今日は、娘の運動会だったんだけど、朝の早くから雨が降り出して、そのまま続行したから、子供達は、ビショビショ、グチュグチュ ドロドロ、シートも、悲惨な状態になってしまいました。もう、泥水の水溜り状態になりました。
涼しい日だったらいいなって思ってたけど、涼し過ぎ・・・・寒かったです。
私は心配性なので、競技に出る時間以外は、屋根のある所に避難させてあげたらいいのに・・・・ってずっと思っていました。
話しは飛ぶんだけど、OCDの割合って、2パーセント前後って言うから、確率的にいえば、運動場にも何人かいらっしゃる可能性があるって事だよね?
みんな見た目は、元気そうに見えるんだけど・・・・内心こんな泥んこになってたら
「キャーーーやダーーーー」
って なっている人もひょっとしたらいるのかな?。
運動会はそれなりに楽しんできたんだけど、よくこういう人の集まる場所で、ある時間、フト我に変える事があるんです。その場とは違う世界から、自分を眺めてしまうというか、そんな感じです。
娘が出る競技以外は、あんまり興味がないので、そんな時に、自分の世界に浸っていました。
私は大人しそうだけど、本当は
「強い人」とか「芯は強いとこを持っている」
とたびたび言われる事があるんです。でも自分では
「強くないよなぁ。 すごく気が弱いし、すぐくじけちゃうよなー、追い詰められやすいし」
って思っていました。また、いっぱい色んな事こなしていると、
「何でもできるんだ。もう安心だね」
とさまざまな場面で、こんな見られ方をしてきた事も多いんです。
私は、いつも内心そうではなくて
「私は何でもできるんでなくて、本当はいつも全くそれとは正反対な心の状態で、過ごしている事の方が多かったんじゃないかな?? 出来ているのではなくて、内心すごく心は追い詰められているんだけど(停滞する自分は嫌・・・進んでいかないと・・・というその思いだけで)不可能を可能にしていってるだけ・・・そんな感じかなぁ」
と思います。
だから、表面上の「出来ているという結果」だけで、見られ、心配してもらえない事が多くて、寂しい思いをよくしていました。
私がカウンセラー続けていく上で、表面的な「頑張れている状態(結果)」だけで、その方の状態を見ていくのではなくて、奥の奥にある心の状態に目を向けれるようになっていきたいです。
表面上の事実で私が安心して、カウンセリングを突進めてしまうと、その方の本来の奥の苦しさや状態を見逃してしまうかもしれないから、(それって追い詰めてしまうことに繋がるかもしれなから)気をつけたいです。
「このままでは、死ぬわけにはいかない、このままで人生終わらすわけにはいかない」
辛い時に、よく思っていた事です。
私は、母親に
「エリートでいる事」
を当たり前のように育てられてきたから、 上記の思いを強く持つ事が出来る人になったのかもしれません。・・・・なんだかそんな気がします。

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