2013/1/22  21:52

アルジェリア人質事件で犠牲となった日本人駐在員らの無念さを想う  国内外からのトピックス

■先週の1月16日水曜日の現地時間午前5時(日本時間午後1時)に、アルジェリア東部内陸部のイナメナス地域にあるティグエントゥリーヌ・ガス田にあるガスプラントの現場から作業員らを乗せてイナメナス空港に向かおうとしていた2台のバスが重火器で武装したグループに襲撃され、英国人1名とアルジェリア人1名が戦闘で死亡しましたが、この時、同乗していた日本人3名も犠牲になったようです。襲撃されたバスがガス田にある居住区に向かったところ、既に居住区では武装勢力が入り込み、アルジェリア人と外国人数百名が人質にされていました。これが、今回の大規模な武力誘拐事件の発端でした。
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 武装グループは、ガス田にある居住区とガスプラント施設を占拠し、アルジェリア人150人とアメリカ人7人、日本人5人、フランス人2人、イギリス人2人、アイルランド人1人、ノルウェー人13人などを含む外国人41人が人質として拘束されました。(アルジェリア人の人質は後に解放されました)。

 武装勢力は、南の隣国マリの内戦に介入したフランス軍の作戦停止のほか、米国で服役中のイスラム過激派の精神的指導者オマル・アブデルラーマン師らの釈放、アルジェリアが収監するイスラム過激派ら100人の釈放、マリへの出国などを要求していました。

 直ちに、アルジェリア軍が武装グループを包囲しましたが、このニュースが人質に関係する各国に伝えられるや、大騒ぎになりました。英国のキャメロン首相らは、アルジェリア政府に対して、軍事行動を起こす前に事前に協議をするよう申し入れました。なお、安倍首相は18日未明、アルジェリアのセラル首相と電話で会談し、軍事作戦の即時中止を要請しました。

 ところが実際には、1月17日(木)の現地時間正午に、アルジェリア軍は武装勢力が人質の一部を居住区から連れ出そうとした際に攻撃に踏み切っていました。この時、一部の人質は脱出できましたが、その他は殺害されました。

 この軍事作戦によって、居住区部分はほぼ制圧され、多くの人質が救出された一方で、武装勢力だけではなく、人質にも複数の死者が出たなど、さまざまな情報が飛び交わりました。日揮は1月18日、現地にいた日本人7人の無事を確認し、同社の社長らはアルジェリアに向けて出発しました。

 しかしその他の日本人10人の安否が確認できず、安否情報もなかなか入らないことに、いら立ちを強めた安倍首相は、東南アジア歴訪中のインドネシアから、予定を切り上げて、19日未明に帰国し、その足で官邸に入り、政府の対策本部会議に出席し、日本人の救出に全力を尽くすよう指示しました。

 こうした海外での動きとは別に、アルジェリア軍特殊部隊は1月19日に「最終作戦」を敢行しました。同日の作戦で新たに人質7人、武装勢力11人が死亡しましたが、死者の国籍は不明でした。この結果、死者は人質側で少なくとも23人、犯人側32人が確認されたことが発表されていました。また、日本政府には、複数の日本人が死亡したり、生存確認ができない状態だとの情報が伝えられたりしましたが、日本政府は、日本人10人の生存について未確認としていました。

 そして、1月21日、この事件でアルジェリアのセラル首相は、首都アルジェで制圧作戦終了後初の記者会見を行い、8カ国の外国人計37人が死亡したことを明らかにしました。また、安倍首相は、1月21日午後11時前に首相官邸で開いた対策本部会議で、終始険しい表情を崩さず、7人の死亡を報告しました。残り3名の安否は現時点で未確認されています。

 1月21日、アルジェリア国の治安関係筋は、犯行グループに殺害されたと見られる身元不明の遺体からサンプルを採取し、首都アルジェの施設でDNA鑑定を行う方針を明らかにしました。同国政府は事件で外国人37人が死亡したと発表しましたが、うち7人の身元が分かっておらず、特定に向けた作業を本格化させ、結果判明には少なくとも数日かかる見通しです。

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イナメナスのガスプラント施設。(日揮HPより)

■今回の人質事件の背景として、ガスプラント施設を襲撃した武装勢力は、マリに軍事介入を行っているフランスに対しアルジェリアが自国空域の使用を認めたことに対する報復として、アルジェリアのガス関連施設を攻撃したとしています。武装組織はフランスに対し、人質の安全と引き換えにマリ北部での軍事作戦を停止するよう求めていました。

 アルジェリアの南隣のマリでは2012年4月に北部の遊牧民のアザワド解放民族運動(MNLA)が北部を掌握し、独立を宣言しましたが、7月にイスラム過激派がMNLAを放逐し、北部支配を固めました。テロの温床となるのを恐れた西アフリカ諸国経済共同体は過激派を北部から掃討するため部隊派遣を決定し、国連安保理は2012年12月にこれを承認しました。

 しかし、過激派が中部の政府軍要衝を攻略したため、フランスが軍事介入し、アルジェリア政府は1月13日、仏軍の領空通過を認めたばかりでした。

■イナメナスの天然ガス田は首都アルジェから約1300キロ、リビア国境から約100キロの土漠地帯にあります。イナメナスの気候は亜熱帯砂漠気候に属し、暑い夏が長く続きますが、冬季の現在では、日中の最高気温は17度前後ですが、夜間は強く冷え込み、時折氷点下となるようです。

 アルジェリア東部の内陸地帯にはイナメナスのほか数多くの石油・天然ガス田があります。アルジェの南約600kmには1956年に発見されたハッシ・ルメルのガス田や、アルジェから約1000km南のインサラーにはアルジェリア最大級の石油・天然ガス田が主なものです。

 イナメナスでは、フランスのBRP(Bureau de recherche de pétrole)と石油開発会社エルフ・アキテーヌ、オランダのロイヤル・ダッチ・シェルが設立した現地子会社によって1960年代に油田の開発が始められました。

 その後、アルジェリア国有企業ソナトラック社、イギリスのBP社、ノルウェーのスタトイル社が開発を引き継ぎ、2006年からはイナメナスの都市部から 25kmほど離れたティグエントリーヌで、アルジェリア最大の液化天然ガスプラントの開発が進められています。

 武装勢力に襲撃された施設は、アルジェリアの国営企業であるアルジェリア炭化水素公社(通称ソナトラック)、英国のBP、ノルウェーのスタットオイルによる3社の合弁企業によって運営されています。施設の建設には日本の日揮も参加していました。このガス田の年間生産量は90億立方メートルで、同国内でのガス生産の10%以上を生産しています。

 イナメナスにおける事業で、日揮は2002年11月、BPグループとソナトラック社とガス田開発プロジェクトの受注契約に調印しました。日量10億5000立方フィートの大型天然ガス処理プラント、パイプライン、インフラなどの設計(Engineering)、機材調達(Procurement)、建設工事(Construction)、試運転役務(Commissioning)などEPCとよばれる業務を一括請負契約(ランプサムターンキー契約)で受注し、契約総額約7億4500万ドルという大規模なプロジェクトでした。

 現場のイナメナスの天然ガス施設は7年前にいったん完成したあと、追加の工事が必要になりました。そして日揮は、2011年5月に、この天然ガス田の生産レベルを維持するために、2億1300万ドル相当の契約を運営3社と締結しました。イナメナスでの1日当たりの天然ガス生産量を今後12年間3000万立方メートル程度に維持するために、圧縮プラントを建設することなどが含まれ、2013年8月完了の予定でした。

 当初から事業を中心的に請け負っていた日揮が、施設の設計から機材の調達、それに建設までを日揮グループ会社などとともに一手に請け負う形となり、首都アルジェの事務所からも社員らを派遣していたため、イスラム武装勢力に襲撃された当時は日本人17人を含む78人が事件に巻き込まれる形になったのでした。現場周辺の治安はイナメナスの施設の建設が始まっていた8年前にはすでに悪く、宿泊先と現場を移動する際も当時から軍の護衛がついていました。

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イナメナスのガスプラント施設。(日揮HPより)

■日揮が社業とするプラントエンジニアリング業界では、国内での石油精製プラントなど新規設備投資は低迷しているため、海外の工事案件の重要性が高まっています。日揮(JGC Corporation)、千代田化工建設(Chiyoda Corporation)、東洋エンジニアリング(Toyo Engineering)の3者が日本のプラントエンジニアリング業界の御三家といわれていますが、その中でも最大手の日揮の場合、2012年3月期末の受注残高1兆4416億円のうち92.1%が海外案件となっています。業界2位の千代田化工建設は同受注残高8409億円のうち海外が80.0%を占めています。

 海外受注のウエイトが高まるのは、国内の設備投資意欲の低迷だけではなく、資源国で原材料輸出だけではなく、プラント建設で付加価値の向上を目指す動きも影響しています。

 日揮は1928年に日本揮発油株式会社として設立され、約70カ国で2万件以上のプロジェクトを経験しています。同社社員は2012年9月現在2202人。資本金は235億円で、2012年3月期の連結売上高は5569億6600万円となっています。

 日揮は1969年にアルジェリアの地中海沿岸のアルズー製油所建設を受注して以来、同国で40年以上に亘って積極的に事業展開をしてきました。この間、ソナトラック社、ならびにメジャーオイル向けに多数のプロジェクトを遂行した実績があります。

 最近でも日揮は、一昨年2011年8月に、グループモン・ビルセバ社(Groupement Bir Seba)が首都アルジェから南東550kmに位置するビルセバ(Bir Seba)地区で計画している原油処理プラント建設プロジェクトを受注しました。16の生産井から産出される原油の収集設備、原油とガスの分離を含む原油処理設備、ならびに製品を送るパイプラインを建設するプロジェクトです。グループモン・ビルセバ社はソナトラックが25%、ペトロベトナム・エクスポラレ−ション・プロダクション社が40%、PTTエクスポラレ−ション・アンド・プロダクション・アルジェリア社が35%出資の3社JV。

 アルジェリアは日揮にとって、特別重要な市場であるといえます。日揮は、現地にJGCアルジェリア社という子会社を持っており、現在、中期経営計画「NEW HORIZON2015」の一環で、子会社との共同遂行案件を積み重ねることにより、海外エンジニアリング子会社のプロジェクト遂行能力のさらなる向上を図っています。同社は、今後も、活発な資源開発投資が期待されているアルジェリアにおいて、豊富なエンジニアリング経験をもとに、引き続き積極的な営業活動を展開していく方針を打ち出していました。

■筆者も1998年8月から2000年4月まで、1年8ヶ月ほど、サウジアラビアの紅海沿岸にあるヤンブーで、火力発電所の排熱を利用した多段フラッシュ方式では当時世界最大級の海水淡水化施設建設のターンキー事業(全くの更地から完成してキーを入れてまわせば運転できる状態で顧客に施設を引渡すこと)に従事していたことがあります。

 ヤンブーは、サウジアラビア西部のメディナ州の都市で、人口は約19万人。ジッダの北350km、聖地メディナの西160kmに位置し、紅海に面した港町です。アラビア半島東部のペルシャ湾岸にあるダーラン油田から石油パイプラインが延びていて、その終着点でもあります。大規模な港と工業団地が造成され、ヨーロッパ諸国への原油輸出の拠点となっており、また石油精製や石油化学工場が立ち並ぶ工業としとなっています。ヤンブーの旧市街地は古びた木造の家屋もたくさん見られ、その歴史は2500年前までさかのぼれるというのも頷けます。

 工業地帯で働く関係者用のキャンプとよばれる新市街に居住し、北にある旧市街までは20kmほどあり、南約5kmにある工業地帯でプラント工事に従事していました。総額50億円規模でしたが、現地に常駐している日本人は筆者を含め2人だけで、工事の途中で日本から電気や計装の専門家を都度呼ぶほかは、経理や購買関係をインド人、現場監督は英国人とトルコ人、現地の役所や警察などとの交渉や諸手続をスーダン人、技術図面の客先承認手続をフィリピン人にやらせていました。そして、各種の資材の製作や工事は現地業者に発注し、その作業員もサウジアラビアの場合、フィリピンやインド、パキスタン、スリランカ、ヨルダンなど多国籍でした。

 一方、近くで変電所の建設工事をしていた日立製作所、肥料プラントを作っていた三菱重工業、石油精製プラントを作っていた千代田化工建設などでは、さらに多くの日本人スタッフが駐在していましたが、大なり小なり、フィリピン人やインド人をつかって仕事をしていました。

 聖地メッカとメディナを擁するサウジアラビアは、厳格なイスラム教国ですが、実際には、1万数千人に膨れ上がったロイヤルファミリーの利権の巣窟であり、富裕層はしょっちゅう欧米に行ける為、西欧文化になじんでおり、飲酒の習慣も身に着けていますが、一般国民が飲酒をしたり、短パンで道路を歩いていたりすると、直ぐに宗教警察(ムタワ)のひげ面の警官に捕まり、飲酒の場合には直ぐにブタ箱に入れられて、鞭打ちの刑を宣告される場合もあります。しかし、大抵、どこからともなく仲介者から連絡があり、ワイロを支払うと釈放してくれることが多いようです。

 また、街中で見かける女性はすべて、目の部分も含めて全身を黒いレース(アバヤ)でまとっており、バスや飛行機に乗るときも、席が完全に隔離されています。

 こうした環境なので、買い物は殆ど男の仕事でした。ケーキ屋も髭モジャの男ばかりでした。滞在中にマクドナルドが出来たというので、のぞいてみたら従業員は全員男でした。

■筆者のサウジアラビアでの20ヶ月にわたるプラント工事の経験からすると、日揮が、アルジェリアでプラント建設工事を行っていた状況についても、ある程度共通性があるため、かなり推測ができます。

 昨日の報道によると、この人質事件で、アルジェリアの治安当局が、犯行グループに加担した疑いがあるとして、事件現場のガス田施設の日揮の調理場で働く従業員2名から事情聴取を始めました。この他に、現地で操業する英石油大手BPの4人の警備員とアルジェリア国営企業5人の従業員の取り調べも開始しました。犯行グループは事件発生時、施設居住区の外国人の部屋番号が書かれた紙を持っていたといい、当局は従業員に内通者がいたとの見方を強めています。

 また、事情聴取を進めている従業員らから押収した携帯電話にはマリやリビアなどに国際電話をかけた履歴が残っていました。アルジェリアのセラル首相は21日、武装勢力32人がマリから移動してきたと明らかにしました。現地駐在の日揮の日本人社員も、事件直後から「武装勢力が内部から情報を集めていたのかもしれない」と「内通者」の存在を懸念していました。別の地元紙によれば、犯行グループには施設で運転手や警備員、料理人などとして働いていた者も含まれるとの情報もあります。

 前述のとおり、武装勢力は1月16日未明、事件のあった東部イナメナスの施設から空港に向かう従業員ら関係者のバスを銃撃し、乗り込んで施設内に侵入したとみられます。このため、武装勢力が施設内の協力者から従業員の移動時刻などを聞き出し、軍の警備が手薄になるタイミングを狙い、バスの襲撃の時間から航空機の発着時間も参考にしていた可能性もあります。

■ここで気になるのは、犠牲となった外国人の国籍と氏名について、外国では報道されはじめていますが、日本では情報管制が敷かれていることです。また、「内通者」についても、一部はアルジェリア人であることを明らかにしているものもありますが、そのほかについては、国籍さえ不明であることです。

 日本政府によれば、日本人の犠牲者の氏名の不開示は、日揮の要請によるものだとしています。確かにまだ3名の日本人の安否の確認の為、犠牲者の遺体のDNA鑑定中ということもあるでしょうが、この事件の事実を伝える為にも犠牲者のかたがたの氏名は公表したほうがよいと考えます。

 そして、気になるのは、「内通者」として、日揮の調理場で働く従業員2名から事情聴取を始めたというところです。海外プラント工事現場で働く場合、日本人として、数少ない楽しみは食事ですが、そのため日本食を頻繁に調理していたはずです。その場合、筆者の経験では、サウジアラビアの工事現場でもそうでしたが、美味い日本食の作れる腕のよいフィリピン人の調理人は、ひっぱりだこでした。内通者の国籍はまだ明らかにされていませんが、筆者の経験からすると、日揮の現場でも調理人としてフィリピン人を起用していた可能性もありそうでsす。

 フィリピン人の特性として、一般的に業務遂行能力は高く、英語力は問題ありませんが、条件のよい職場に簡単に移ることが挙げられます。また、彼らは出稼ぎに来ているのですが、一族郎党のために送金をしていることから、しょっちゅう待遇について団体で要求をしてきます。このため、きちんと対応しないと、一斉にサボタージュや集団離職をするリスクがあります。また、交渉で高飛車な言動をした場合、個人的な恨みを買って、障害事件沙汰になることもあります。

 日本から遠く離れた辺境の地で、英語を操って客先の信頼をえつつ、工期と品質に気を配りながら、外国人スタッフを効率よく使うためには、なみなみならぬ苦労があります。今回、なぜ、こうした内通者による内部情報漏れで、悲劇が起こったのか。次第に、真相が明らかになるでしょうが、今後、こうした職場環境の安全、安心の担保の為にも、今後の情報の推移に注目していきたいと思います。

【ひらく会情報部】
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