RQへの想い  10周年

さて、巨乳大好き「竜騎士」ではありますが、それと並んでRQ大好きでもあります。

RQ好きになった理由は、ハイレグ水着流行時期と重なる。それは、当時のRQといえばハイレグ水着+ハイヒールが定番コスチュームであった為だ。青臭いガキだった頃にこの素晴らしき露出に出会ったお陰でフェチ要素は決まった(?)。
従来の年上(あくまでもお姉さん的なもので、熟女とか人妻とかは無し)好みもあり、そんな娘が多く集まるサーキットでのRQ写真に心奪われたのだろう。

RQのコスチュームは、このハイレグから各チームカラーを打ち出したデザインのコスチュームへと進化してゆく。それでも、人気絶頂期の90年代後半はまだまだコスチュームというよりは水着に毛が生えた程度のアレンジ水着の域を出ていなかった。
この流れが変化するのはRQ・オブ・ザ・イヤー等でRQのタレント性が上昇してきた頃からだろう。この頃から水着だけではなく、オーバーコスによるミニスカ・ボディコン風なコスチュームが増えた。本体の水着も様々なカットで独自色が出てきた。

現在はキャンギャルとの区別がつかない様なコスチュームが多い。主力はハイレグからホットパンツに移行している。これはこれでそのスパンデックス感が堪らないのだが、こんなフェチ要素に反応するようになったのは、間違いなくRQのお陰だ。

さて、数居るRQの中で現在も私の心を捉えて離さないのが「斉藤 理奈」さんである。彼女については別コラムで述べているのでそちらを参照して頂きたい。

冷静に考えると彼女自体にはそれ程魅力は感じない。証拠は、通常の水着グラビアにはあまり関心が向かないからだ。
彼女の魅力を引き立てているのは間違いなくコスチュームだ。当時のタカギBIレーシングチームのコスはセパレートのビキニタイプが基本で、そこにオーバーコスでミニスカ・ボディコンタイプがあった。基本のビキニのデザインと色が良く、アイテムであるサングラスとバングル、イヤリングと相まって一番似合っていたのが彼女だった。色といえば、青を基調としたモノで鮮烈な印象があった。この前年彼女はカルソニックのRQを務めていたが、そこのコスチュームも青だった。
コスチュームのフェチ要素を100%以上に魅せてくれたのが斉藤理奈さんだったのだ。

現在のRQで気になる娘は残念ながら居ない。しかし、コスチュームのデザインには興味があるので追い掛け続けている。そんな中、コスチュームの魅力を引き出す魅力的な娘の登場を心待ちにしている。

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嗜好伝説  10周年

さて、おっぱい大好き、巨乳大好きな私「竜騎士」ですが、思い出の巨乳ちゃんは数多く居ます。中でもグラビアアイドル黄金期90年代後半に多く居るのですが、その中でもアルティメイタムな娘が「黒田 美礼」さんです!

「果実」―黒田美礼写真集

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お菓子系雑誌での下積みからヤングジャンプのグラビアで大ブレイクしました。(尤も、お菓子系時代の話はBUBUKA系でブレイク後に明るみに出ましたが・・・)

彼女は、キツめの眼を持つルックス・健康的な肌の色、そして形の良い巨乳と、私の好み過ぎる容姿で1発一目惚れ。コンビニ雑誌の表紙を総ナメにしました。追い掛ける私はどんな小さなグラビアでも彼女が写っていれば購入していました。

彼女の特徴は、当時の流れとは逆にTVに殆ど出演しなかった事。(私が追い掛け切れなかっただけか?)グラビアと写真集そしてビデオ(まだVHSの時代ですよ)が主戦場でした。そして、いつの間にかフェードアウト・・・これは、今考えるとDVDアイドルの先駆けの様にも思えます。

彼女を追い掛けていた時期はアシスタントを辞め、漫画を投稿しまくっていた時期。バイト以外は漫画を描く、というストイックな生活を送っていた。アシスタント時代の流れからグラビア雑誌は買い漁り続け、模写しまくっていました。
当時の部屋は安い割に部屋が2つあり、1つを仕事部屋(兼資料倉庫)に使えた事も漫画を描く上でプラスになった。
ネットにも繋がり始めた時期だが、回線速度の影響で繋ぎっぱなしという事も無く、どちらかと言うと暇潰し程度に閲覧していた事もプラス条件だっただろう。
とにかく、この時期は漫画執筆だけの人生だった。

彼女との思い出は、私の漫画執筆全盛期の思い出です。まだ人生は終わりませんが、この時期が一番自分が頑張っていた時期です。その時追い掛けていた彼女は心の中でいつまでも輝いています。

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思い出の巨乳  10周年

さて、本ブログのタイトルは「おっぱい星人 PURE」。おっぱい星人とは、一般的におっぱいは好きな野郎の事を言うが、おっぱい好き=巨乳好きというイメージだろう。

男が女性のおっぱいが好きなのは当り前。好きで何が悪い!(逆ギレ)

・・・わたしの巨乳好きがかなり激しかった時のお話をしたい。

それは1994年〜1998年位の事。94年に私はある漫画家のアシスタントをする事になった。2年程その先生の所で厄介になり、線の引き方等基本的な事を教えて頂いた。中でも背景の描き方(目線を決めてからの描き方)は大変勉強になり感謝している。
そのアシスタント時代に夢中になったのがアイドルグラビアの模写である。元々先生がポーズ集の模写を活かした漫画制作だったので、それに釣られたわけではないがデッサンの勉強も含め、気に入ったアイドルや広告モデルを模写しまくった。

折しも当時は第何期目かの「巨乳アイドル」ブーム。グラビアアイドルという言葉が定着したのもこの頃では無かったか?コンビニに行けばどの雑誌の表紙も巨乳グラドルという、今考えると夢の様な時代であった。

そんな中、私の眼に止まった一人の巨乳アイドルは「水野真樹」さん。93cmGカップというド迫力バストと隣のお姉さん的色気に夢中になりました。その後に起こる巨乳インフレ以前のこの大きさは当時としては大迫力であった。
そして、都会に住んでいた事もあり彼女が掲載された雑誌はほぼ網羅した(と思う)。ネット環境が無かった時代にこれはかなり幸運な出来事だと思う。

そして、彼女をモチーフに模写をしまくり、描く漫画の登場人物にも同じ読みの名前を付けたりした。かなりの入れ込み様だったと今でも思う。
現在ここまで入れ込む娘は正直居ない。サイクルが早い為、そこそこ追い掛けると次の娘次の娘とキリが無いのだ。そう考えると、好きな娘を時間を掛け追いかける事の出来た当時は幸せな時間だった。人生の中でも漫画を一生懸命描いていた時期と重なる為余計に思い出が深くなる。

忘れられない女性だ。

尚、「水野真樹」は同名女優の漢字違いという事だった為か(?)後に芸名を「沢地優佳」として活躍。2000年代に突入しても活躍していたのだから、グラビアアイドルとしては息の長い活躍をしていた。
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着エロの女神  10周年

グラビアアイドルの全盛期、巨乳がスタンダードとなりアンチとして脚を主体とするスタイルをウリにするアイドルが登場。新人が次から次にデビューするに辺り、この2極化以外でウリを見付けなければならなくなるのは必然の事であった。

アンチ巨乳の一ジャンル、RQを筆頭とするスタイル軍団の中に(肌の)露出を極限まで高めた娘達が居た。強烈なハイレグとTバックが基本スタイルで、グラビアでは>股を広げるという挑発的なポーズを取る。脚を長く魅せる為のハイレグの強調がエスカレートしたモノと考えられるが、こんな娘達に着衣なのにエロい!という意味で着エロという称号が与えられた。いつの時代も刺激は判りやすく(野郎の)眼を惹きつけるモノでこの着エロはブームとなった。

そんな着エロの世界に降り立った一人の女神が「インリン・オブ・ジョイトイ」(インリン)である。

インリンフォトブック『リアル』

私が最初に彼女を見たのは「プレイボーイ」(週刊)のグラビアだ。デビューしたての頃なのか今見ると全くエロくないのだが外国(台湾)出身のグラビアアイドルという事で目に留めていた。その後、寺沢武一のフォト漫画「ガンドラゴンΣ」の主人公として登場。この頃既にTバックが基本という着エロ路線だった。

彼女は自身のHPで過激な発言と衣装で自己表現をしていて、そんな所も気に入っていた。
HPを始めとするマニアな世界で人気があったようだが、いよいよメジャーデビューの報を聞いた時は小躍りしたものだ。
そして、彼女が一躍有名にしたのが着エロの一つの定番ポーズM字開脚である。正面切って股を広げて見せる(脚の形がMになる)というのは衝撃だった。(ウンコ座りとは違う)彼女がやり始めて以降着エロ=M字というのは定番。着エロの娘は全員股を広げていた。外国映画のストリップダンスシーン等ではこんなポーズは当り前だが、グラビアアイドルが行うというのは新しかった。

一時代を築いた着エロだが、現在一般紙ではほぼ壊滅。活躍の場はDVDアイドルへ移っているが、既に着エロという言葉が生ぬるく感じる有様だ。基本はブラジル水着で局部がかろうじて見えないだけという状態がデフォルトとなりつつある。純粋な意味で(この言葉も基準は無いが・・・)着エロで頑張っている娘はどれだけ居るのか?そもそも、グラビアアイドルの衰退と共に着エロの需要も粗無い様に感じる。

繰り返すが、過激さだけならば一瞬眼を惹く事は可能だ。しかし、続けていくのはやってる方も見ている方も疲れるモノだ。そんな中、自分のアイデンティティをグラビアから滲ませていたインリンは、やはり着エロの女神だった。

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切り抜きの時代  10周年

さて、私は現在もグラビアを元にイラストを描いているのだが、このスタイルが確立されたのは、ある漫画家のアシスタントをしてからだった。

その先生はポーズ集を模写し、上手くアングルを充てて作品を描いていた。つまり、模写が基本だったのだ。(全てのコマが模写ではない、流石に・・・)そのスタイルとデッサンの勉強というこじ付けで私は雑誌のグラビアを模写し始めた。

当時は、仕事場と自宅部屋の往復のみでお金を使う暇が無く、薄給ではあったがそれなりに暮らせていた。余裕がそれ程あったわけではないが仕事の為という理由で毎週写真週刊誌・漫画雑誌等を買い漁り気に入ったグラビアをスクラップして模写していた。

ホントに目に付いた雑誌はジャンルを問わずチェックしていたので、ちょっとした宣材写真に惚れてその娘を追いかけ始める、といった事もしばしばあった。

そんな一目惚れアイドルの一人が「那由多 遥」さん。当時沢山刊行されていたグラビア漫画誌(大量のグラビアにおまけでマンガが掲載されている)で最初に見掛けたと記憶している。デビューしたての初々しい笑顔に癒されました。
彼女はよく見ると、それ程カワイイわけではないしおっぱいも大きくは無い。では、何故彼女を追いかけ始めたのか?
それこそ宣材写真、というか1枚だけ眼を惹いたグラビアの為である。表情・衣装(水着)ポーズが統一された1枚のグラビアが当時の私のツボにハマり過ぎたわけだ。
ちなみに、現在作画用机には彼女のポスターが作業マットに挟まれ私を見つめている。

こういった一目惚れは多かった(というか、現在進行形)が、そこからずっとお気に入りなのは彼女世含め数人しかしない。アンテナを張っていて、検索範囲も広かったわけだからちょっとした事で引っ掛かっていた彼女達。
でも、ファーストインプレッションは大事だと思う。一目惚れの瞬発力が無くなったら、お終いだな・・・

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RQについて  10周年

 「鈴木 史華」
 
 私は「レースクイーン」(RQ)が好きである。ある書籍によれば、RQは元々「ピットレポーター」と呼ばれていたらしい。これが何をしていたのか不明だが、その衣装がバブル期にハイレグ水着に変わり現在に至る。私の中ではRQ=ハイレグだが、これはこのバブル期(80年代後半)のRQブームに強烈なハイレグに身を包んだ彼女達を見たからに違いない。
 ただ、個人のRQが好きだったわけでは無く、ハイレグ水着に身を包むRQという集団が好きだったと思う。それ程ハイレグは見た目にも心にも衝撃的だったのだ。
 その後、バブルははじけRQも減少しますが、90年代後半突如RQブームが再燃(急にRQブームが来たように感じるが、RQ出身のアイドルや女優が出始めた事も原因だろう)そして、当時のNo.1RQが鈴木史華さん。彼女を見てブームと共に沈静化していたRQ熱が復活したのです。
 彼女登場以前はまだRQ個人というよりは集団としてのRQが好きという認識。そういう意味では、彼女はRQ個人として想いを入れた初めての女性になる。
 
 この頃はグラビアアイドル全盛で当然そちらを追いかけていたので、RQはそんなグラビアアイドルの一翼という認識だった。ただ、巨乳だらけのグラビアアイドルの中に脚を主軸としたスレンダー美人をウリにしたRQは眼を惹いた。
 残念ながら(?)コスチュームに関してはこの頃ハイレグはそれ程多く無く(水着は基本ですが)ボディコン風ワンピースのオーバーコスを併用していたり、チーム毎のオリジナルコスチュームが多くなっていました。史華さんもこのタイプで、赤と黒のコントラストが効いたコスチュームが眼を惹きました。
 この頃のコスチュームに関しては、色気の面で不満が出るかもしれませんが、水着のカットとデザインだけでは限界がある事も確か。レースブームもあり各チームの特徴を出す為に広告塔でもあるRQのコスチュームに凝るのも当然の流れだったのだろう。
 現在は、よりデザイン性が強調されたコスチュームが全盛で、チームの色がより濃く反映されたコスチュームが多い。反対にシンプルなハイレグ水着は少数派で、更にハイレグよりホットパンツが主流と言える。これはこれで全く問題ないのだが、RQ=ハイレグという方程式が刷り込まれた身としては少々物足りない。色気という面で感じるリビドーが違うのだ。
 
 さて、史華さんに魅かれて現在まで続くRQ観賞趣味が再燃したわけだが、彼女の容姿だけでここまで惹かれただろうか?否、彼女は実物も実に好感度の良い隣のお姉さんだった。詳しくは彼女のコラムでも述べているが、当時彼女はネットアイドルのハシリの様な存在(チバレイの前例はあったが)という一面も持っていた。インターネットのファンサイトに律義に登場しコメントしてくれていたのだ。そこで何回かレスを貰ったのだが、現在のようにケータイでブログが書き込めたり、ツイートするといった手軽さが無い時代にアイドル本人からダイレクトにレスを貰った事はかなりの衝撃だった。当然、彼女はファンサイトの殆どの方にレスするというサービスを行っていた。これは一種の営業活動で、ファンに(サイン会等に)足を運ばせる効果があった。(実際私もその口なのだが・・・)そこで実物の史華さんと会うわけだが、ホントに気さくでカワイイ方だった。今思うに、このマメな活動が彼女の人気を支えていたんだな、と素直に思える。
 彼女には相当入れ込んでいて、近場(当時は東京に居た)でのサイン会には頻繁に顔を出した。そして、ネット上での交流という楽しみも彼女を通して学んだ。これが、一番大きな収穫かもしれない。ネットで繋がれる。この不思議な感覚、ある意味現代人として当然の感覚を彼女との交流で学んだのだ。
 
 ネット生活の門戸を開いた直接的なアイドルは別に居るのだが、彼女も間違いなくその中の一人だ。現在ネットが無いと生きていけない身体になっているが、その礎に彼女の存在がある、と思うと感慨深い。
 
 現在年間ベストRQの様な賞もあるが、その初代は彼女である!と個人的には断言する。彼女は、個人的レジェンドRQである!

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 JAM―鈴木史華写真集 陽のあたる場所―鈴木史華写真集 Mania―鈴木史華写真集

 
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山田 まりや  10周年

 さて、本家HP「竜騎士円卓会議場」10周年企画として私「竜騎士」の思い出アイドルを紹介していきますが、1発目は「山田 まりや」さんです!

 アイドル黄金伝説 山田まりや [DVD] CROSS ROAD―山田まりや写真集 山田まりや 1―Pretty & cool (YOUNG SUNDAY PHOTO MOOK SERIES SaRu)

 巨乳アイドルを多数輩出している「イエローキャブ」出身の元グラビアアイドル。その愛らしいルックスに似合わない巨乳(といってもB・87cm(当時)は今では標準ですが)の所謂「童顔巨乳」という日本人受けする最強コンボで人気大爆発。巨乳グラビアアイドルブームの火付け役になりました。
 彼女の登場後、雨後のタケノコのように巨乳をウリにするグラビアアイドルが大量に量産され、雑誌のグラビアは巨乳一色になって行きました。

 さて、本ブログを立ち上げた事からも判るように、私「竜騎士」は巨乳大好き!おっぱい星人であります。巨乳グラビアアイドルは、何回かブームがあったと思いますが、個人的にはこの、山田まりやさんがデビューした90年代後半が一番盛り上がりを見せていた、と思います。
 「グラビアアイドル」という呼び名が出てきたのも、この頃だったと記憶しています。そして、当時のグラビアアイドルは押し並べて「巨乳」をウリにしていました。そんなわけで、私の中ではグラビアアイドル=巨乳という方程式が染み付いています。
 
 この頃は、漫画家のアシスタントを始めていて、デッサンの勉強と称して各種グラビア誌や雑誌のグラビアを隈なくチェックしていました。必然的に巨乳グラビアアイドルを見る目が肥えて行ったわけで、何人かのお気に入りの娘が居ました。(まぁ、これは今でも続いている訳ですが・・・)
 彼女はその切っ掛けのアイドルだったのです。どのジャンルでもそうですが、始祖・元祖というのはリスペクトされるモノです。彼女が居なければ巨乳グラビアアイドルのブームも遅れただろうし、私の巨乳好きに拍車が掛かる事も無かった・・・(事は無いでしょう・・・)

 現在は結婚もし、女優としても活躍されています。思い出のグラビアアイドルが、その後も順調に活躍されている事は、親の様に嬉しいものです。それが、思い出の中でも特別な娘であれば尚更です。

 現在、巨乳に限らずグラビアアイドルはメディアの変化もありますが下火の存在。悲しい事ですが、グラビアアイドルから成功した彼女を一つの目標として、現在の娘達も頑張って頂きたい、とに思います。

 


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アイドルについて  10周年

 さて、本家HP「竜騎士円卓会議場」との連動企画として私「竜騎士」思い出のアイドルについて月イチで連載を開始するに当たり、前置きとして述べておきたい事があります。

 先ず、私「竜騎士」は男性であります。その為、当然ながら女性が好きです。そして、女性の象徴の一つである「おっぱい」が大好きです。最近はそれ程こだわりは無くなって来ましたが、この胸は大きい程興味を惹くモノです。巨乳万歳!こういうと、差別だ!といわれるのかもしれませんが、コレ本能だと思いますよ。まぁ、デカいといっても限度は有ります。巨乳・爆乳といっても、天然モノでなければ意味は有りません。これも差別なのか?
 
 そんな私が紹介するので、基本的にグラビアメインの所謂「グラビアアイドル」の紹介がメインになると思われます。しかも、彼女達(グラビアアイドル)に執着するようになったのは、漫画をセコセコ描いていた時代。そう90年代後半です。デッサンの勉強と称してグラビアを模写しまくっていました。この頃は丁度何回目かの巨乳ブームの真っ盛りであり、好みのグラビアアイドルがわんさと居た時代。良い時代だったなぁ・・・
 更にこの時期はRQ・CGからも良質な女の娘が多数輩出されるという、正に夢の様な時代でした。竜騎士的にここは黄金世代といっても差し支えないでしょう!

 RQ・CGに興味を持ったのは80年代後半。彼女達が身を包む(包んでるのか?)強烈なハイレグ水着にリビドーが噴出した為です。(判りやすい!)この(超)ハイレグとの出会いはその後のフェチ要素の礎となりました。私はスパンデックス系の身体にフィットしたコスチュームにかなり「萌え」を感じますが、これは正にこの(超)ハイレグがトラウマとなっている事は間違いありません。フィット感に萌えるので、この頃はビキニよりも身体に張り付く面積の大きいワンピース水着が好きでした。ビキニも許容範囲に入ってきたのは先程の巨乳グラビアアイドル時代からです。
 
 まぁ、同様に時代の流行りを受け、当然好みの女性像も変化します。RQ系のスレンダーお姉さんからふくよか巨乳系へとシフトしましたが、現在ロリ・熟女以外は何でもOK!という節操の無さに落ち着いています。

 と、基本節操が無くなった私ですが、紹介するであろう思い出に残る女の娘は時代的に限られてくるわけで、その胸、じゃない旨、ご了承下さい。

 
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10周年  10周年

 本日5月9日で、当ブログの本家とも言える、私「竜騎士」が運営するHP「竜騎士円卓会議場」10周年を迎えました。

 HPでもお知らせしましたが、10周年記念連動企画として当ブログに於いて「思い出アイドルベスト10」として私竜騎士の人生の中で思い出に残るアイドルについて月イチでレビューしていきたいと考えています。

 アイドル、と言いつつも実際にはグラビアアイドルメインになると思います。当時思い上げていたアイドルと共に私は何をしていたのか?という思い出レビューです。

 ご期待下さい!

 
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