益田勝実先生が2月に亡くなられていたことを新聞で数日前に知った。
この10年くらいはずっと病気療養されていたことは知っていた。でも別に直接の知り合いではない。にもかかわらず、「ちくま学芸文庫」の「益田勝実の仕事」全五巻は愛読書である。
もちろん、先生の古典文学に関する著書を論じるほどの知識はこちらにはない。
知り合いではないといいながら、実は先生が法政大学で教えられていたころ、ニセ学生として講義に潜り込んで聴講したことがあった。もう30年くらい前のことである。自分が卒業した大学の講義には、そんなに熱心に通ったことはなかったように思う。
この本は市販されていないのだが、法政大学の通信教育のテキストの「国語科教育法」という本があるが、さる図書館でこの本を読み、非常に感銘を受けた。
その中のいくつかの文章は、ちくまの文庫本の5巻目の「国語教育論集成」に収められている。この本を読むと、先生が1950年代から60年代半ばまで都立神代高校の定時制で教えたときの実践の様子がうかがえる。
「夜間高校生達は読めない、書けないのです。驚くばかり読めないし、書けないのですが、一向に痛くもなければかゆくもないのです。勿論話すことや聴くことについても別ではありません。」(「文学教育の問題点」)
その生徒たちが、言葉によって考えようとした小さな糸口を、ぐいと引っ張ってクラスの議論に持っていく、先生の授業の実践が良く分かる文章がこの本には詰まっている。しかも、それがよくある国語教育専門家としてでなく、同時に文学研究者としての文章になっているところも、ひとつの驚きである。
今回読み返してみて、随所に「国民文学」という言葉が出てきたのに気がついたけれど、これもまた1950年代前半の時代性なのかどうか、さらに詳しく読んでみたい。
ついでながら、先生が神代高校定時制の卒業生を中心メンバーとする「サークル・いしずえ」の人々と参加された、調布・飛田給の日米行政協定道路闘争のこともちょっと調べてみたい。

3