「フジ・メディア・ホールディングスの株主総会にて」
歴史
1993年、細川元総理の「侵略戦争」発言があり、95年には村山元総理による8月15日の「村山談話」が出された。1931年から45年にいたる戦争を「侵略戦争」であると政府のトップが発言したことに危機感を抱いた人々が、「新しい歴史教科書をつくる会」を作り、「自虐史観」という言葉が生まれた。
しかし、問題は戦後の日本が朝鮮戦争を機会に、冷戦の中でアメリカを始めとした西側陣営に入ってアジアにおける「反共」の防波堤になることで、侵略戦争への責任を問われないままにその後の経済的繁栄を謳歌したことにある。
日本は、たとえば韓国と国交を回復したのが1965年であり、中華人民共和国と国交を結んだのが1972年。それまでに東南アジアと賠償交渉を行い、国交を回復はしたが、いずれも「援助」をひきかえに「侵略責任」の直接的言及を避けた。
多くの日本人にとってはいわゆる「戦争責任」や「加害責任」と向き合う機会がないままであった。言いかえれば、嫌なことは先送りしたまま冷戦の終結を迎えたわけである。
1990年代からの日本の経済や政治の「漂流」は、1945年にいたる戦争責任を直視できないのみならず、1945年から1989年までの日本の急成長と繁栄が、アジアにおける冷戦構造の上に乗っかったものであったこともいまだに直視できないという事実から生じているのであろう。
ところで、26日に、フジ・メディア・ホールディングス(株)の株主総会が、お台場のホテルで午前10時からあった。フジTVを中心とするフジ・サンケイグループの事業を統括する持株会社であり、去年「日本で初めての認定放送持株会社」となったという会社で、出版社の扶桑社も全額出資の子会社になる。
扶桑社は「減収」「営業損失が拡大」と株主への総会通知には書いてあったそうである。
扶桑社の減収と営業損失拡大は、もちろん「出版不況」が原因だとはいえるだろうが、そればかりではなく、新しい歴史教科書をつくる会の教科書が直接影響している。
実は扶桑社自身が教科書出版に乗り出してみたものの、肝心のその教科書があまりに「自虐史観」ならぬ、「自慢歴観」に傾き過ぎて、バランス感覚を失った教科書と自身で判断せざるを得なくなったようなのである。
この教科書は悪名だけが高くなって、各地の教育委員会の採択率が低い。事業としては従って赤字となり、「つくる会」代表の藤岡信勝・拓殖大学教授との間に確執が起こった。現在、藤岡教授が発行差し止めを求めて争っている。
扶桑社は今後2年間も発行し続けると通知しているが、それは「在庫一掃」のためと考えられる。教科書発行からは手を引くのが気持らしい。
月刊誌『自由』(自由社)の08年2月号では「日枝会長が時の安倍晋三首相からの依頼で3億円を出して扶桑社の子会社である育鵬社をつくり、教科書を出すことになった」とかかれていた。事実とすれば、扶桑社全額出資の育鵬社で、教科書事業を継続するとのことである。
株主総会においても、扶桑社の経営と歴史教科書についての質問が出た。それへの回答に日枝会長は直接は答えず、きわめて官僚的な答弁に終始したようである。ただ、質問者が質問し終わると、かなりたくさんの拍手があり、質問者自身が「ちょっと意外」に感じたという。
ちなみに質問者は、千代田区立九段中学教諭時代に行った歴史の授業が原因で都教育委員会から処分を受けて免職された増田都子さん。組合活動を理由にフジ・サンケイグループの企業を解雇された人とともに株主となって、株主総会に乗り込んだ。
「新しい歴史教科書をつくる会」にせよ、日本人が被害者だということを異様に強調した北朝鮮による拉致問題にせよ、一時の熱狂が醒めてようやくことの本質が冷静に判断されるべき時代がきたのかもしれない。
フジ・メディア・ホールディングスの経営者よりも株主の方が、まだまともな判断力のあるということなのかどうか?

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