私小説中心の日本の近代小説が、小説にことよせて社会と人生を論ずるものになりがちだというのは、人間の認識を支配する言葉そのものを問い直す詩的創造の営みが乏しいことの裏返しである。
「そういう小説論に引きずられたのか、ほんのわずかにある詩論も、実は社会論と人生論にすぎなかった。それに引きずられるようにして、今の日本でいちばん人気のある詩人は、相田みつお」だと丸谷は言っている。
「僕もあれは詩ではないと思うけど、しかしみんなは詩だとおもっているんですよ。」
丸谷が相田みつおを取り上げて言いたかったことは、すなわち、日本人の多くは自分たちの生きている社会のしくみはしょせん変えられないというあきらめの上にたち、変わらない社会や人間関係の中で、自分の心持を変えることで精神的な平安を得る方が良いという「社会論」であり「人生論」が根強くあるということである。
そこには意識下にある言葉と生活の関係を問い直し、それを読者にぶつけることで、新しい言葉を発見して人間関係や社会を変革しようという意思がないということだろう。

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