地域おこし、という言葉はよく聞く。
しかし、現在では多くが行政主導であって住民不在である場合が多い。
宮本常一『民俗学の旅』(講談社学術文庫)には、昭和四〇年代に佐渡で鬼太鼓座の立ち上げを手伝った経験が語られているが、そこにはどうすれば地域おこしは住民主体になり得るか、大切なことが述べられている。
鹿児島生まれで、各地を放浪した後に佐渡に住むようになった田耕(でん たがやす)という人と宮本は知り合いであった。田は佐渡の当時の現状を次のように語った。
「佐渡は観光ブームで島の人が観光客に眼を奪われている。この島におこなわれている鬼太鼓は、もとすぐれたものであったが、今は衣装もよくなり、太鼓を打つ所作もはなやかになっているが、太鼓を打つのに力がはいらず迫力のないものになっている。もとの素朴な力強いものにしたいために鬼太鼓座を作ることにしたので協力してほしい。」(p214)
宮本は、昭和四五年〈一九七〇年〉に田が開いた「おんでこ(鬼太鼓)学校」に講師として参加し、その参加者の中からおんでこ座に入座する人を増やし、グループを活性化させることに貢献した。
宮本はこの活動に協力した理由を次のように語る。「佐渡という日本の片隅にいてもその芸能がすぐれたものであれば、正しく評価されるであろう。都会だからすぐれている、田舎だから劣るという概念を、こうした運動を通じて破ることができたらどんなに地方の人びとを勇気づけるであろう」。(p214)
時代は高度経済成長の中にあり、若い人が大量に大都市へ流れていったころである。
宮本は、青森県上北地方の農家の主婦の手紙を読み、地域の開発計画が住民の知らぬ間に決められ、地図上に勝手に線を引かれていることに対する怒りを共有した。
その手紙には「そういうことが許されていいのか、自分たちが東京の町へ赤線をひいて改造計画をたててもそれはゆるされるのかという意味のことが書いてあった。」そして「なぜ地方は中央の言いなりにならねばならぬのか、なぜ百姓はえらい人の言いなりにならねばならぬのか、という主婦の訴えに対して正しく答えられるものがどれほどいるのだろうか」(p214〜5)と宮本は問う。
これを読み、二年前の福島における原子力発電所事故を思い出さざるを得ない。
中央偏重・地方切り捨ての風潮は、日本の地方自治体が中央政府に財源を依存しなければならないという問題がまず原因としてあげられる。
地方自治体が財源を独自に増やそうとすれば、大企業を誘致することに目を奪われ、結果的に企業経営の意思決定が行われる大都市の意向に大きく束縛される。
高度経済成長のなかで、地域は植民地のような有様になり、地域社会全体が住民の意識を含めて自主性を失う結果になった。
原子力発電所を受け入れた過疎地は、まさにそれが東京に代表される「豊かさ」をもたらすものだと思われたからにほかならない。その「豊かさ」はホンモノではないと都会の原発に反対する人間が言っても、聞く耳は持ってもらえない。
だが、豊かな生活は、東京の生活スタイルを追うことからは実現はできない。
「しかし地方の人たちが胸を張って中央の人たちと対等に話ができるようになるためにはまず地方の人たちが自分の力を高め、それを評価する力を持たねばならぬ。おんでこ座の人たちの活動は、そういう問題につながるのではなかろうかと思った。そして期待した。」(p215)
おんでこ座に参加した人々は自然に酒やたばこをやめ、新聞やテレビなどにも心をy場われなくなった。なぜなら「太鼓を叩くことに集中すると、できるだけ雑音のはいらない生活がしたくなる」のだという。
テレビも新聞も見ないことで時代に遅れになるどころか、世界中を太鼓を叩いてまわるほどに有名になった、という。
観光のため衣装を見栄え良くして所作を派手にすること、それはかえって自分たちの創意工夫を失い、ものまねに陥ることを意味した。
成功する地域おこしは、住民が主体的に動くものでなければならない。しかし、現状では住民が自分たちの身近なものに価値を見出すことは難しくなっている。
宮本常一は、この本のなかで、地元の住民に自分たちの生まれて住んでいる地域の価値を再認識させるためには、よそ者を受け入れることが大切だということを示唆している。
おんでこ座が生まれたのは、各地を放浪してきた田耕という人物の熱意が不可欠であった。彼がいなければ、住民は伝統的な鬼太鼓の本当の価値に気付かなかった。
共同体が閉鎖的にならず、よそ者を受け入れること。それは古く一遍上人の例があると宮本は言う。放浪を事とした念仏僧たちは、民衆に念仏を勧め、「その結集の力によって現実の生活を守るようにもさせた。村落共同体の発達には念仏集団の力が大きく働いていたと見られるのである。」(p213)
そして、宮本常一も、地域の人々が自分の生まれた地域の価値を見出すための触媒になるような生き方をしてきたことが伝わってくる。

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