歴史家のアーノルド・トインビーは、1950年代に21世紀の戦争が、共産主義対資本主義ではなく、キリスト教対イスラム教の争いになると予言しました。
彼によれば、西欧諸国、とりわけアメリカが世界中を支配下におさめて、史上最大の「帝国」になると決め、今はその野望をソビエトが阻もうとしているが、ソビエトには宗教も信仰もなく、彼らのイデオロギーを支えるものが何もないといいます。
彼によれば、歴史を動かすのに重要な要素は「信仰」である。最後に力を発揮するのは、イスラム教の信仰であろうという見たてだったそうです。
もう3年くらい前に出版された「エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ」(ジョン・パーキンス著 東洋経済新報社)という本があります。
アメリカのスパイ組織といえば中央情報局(CIA)が有名ですが、国家安全保障局(NSA)はさらにその実態が謎に満ちた、最大規模のスパイ組織です。
エコノミック・ヒットマンとは、まさにこのNSAの密命を帯びたスパイということなのですが、彼らは別にアメリカ政府からお金を得ている訳ではありません。
パーキンス氏は1960年代の初めに大学を卒業したごく普通の若者でしたが、さるきっかけからNSAにスカウトされます。しかし彼はその後、ある開発コンサルタント会社の民間人として長く社会人生活を送ることになります。
あくまでも「民間人」として、天然資源を持つ国の政治的エリート層に食い込み、世界銀行や米国国際援助庁(USAID)などの国際援助機関のシナリオに沿って経済開発計画を策定し、不正な財務収支報告書や、選挙の裏工作、賄賂、脅し、女性の斡旋、ときには暗殺を道具に仕事を進めます。
パーキンス氏は、インドネシアやサウジアラビアなどの産油国で、オイルマネーをアメリカの意向に沿った「経済開発」に振り向けるように政策を誘導する役割を演じてきたそうです。
エコノミック・ヒットマンの仕事は、途上国を経済開発を通じて債務漬けにして、牙を抜き、アメリカという帝国に依存しなくては生きられない国を作ることだといえるかもしれません。
その仕事を、あくまでも「民間人」として遂行するところが大切なわけです。
つまり、そういう道を選んだのもすべては各国の政治指導者が「自己責任」で選択した結果であるということになりますから。
パーキンス氏が、自分のエコノミック・ヒットマンとしての活動をすべて本にして明らかにすることを最終的に決意したのは、2001年の9月11日の出来事に遭遇してからのことでした。
トインビー氏の21世紀の戦争は、「キリスト教対イスラム教」の争いになるという指摘をパーキンス氏に教えてくれたのは、1970年代のインドネシアの女子大生でした。
こう書くと、いかにもトインビー氏の予言はピタリと当っていたという結論になりそうです。
しかし、この本を読めばいわゆる「イスラム過激派」なるものは、サウジアラビアやイスラム革命前のイランに代表される、超保守派のイスラム教派とアメリカ的経済開発の結合によって生まれた「鬼子」であったことがよく分かります。
まだ若いパーキンス氏が「イスラム教対キリスト教」の戦争を回避するにはどうしたらいいのかと質問したら、インドネシアの女子大生はそれはアメリカが強欲でなくなることだと答えました。
「たくさんの人が食べ物がなく飢えているのに、あなたたちは車に使うガソリンの心配をしている。飲み水がなくて赤ん坊が死んでいるのに、ファッション雑誌で最新の流行を追っている。」たくさんの人が貧困の海で溺れているのに助けを求める人たちの声を聞かずに、現実を訴える人に過激派とか共産主義のレッテルを貼り付ける。
虐げられた貧しい人たちを隷属に追いやることなく、心を開いて考えなければならない。
「時間の猶予はもうあまりないわ。考え方を変えないと、あなたたちは破滅よ」。
つまり21世紀の真の対立軸は、「貧困の現実を直視する人たち」対「貧困の現実を訴える人たちに『過激派』のレッ テルを貼る人たち」ということなのでしょう。

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