Kirokuroの毒吐き空間

鳩山政権、こりゃ駄目だな。

 
不思議な生き物図鑑

生物名:ノーシャ
学名:キョーモタムラデタダボンヒロイ
生息地:神田神保町、秋葉原など
鳴き声:「ドートクドートク、チテキセージツ」
特徴:野Qの生き霊が野Qのマウスパッドに憑依して誕生した現代の妖怪。

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投稿者:佐藤 俊
それではなぜ喜六郎さんは「木村さんは新自由主義者である」とお考えになるのか、その理由をお聞かせください。木村さんのどのような発言をもって、木村さんを新自由主義者であると判断されたのでしようか。
それとも木村さん自身が、「自分は新自由主義者である」といわれたのでしょうか。
投稿者:kirokuro
「新自由主義はすばらしい思想だ」と称揚してないから、木村さんは新自由主義者では無いと仰いますか…
無茶苦茶いいますね。
これ以上、こっちから言うことはありません。
言っても無駄だから。
投稿者:佐藤 俊
いつ木村さんが「記者クラブ制度を論じ」られ、制度を擁護されたのでしょうか。

>新自由主義に反します。
であれば、木村さんは「新自由主義者」ではないのでは? それならば仮に「記者クラブ制度擁護」を主張されていても、とくに矛盾してはいません。
木村さんは「教育の自由化」を、「政治は教育を管理すべきではない」という考えに基づいて「政治は教育に金だけ出して口は出すな」と主張しているのであって、新自由主義の立場から「教育を市場として自由化すべき」と主張しているのではないのです。
そもそも、木村さんが新自由主義をいつ標榜されたのでしょうか。木村さんが「新自由主義はすばらしい思想だ」と賞揚していて、しかし新自由主義と矛盾することをいえばそれは矛盾であり批判すべきでしようが、わたしは木村さんが新自由主義を絶賛しているのを見たことはありません。
投稿者:kirokuro
新自由主義というのは、政府の機能を最小限にして、市場原理を導入して市場の均衡(神の見えざる手)によって社会的安定を得るという思想です。
だから新自由主義的な立場から記者クラブ制度を論じれば、記者クラブ制度廃止しても「神の見えざる手」によって市場は安定するということになります。

あと教育問題についてですが、「經濟的問題は、學費を拂へない家庭に政府が直接補助金を出せば解決する」という主張は、新自由主義に反します。なぜなら新自由主義は福祉を否定しますから。
新自由主義にとって経済格差・教育格差は「自由の帰結」であり「是」なのであります。
投稿者:佐藤 俊
「政治と報道の峻別」を主張されているのは木村さんではなく喜六郎さんです。だからわたしは「政治と報道の峻別」は「法と道徳の峻別」とどう関係があるのか喜六郎さんにうかがっているのです。
それと、木村さんは記者クラブを擁護されているのでしょうか? わたしは木村さんが「記者クラブ」について擁護あるいは批判をされたことは寡聞にして知りませんが、木村さんがなにも言っていないのに、批判を加えることはできません。
これはわたしの意見ですが、ジャーナリズムと市場原理は相容れない部分があります。「報道」は、商品としてのみ価値があるわけでは無いからです。「視聴率競争」「購買部数競争」とはまさに「報道の商品化」でありますが、記者クラブ制度にしろ、欧米で行われている登録記者制度にしろ、規制がなくなれば競争はますます加熱し、「報道」に名を借りた「覗き見」を止められなくなる。そのようなパパラッツィジャーナリズムにおちいったマスコミは政府や国民の信用を失い、「峻別」ではなく「乖離」が起こってしまう。そもそも記者クラブ制度を廃止したところで、政治とマスコミの質が向上しない限り政治と報道の癒着は解消されず実質的に「記者クラブ」は存続してしまう、そこへさらに、記者クラブ「制度」によって防がれていた報道ギャングが押し寄せることにより政治報道全体の質も下落する可能性もある。市場原理はマスコミの、そして政府の質を向上させはしないのです。
また、木村さんが「学校は全て私立にすべきだ」といわれているのは「政治を教育から排除する」のが目的であって、「經濟的問題は、學費を拂へない家庭に政府が直接補助金を出せば解決する」ともいっています。市場原理によって学校を競争させろ、といっているわけではありません。
あと「法と道徳の峻別」は『「法と道徳の峻別」を叫んでいる連中が峻別できていない』と批判しているのであつて、木村さん本人が主張しているのではないようですが。
投稿者:kirokuro
>佐藤さん
ご意見拝読させて頂きました。
「法と道徳の峻別」とか「政治と教育の峻別」とか提唱してるのは、私じゃなくて木村貴さんなんだから、それは木村さんに聞いて下さい。むしろ私が聞きたいくらいだ。

規制緩和をして市場原理の導入を図れ!というのが、木村氏が礼賛する市場原理主義というやつです。
だったら、特定の報道機関のみが参加でき、それ以外を締め出す「マスコミ規制」である記者クラブ制度を廃止して(規制緩和)市場原理を導入を図れというのが筋なんじゃないでしょうか?
記者クラブ制度廃止に限らず、あらゆる改革には必ずメリットとデメリットが伴います。
木村氏が提唱してる「公立学校を廃止して私立のみにせよ」にしたって、教育格差・地方格差の拡大による格差の階級化というデメリットが生じる可能性があります。
で、木村氏は「それでいいではないか」と仰ってるんですから、記者クラブ制度廃止も「それでいいではないか」ということになりますね。
投稿者:佐藤 俊
「記者クラブの廃止こそが「政治と報道の峻別」につながる」とのことですが、記者クラブが廃止された韓国で「政治と報道の峻別」が進んでいるようには思えません。
それに、記者クラブが廃止されると、政治に対して大手マスコミのみが取材可能になって中小は大手の後追いしかできなくなり、政治と特定のマスコミのみが結びつくことで癒着がさらに進行する、もしくは記者クラブという情報源が無くなったことによりそれこそ「競争原理」によって報道各社の取材合戦が今以上に過熱化し、個人のプライバシーまでもが暴かれるような、マスコミのカストリ化が深刻となる、というように、「報道の腐敗」がかえって深くなってしまう可能性もあります。
そもそも、「法と道徳の峻別」と「政治と報道の峻別」にどのような関連性があるのかがよく分かりません。この点もくわしく説明していただければさいわいです。
投稿者:kirokuro
コメントありがとうございます。
本題の「政治と報道の峻別」をスルーされたのが残念ですね。
リバタリアンを気取るんだったら、まずは報道の現場にこそ競争原理を持ち込め!と言ってもらいたかったです。
投稿者:匿名希望
喜六郎様

気にされることはないと思います。「誤読する読者がいても仕方ありますまい」とか、あの男は書いていますが、どう見ても、奴の「誤読」は「ためにする意図的(あるいは確信犯的)誤読」です。とにかく他人を攻撃したくてたまらないのでしょう。こういう人間には、相手にする価値などありません。仲間うちで神保町あたりでオフ会でもさせておけばいい類の人種です。

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