた話はその後の反対運動に、大きな逆転をもたらす「住民の生活再建案」の提示だ。しかし、その後も反対同盟は強硬な姿勢を貫く。特に川原湯温泉の反対同盟委員長黒岩義雄が強硬派で突っ張っていた。しかも彼が全体の連合委員長だ。
 紆余曲折ののちに、高山は反対から賛成への切り札として最後の行動に出る。
「私は」と高山は書いている。
 駄目なら反対同盟を脱退する覚悟で川原畑、林、横壁の三委員長に会って自分の考えを話した。三人はほっとしたように「じつは俺たちも高山さんと同じ考えなんだ」といった。四地区のうち三地区の委員長が反対の考えを変えた。さすがの川原湯温泉の委員長も折れた。県の提起した生活再建案に対して、同盟四委員は対案を出した。
 我々の考えを承認するならば県独自の再建案に協力はできないがあえて反対はしない。県が進めてきた温泉ボーリングも是認はしないがあえて妨害はしない
 この言いまわしは回りくどいが、県の生活再建案を受け入れる、つまり「賛成派になる」という提案を受け入れる、というのである。
 高山要吉は、こうして小寺弘之を通じて清水知事によって反対運動の拠点を切り崩されたのである。
 清水知事は飛び上がって喜んだ。その直後、一九六九(昭和四四)年一一月、県の生活再建案が提示された。つまり、反対運動は高山たちの動きによって条件賛成運動に変わってしまったのである。
 小寺の知事立候補にあたって長野原地区の選対委員長になったのは (八ッ場ダム推進、現在は八ッ場ダム中止反対の急先鋒である) 萩原昭郎である。
 萩原昭郎は、八ッ場ダム対策委員長として、ダム推進の住民側の代表として補償評価の委員長を務めてきた。住民が国交省との交渉で土地を売る際の売買価格の評価を決めるのは萩原なのである。したがって住民は彼に逆らえない。逆らえば自分の土地の売買価格に大きな影響が出るからである。
 国交省が工事用の土地を購入する際には大地主である彼の土地を無視しては工事計画用の土地の購入にひびくので彼を抱き込んで土地を購入しやすくしている。
 また彼はかみつけ信用組合の理事長でもあるので住民が国交省に売った金の預け先として、かみつけ信用組合に預けさせる。かみつけ信組での彼の評価も高くなる。
 かみつけ信組金理事長、大地主としての住民への睨み、これらを小寺は八ッ場ダム推進に利用し、知事選挙に利用した。すなわち、小寺の長野原地区の選挙対策委員長は萩原であり、集票マシンなのである。小寺の票は萩原の大ボスとしてのにらみを利かせた票なのである。萩原は小寺の八ッ場ダム推進の懐刀なのである。
 小寺弘之は萩原昭郎の誕生大祝賀会とゴルフパーテイ―にも列席している。誕生祝賀会と云っても、規模は、きわめて大きく実際には八ッ場ダム推進決起集会である。列席者数百名の八割はダム事業に関係する主要な建設業者である。国交省工事事務所、JR建設会計社、などが主要列席者であり、その中心に小寺弘之の名前がある。そして国交省事務所長による、きわめて詳しい八ッ場ダム事業の進捗状況の報告がなされている。つまり談合を軸にする政官財の癒着の象徴がこの萩原の誕生会である。
 小寺弘之は知事時代に八ッ場ダム推進野基本協定書に調印した中心人物である。この八ッ場ダム推進の中心人物を民主党の参議員候補にするというのは全く国民の理解を超えた事件である。
 民主党の小沢幹事長は10年1月12日、高崎のメトロポリタンホテルで小寺氏と会談し、7月の参議院選挙に小寺氏が民主党から出馬することを正式に受諾したと表明した。
 「この表明を受けて萩原昭郎は同ホテルに姿を見せ『小寺氏を応援するかどうかは今後の話』と複雑な表情。 (産経新聞10年1月13日)
 「今後の話」とは奇妙な表現だ。どういうニュアンスを含んだ話だろうか?普通ならば八ッ場ダムを推進するはずの小寺が、八ッ場ダム・ストップの民主党から出るという話を聞いただけで萩原は怒り狂って絶縁話をするのが当然ではないか?それなのに、「今後の話」と珍妙な含みを持たせるとは?
 今後,萩原は小寺が、どういう方向に動けば応援するというのだろうか?まあ、わかり切った話である。小寺が八ッ場ダム本体を推進するというように動けば票を持って応援するというのだ。

<小寺は八ッ場ダム推進・反対いずれに力を尽くすのか>
 一方この記事では小寺は、「八ッ場ダムの解決のために力を尽くしたい』と語ったと書いている。しかし『建設反対か推進か』については「明言を避けた」と書いている。
 八ッ場ダムストップの民主党議員として立候補しながら、反対か賛成か明言を避けると云う態度はどういうことだ? 本人の経歴が歴然と物語るものは『建設推進』である。民主党に入ったということは『建設反対』である。
 明言を避けるということは本心を選挙民にだまっていようということだ。選挙民をだます意思がありありである。

<小寺についての前原の態度の疑惑>
 前原の八ッ場ダムについての政治姿勢も小寺と同様で何を言っているのかわけがわからない。
 「マニフェストに書いているから八ッ場ダムはやめだ」
 非常に硬直した姿勢で「なぜストップするのか」理由を云えない。云わないのではなく、八ッ場ダムの現実を調査し、分析しないからわからないのだし、その方が有利だから云わないという面もある。こういう姿勢は政治的に党的利益次第でいかようにでも動く。

<参議院選挙、小寺当選への思惑>
 今の段階では七月選挙への民主党の議席増のためならば、いかようにでも動くということだ。具体的には、小寺が八ッ場ダムについてどのような考え方で動いてきたか、これから動くかということの検証なしに民主党から出て議席を得れば、何をしてきたか、今後どのように動くかは全く問わないということである。
 小寺が当選するためには、萩原昭郎が従来のように吾妻郡で選挙対策委員長として働いてもらえるか否かがカギになる。
 すると小寺当選のためには、萩原昭郎への「住民の立場」なるものへの批判や暴露は邪魔になる。萩原は「犠牲になった住民面」をして「八ッ場ダム・ストップ」という民主党の主張への攻撃の中心になってきた。
 前原は2010年1月27日、『前原国交省大臣と八ッ場ダム関係一都五県知事との話し合い』において週刊ポストなどが展開した萩原批判に対して「非常に不愉快である」と知事連中にわびている。
2009年10月27日「前原国交大臣と一都五県知事の話し合い議事録より抜粋」
 大沢群馬県知事  地元の方々は、57年となる長きに渡りまして翻弄されてきた訳であります。大臣も心配していただいておりますが、私はあまり長くこの問題を引きずることは、地元の方々の気持ちを考えた時、とても耐えられないと思っております。
 橋本茨城県知事  地元の人達が、これは現地で聞かせていただきましたが、誹謗中傷を相当受けている、ダムで、犠牲になった上に誹謗中傷を受けているというのは極めて気の毒なことであります。
 前原誠司  先程、大澤知事やあるいは橋本知事からですね、お話のありました現場地域住民への誹謗中傷ということについては、非常に私も怒りをもっております。
 前原は一体何を怒っているのだろうか?八ッ場ダムの歴史の中で、住民が苦しめられてきた歴史は政官財のダム強行の中で自民党の福田、中曽根の陰謀に引っかかって苦しめられたのが歴史的事実である。
 その中で現在ダムストップ反対(=推進)を住民を詐称して煽りたてている萩原昭郎の役割は、自民党政治と大地主としての自己の利益のために八ッ場ダム推進の片棒担ぎをして住民を苦しめてきた元凶である。
 その萩原を含めた住民への欺瞞行為を批判することはコンクリートから人へという民主党こそ先頭に立って行わなければならないのであって、逆に批判者を犯罪行為者と一緒になって批判するがごときは国民への裏切り行為である。

■現在、午後9時です。小寺弘之の当落はまだ確定していません。

【ひらく会情報部】

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