2019/4/14 | 投稿者: 中田雅喜

長い・・・あまりにも長い旅だった。
娘がこの悪魔の機械Switchと悪魔のソフト「ゼルダの伝説Bow」を家に置いて行ってから、まる一年・・・

まる一年かかるゲームって何!?

もともとアクション系は苦手な私だったが、ついにすべてのコログ(900個!)を発見し、冒険100%を達成した。
どうしても出来なかったのはマスターモードの「剣の試練」だけ。(ノーマルモードではクリアーしてる)
すべての祠を征服し、すべてのモンスターを倒し、メダルも鞍も手に入れ、すべてのイベントに参加した。
もはや厄災ガノンなど問題外!
最後に残ったのが、コログで。これはもう・・・

コログ500個までは自力でたどり着けたが、600個を超えるあたりからは攻略サイトが無ければ見つけられなかった。たとえ見つけてもクリアーは大変だった。
私にとっての難易度は、
【剣の試練(マスターモード)>>>コログ100%>>流鏑馬>盾サーフィン>ライネル>>>>>ガノン】だった。
つ、疲れた・・・

最後の一匹を見つけたら、ウ〇コみたいな役に立たないものを貰える。
せめて特別な技とか武器とかにしてほしかった。
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こんな悪魔のゲームは「DQ1,2,3,4,5」以来で、「プリンセスメーカー」もここまでじゃなかった。
「私の貴重な人生の時間を返せ!謝罪と賠償を請求する!」とニンテンドーを訴えたい。

冒険100%のために、映画もアニメもすべてが後回しになった。何も見る気が起こらないほど消耗した。
まさに毎日が旅と冒険だった。この冒険こそがアニメであり、映画だった。
大傑作の名作中の名作なゲームである。−−おすすめ!!
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2019/4/1 | 投稿者: 中田雅喜

冬物と春物で部屋がぐちゃぐちゃだ。そうこうしているうちに植え替えシーズンが始まってしまう。−−−あああああ!
とりあえず花見www


〇『ペンギン・ハイウェイ』(2018/石田祐康)――脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)。原作:森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』。制作:スタジオコロリド。119分
面白かった。理系少年の思春期、ファンタジックで切ない初恋物語。・・・と褒め称えてあげたい。
しかし私は原作を先に読んでしまった。あまつさえ『太陽の塔』まで読んでしまった。だから甘酸っぱい初恋物語などではないと分かってしまった。

主人公の少年はやたら自己評価が高く、自分中心に世界が回っている“万能感”の持ち主だ。自分は周りのアホどもよりもはるかに理論的で賢い、だから将来は偉い科学者になるに違いない、と信じている。――もう、ここからして妄想であるww
物語は―――、
【小学生の少年・青山クンは謎を見つけては毎日ノートに書き込んで世界を調査している。目下の関心事はお姉さんのおっぱいである。
“お姉さん”は謎の女性で、コーラ缶を投げてはペンギンに変化させる。突発的に街に出現したペンギンたちは、実はお姉さんが出していたのだと少年は気づく。しかし、お姉さんはいつでもペンギンを出せるわけではない。
お姉さんとペンギンの出現状況を調査しているうちに、少年はクラスのハマモトさんが密かに草原に浮かぶ謎の球体「海」を研究していたことを知る・・・】

舞台は現代っぽいのに、スマホどころかケイタイも無い。
ましてや唐突に出てくる「ジャバウオッキ」は、ちょうど40年ほど前に流行ったルイス・キャロルだ。それで、全部がアリスのような夢物語なんだなと思えた。
少年とお姉さんとの別れにうっかり感動する人も多いだろう。
しかし、これは妄想の“お姉さん”だ。つまり「海」はソラリスで、お姉さんが海を産んだのではなくて、少年の妄想が海を(お姉さんさえも)産んでいるのだ。

かくて妄想少年は、大きくなって偉い科学者に―――、なれなかったwww
少年は日本一の“役立たず”大学に進学して、役立たずな職業に就くのだった。
この少年の大学生活を描く『太陽の塔』では、彼は相変わらず妄想を繰り広げている。しかし万能感はすっかり失われてしまい、彼は高すぎる自己評価と現実とのギャップに苦しみ、認めたくない劣等感にさいなまれる。
それでも彼は妄想する。彼女のすべてをwww
『ペンギン・ハイウェイ』と『太陽の塔』とは同じ物語なのだ。(そういえば太陽の塔ってペンギンぽいね)

アニメは構成もセリフも、原作に忠実に作られている。
追いかけごっこや海の中に閉じ込められた科学者を救出するペンギンたちの活躍など、小説をよく視覚化しているので分かりやすく楽しい。
が、原作ではハマモトさんはもっとクールで知的な美少女だ。そうでないと鈴木君が主人公を敵視してイジメまくる理由に説得力が無い。
美少女が側にいても(妄想の)お姉さんにしか興味が無いという部分を強調してほしかった。アニメではただの女の子に成り下がっているので、そこだけが不満だった。
先に小説を読んではいけない。アニメだけを見て感動すべき良作。

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非モテ男子の共感を呼ぶ(?)おっぱい作品だ。
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2019/3/31 | 投稿者: 中田雅喜

いきなり春になった。
かと思うと冬に逆戻り。で、また春!
昨年の猛暑と酷寒の天候不順で、今年の桜はイマイチ綺麗に咲きそろってない。それはうちのマンションのキンカンも同じで、絶不作だ。

色はついているが、硬くて甘みもなく、口に辛さがいつまでも残る。
仕方がない。
28日に、とりあえず収穫と剪定。
29日にキンカン酢とキンカン酒にする。夜にマーマレード用の皮むき。
30日はマーマレード作り。これが大仕事で台所に一時間半。5瓶ほど作ったが、やはり辛みが取れない。
よそ様に差し上げられるレベルではないので、すべて自宅用にする。
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ベランダの花も次々と咲き始めた。
ラナンキュラスに今年はおそろしくアブラムシがつく。
ヒラタアブちゃんが一生懸命食べてくれるので、薬をかけずに放置している。
花をきれいに育てるのは難しい。
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アブラムシだらけなので部屋に飾れないのが残念。
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2019/3/26 | 投稿者: 中田雅喜

やっと池袋の感想も最後になった。
感想書くのは難しい。自分が何に心を動かされたかを分析せねばならないから。自分が何故つまらないと思ったか、考えなくてはならないから。
だからこんなに時間がかかる。


〇『海の向こうの我が子』(2018/A・J・ヤキタ)――イラン。10分。
実写夫婦と線画アニメの息子との会話。切ない物語――、
【夫婦はどうやら海で幼い息子を亡くしたようだ。父親はそれを認めることが出来ず、壁の中の幻想の息子に食事や衣服を買い与え続ける。
妻は我慢できずに家を飛び出していくが・・・】
ラストは、妻は夫を理解しようとし、父親は現実を受け入れる。
すると実写と線画の立場が入れ替わり、実写の少年が登場する。親が壁の中の線画になる。もしかして死んでしまったのは親の方ではなかったか?と思わせる。
まさに「彼岸」のこちらと向こうだ。
子供を持つ者なら誰もが共感できる作品。実写夫婦の演技も良かった。
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○『花咲く道 11歳』(2018/ニンケ・ドゥーツ)――ベルギー。10分。
今回の短編コンペティション中、最も毛色の変わった作品。少女の成長と葛藤を描く。
物語は――、
【幼馴染の少女二人は一方が怪我をすると、もう一人も自分で同じ傷をつけて感情を共有するほどの仲だった。
しかし一方の少女が少年に関係を求めるようになり、幼馴染の二人の心は離れていく・・・】
まさにリアルな少女たちの思春期の1ページを切り取った作品。
自然な成長と別れ。誰も悪くはない。
生々しくなりがちな内容を、乾いた紙人形のようなアニメーションで描いている。
ラストで二人の心は離れたままに終わってしまうので物足りなさは感じたが、無理にまとめないところが良い。
私も思春期のころはそうだったか? そうか・・・そうだったな・・・
遠い昔に思いを馳せた。とても共感できる作品。
♪少女だったと〜いつの日か〜想う時が来るのさ〜〜♪
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全体的に技術の進歩は目覚ましい。しかしやはり低調なのは確か。作って応募すれば上映してもらえる可能性が高いのも確か。
来年に期待したい。
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2019/3/24 | 投稿者: 中田雅喜

新千歳ではあんなに毎回拍手喝采だったのに、池袋では心が躍ることは無かった。
それで何か欲求不満になって、ここ三日ほど『JIN-仁』第一部,第二部(2009〜2011)を一気に見直している。
恥ずかしながら『JIN-仁』は、私が涙した唯一のTVドラマである。その優れた脚色と熱のこもった演技に泣いて、少しはストレス解消できた。
――ところで私は『JIN-仁』の何に感動したのか?
主にそれは「ひたむきさ」だろう。主人公だけではなく、彼らは「国のため、道のため」寝食忘れて医療の発展のために打ち込んでいる。

ところが今は「全部、世の中が悪い!」と文句たれる人間ばかりになってしまった。
今回の短編アニメを観ても、「孤独」とか「閉塞感」を打ち破ろうとするエネルギーに欠けている。(そんなエネルギーさえも現代社会は奪ってしまった、と言いたいのだろうけど)
新千歳では、理不尽な体制に立ち向かう人たちが描かれた作品が何本もあった。だから私は感動したのに―――。


○『もやもや』(2018/エリーズ・シムリン他)――フランス。6分。
映像はとても良い。CGなのに、コマ撮り人形アニメ的な表現を残している。もはや技法に境界はなくなったようだ。
物語は――、
【悪意がもやもやとわき上がる主人公は何かを欲しがっては他者を殺してしまう。そんな主人公が光の心を持った者と出会うが・・・】
キャラの好感度は高いが、いかにもキリスト教的な作品。
善は神によって与えられる。人の知性でも内省でもない。自分を進化させずに外部からの“神の光”を待っている。
仏教や禅宗的なら、主人公の内面の光が輝きだすシーンで終わるだろうに。この作品では他者から得られた光を取り入れるラストになっている。
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○『箱の中』(2018/ドゥシャン・カステリク)――スロベニア。12分。
50年前の作品だと言われても納得するくらい、男性は百年一日のごとく、さも人類の代表のような顔をして同じ悩みを訴え続けている。
物語は−−、
【箱の中に詰められた老いた者たち。若い一匹だけ脚が自由になって箱から飛び出していく。残された者達は・・・】
解説者が「蜘蛛の糸」をイメージしたと話していた。つまりは上層部から救われる話。この蜘蛛の糸は切れない。一匹脱出するがその先は描かれない。作者の視点は脱出した者ではなくて、残された箱の中の者たちにある。
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道徳も進化も救いさえも、すべてを上層部の「神」に与えてもらいたい。もはや今の神では、社会は限界にきた。だから別の“新たな神”を待っている・・・。
残念ながら、そんな“タナボタ待ち”な作品に感動は出来ない。心に響かない。

いつも思うが、支配からの脱出や孤独や苦悩は、たいてい男性キャラで語られている。
もう「人類代表ヅラ」は止めましょう。神が限界にきているのではなくて男性社会が限界にきているのだ。
自覚してくれ。
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2019/3/21 | 投稿者: 中田雅喜

今回は日本の作品がさっぱりだった。ただ可愛いだけ・・・。
「何でこれを選んだの?他になかったの?」と問いたいほどだった。

貧富の差が激しく、面と向かって異論を唱えると粛清されてしまう国ではアニメでしか訴えられない苦悩が山ほどあるのだろう。しかし日本では政府批判のデモも創作物も許される。とりあえず衣食住にも困らない。
バブル期に温室の苦しさはあったが、「盗んだバイクで走りだす」行動も今日では“犯罪”だと切り捨てられる。甘えだ自己責任だと他者を責め続けながら、徐々に冷えていく温室の中で“何か大きな一発”を待っている状態だ。

壇上の解説者の方々も、「日本では、果てしなく進む新しい技術を習得するのに精一杯で、創作のエネルギーまで回らないのではないか?」と話していた。
日本は次のテーマが見つからない“お題待ち”状態なのかも知れない。
だとしても、ただ可愛いだけのアニメを見せられても困る。確かに「カワイイ」は日本特有の武器ではあるが―――。
日本の出品三本の中で心に残ったのは下記の作品だった。これは昔ながらのコマ撮り人形アニメだ。


○『マイリトルゴート』(2018/里見朝希)――日本。10分。
作者は昨年藝大大学院を修了した。これは卒業制作として作られたもの。
一見、可愛い人形アニメだが・・・。物語は――、
【お母さんヤギが狼の腹を裂いて七匹の子ヤギを助けるシーンから始まる。
子ヤギたちはすでに消化され始めていて、六匹しか見つからない。母ヤギは長男ヤギ・トルクを探し、なんと人間の子供・タツキを浚ってきて、「トルクや、どこに行ってたの?」と家に閉じ込める。
そこにタツキの父親がドアを破って助けに来る。「お父さんから離れちゃダメじゃないか!」とタツキを抱きしめる。が、父親の正体は実は狼であった・・・】
まさに時代を反映している作品。
母親は子供を取り込んで私物化し、父親は暴力で支配する。日本の“新しいお題”は「児童虐待」であったか――!?

腹を割くシーンから始まる演出も映画的で、テンポも良く、説明は最小限に抑えられて10分間の中に難しいテーマが詰め込まれている。
また、深刻な話なのに愛嬌がある。消化されて半分溶けた次男ヤギが変にリアルというかゾンビ調というかww。その溶けた顔を隠すためタツキは自分の白いフードを掛けてやる。そのタツキの腕にはすでに虐待された跡があるのだ・・・。
母性も父性も狂ってきている。それはいったい何のせいで?
この作品はその「何か」に対して警鐘を鳴らしている。
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2019/3/19 | 投稿者: 中田雅喜

眩暈が激しくて、休養している。
池袋の人混みに行った後は必ず風邪気味で寝込んでしまうので、いつものことかと思っていたら長引きすぎ。
それで病院で精密検査してもらったが、眩暈の原因はよく分からない。

池袋のアニメフェス、感想続き。
とりあえず忘れないうちに短編の中から印象に残ったものの感想を書いておく。


〇『一人ぽっち』(2018/ファン・ユンシアン)――台湾。15分。
物語は――、
【線路際のバラックで生活している老人は息子からも見捨てられ、政府から立ち退きを迫られている。
網戸の張り替えの仕事で一日外回りをするが誰も老人い関心を持たない。昔の栄華を残す天后宮で老人は幻想を見、そして消えていく・・・】
社会にも子供たちにも恨み言を言わず清貧に過ごし、捨てられた網戸を通りすがりに張り替える姿はとても日本人的だった。
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〇『金魚』(2018/フィッシュ・ワン)――台湾。17分。
物語は――、高齢化社会で未来が見えずに窒息しそうな若年層を描く。
【寝たきりの高齢者集団が街の支配者で権力者だ。彼らを養うために若者たちは搾取され続ける。
少年たちの夢のエネルギーは吸い取られ巨大な化け物金魚となっていく・・・】
昨年のTAAFでは、高齢者の認知症に寄り添うという作品が目立ったが、今年は「老人は生きていても死んでいても若者にとって厄災である!」と、完全に「人類の敵」扱いの作品が多く、印象に残った。
確実に時代を反映しているなあww 
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〇『ハリー』(2017/ジョウ・ハオラン)――中国。7分。
物語は−−、やはりこれも未来が見えず、使い捨てされて疲弊する人々を描く。
【使い捨てされると分かっていながらも、社会を変えていくエネルギーはすでに無い。夢さえも疲弊する。
ルーティンワークで働き続ける青年は、集団に呑み込まれてアイディンティティを無くしてしまった。
せめて心は自由になりたいと夢想する。年老いて社会から捨てられたとき、その心はトビウオとなり空に昇って行った・・・】

みなが平等に幸せになるはずの共産主義だったが、貧富の差が激しく、しかも体制への批判は許されない。
古い文化は彼らの手で破壊してきたので、もはや心の拠り所さえ無くしてしまっている。
人々は豊かな暮らしを目指して働き続けるが、急速に少子高齢化社会が進む中国では、人口ボーナスを迎えていた日本の高度成長期のような明るさは無い。
時代を作ってきた高齢者が社会からも子供からも捨てられ、そして老人を見捨てた若年層も出口のない世の中で窒息していく・・・。
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反逆したところで未来はいったい?どんな未来が?若年層はそのビジョンさえ持てなくなっている。何もない――。老人にも若者にも何もない。
しかし、何かあったはずだと思いたい。それは幻かもしれないけれど。
苦悩の中国勢の作品群だった。

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2019/3/16 | 投稿者: 中田雅喜

やっと確定申告も終わったので日記が描ける。(ハアハア・・・)

3月8,9日と「池袋新文芸座のTAAF2019」へ。
通しチケットを買ったので、コンペティション部門の全ての作品を見ることが出来る。短編は全て鑑賞できたが、長編は四本のうち二本だけ見た。
政治問題を取り上げた『アナザーデイオブライフ』(2018・ポーランド)、韓流スターが声を当てて満席だった『捨て犬』(2018・韓国)は、時間が合わなくて見逃した。
で、残りの二本だが・・・、もしかして私はハズレだけ見たのかもしれない。
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○『パチャママ』(2018/ファン・アンティン)――仏映画。72分。
物語はーー、
【大地の神「パチャママ」を崇めるアンデスの村はインカの支配下にあり搾取され、パチャママの御神体まで奪われた。またインカ帝国もスペイン人に攻め滅ぼされる。村の少年少女は御神体を取り返そうと立ち向かうが・・・】
キャラクターの好感度は高いが、ただそれだけ。
スペイン王を悪者に仕立て上げ、パチャママの霊力の前に怯えて去っていくクライマックスなど、もう子供だましとしか言いようがない。
侵略者から伝統を守るという全く同じテーマのトム・ムーアの『ブレンダンとケルズの秘密』(2009)はもはや芸術。しかし『パチャママ』は子供だまし。『ブレンダン』の株を私の中で最高値にまで上げてしまった作品。


○『キャプテンモ−トンと蜘蛛の女王』(2018/カスパル・ヤンシス)――エストニア映画。80分。
例によって家に寄りつかない父親と息子の成長を描く。
語りつくされているものを描くには特別な何かが必要なのに、この作品にはそれが無い。
物語は――、
語るも面倒。すべて少年の心の世界の戦い。
しかも現実のラストに少年は、父親と彼女と黄金を手に入れてハッピーエンドという・・・。もう援護しようもない子供だまし。
悪役の継母も定型すぎて新し味が何もない。しかもダラダラと長い!
同じく幻想の中の父親探しを描くにしても、ティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』(2004)がいかに才能にあふれていたかが良く分かる作品。
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二作とも、子供向けに作られてものだろう。
しかし子供をバカにしないでいただきたい。ご都合主義なハッピーエンドではシラケけてしまう。子供はどうにもならない現実をちゃんと見ている。
今年は全体的に低調だったが、特に長編はこの二本を見る限り、どうしたの?って感じだった。
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2019/3/9 | 投稿者: 中田雅喜

「漫画の手帖」のイラストエッセイ脱稿後、猫柳さんの「高畑勲」同人誌のイラストエッセイにかかっていた。
それもやっと脱稿。

ともかく池袋・新文芸坐へ。猫柳さんは当然来ている。一年ぶりに挨拶。
「東京アニメアワードフェスティバル2019」今年も空いてます。
https://animefestival.jp/ja/
新千歳と比べて作品の質が・・・どうもイマイチ感がぬぐえない。昨年と比べても低調。(逆に言えば、応募すれば上映作品に選ばれる可能性大)

長編は(二本しか見てないが)新しみが無く、内容も薄くてひねりも無かった。
短編はすべて見た。こちらも感心するような作品は少なかったが、それなりに時代を反映していた。
昨年は老人の認知症がテーマのものがいくつかあり、若年層が高齢者を理解しようとする内容だったが、
今年はもう・・・「老人は生きていても死んでいても、若者の厄災以外の何物でもない!」という切実な問題に直面激突している作品が多かった。
特に中国台湾の作品に未来真っ暗けを感じた。

アニメフェスの感想を書きたいが、放送大学継続入学の手続きや、確定申告の締め切りがあるので、雑用が落ち着いてからゆっくり・・・
(ハアハア)
何か多忙が果てしなく続いている・・・
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2019/2/28 | 投稿者: 中田雅喜

あまりにも多忙で・・・もうDVDも何も・・・
「漫画の手帖」のエッセイを書くために『桃太郎 海の神兵』(1945)を飛ばしながら見たのがせいいっぱいだった。

とにかく1月末の単位認定試験は二科目とも合格した。
合格してしまったので卒業してしまった。それに気がつかないで科目登録してしまったので、その記録の抹消や継続入学の手続きなどで手間取る。
古い実家も土地代以下で売り飛ばしたので、受け取る手続きや、地震保険の取り消しなど、事務手続きに追われる。

それが終わって、やっと「漫画の手帖」のエッセイに突入した。
テーマは戦時中のプロパガンダ映画について。
しかし、昔フィルムセンターまで行って観た『海の神兵』がデジタル修復版ブルーレイで見られるとは・・・。いい時代になった。
あとは李香蘭など。
ともかく締め切り一日遅れで2月27日に藤本氏に送り、OKを貰う。ハアハアハア・・・

つぎ−−!
猫柳さんに頼まれたエッセイに取り掛かる。『ハイジ』を見直す。二、三日中に描き終わる予定。
それが終わったら池袋新文芸坐のアニメフェスだ。もう一年たったか・・・早いなあ・・・。
それが終わったら、やっと確定申告に取り掛かれる。
もう気息奄々だ・・・
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2019/2/7 | 投稿者: 中田雅喜

多忙であった・・・
〇1月27日「日本の古代中世」単位認定試験。これは全滅。
〇1月31日「上田秋成の文学」単位認定試験。こちらは楽勝。

その試験勉強の最中に娘からやっとこさ正社員になれたとの報告。
〇2月1日、お世話になった家族会の方に連絡。広報部にお礼の挨拶に行く。
〇2月2日「家族会」でお礼。

この試験勉強などでドタバタしている間に、関西の実家が売れそうだと不動産屋から連絡。
買った時の四分の一の値段で激安状態にしてやっと売れた。これで娘に負の遺産を引き継がせずに済む。

〇1月28日、不動産屋から書類の説明。ハンコを押す。
〇2月3日、母から相続した時に見たっきりの権利書など、もろもろの書類が必要だと言われる。試験勉強で何も片付いてない部屋を掘り返して発掘。やっと書類を揃える。
〇2月4日、印鑑証明を取りに行く。
〇2月5日、原宿まで出向いて司法書士事務所で契約。

〇2月6日、「漫画の手帖」藤本さんから締め切りの連絡。
いやまだ心の準備が・・・。
ひっくり返ってる部屋を呆然と眺めて、どこから片づけていいのか分からない。

〇2月7日・・・ なんか花粉が飛んでそう。しかし医者に行く気力なし。
脳ミソがものすごく疲れて、ここ三日ほど続けてチョコレートをバカ喰いしている。
ハア・・・ハアア・・・

ちょっと身も心も休ませてください。ああ・・・年取ったナア・・・




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2019/1/26 | 投稿者: 中田雅喜

いよいよ明日が単位認定試験だが、「日本の古代と中世」・・・これは無理!
放送授業は日本各地の遺跡を巡っていてたいへん興味深い内容なのだが、テスト内容は入試のように人名と年号の暗記ものだった。
それも「いい国作ろう鎌倉幕府」などというレベルではない。
まる一か月繰り返し教科書を読んだが、10代で全く日本史を勉強しなかった報いと、さすがに年齢的に丸暗記は困難なので、このテストは落とすしかない。
とにかく明日、行ってくる。

もう疲れたので「ゼルダ」に逃避する。
娘と正月に観たDVD5本目。舞台となる森が、まったくのリアル「ゼルダBOw」だった。


〇『きつねと私の12か月』(2007/リュック・ジャケ)−−脚本:リュック・ジャケ。96分。仏映画。
童話である。少女とキツネとの恋の物語だ。
自然保護がどうのとか、キツネを擬人化してセリフを吐かせたりしないところが良い。
見どころは、その舞台となった森の自然。巨石の上の水たまりでぴょんぴょん跳ねる捕まえきれないほどの蛙たちは、まさに「ゼルダBOW」だ。
娘は「いったいどうやって撮ったんだろう?」と終始キャメラを考えていた。
夫は「子飼いで調教した狐だ」と言うが、メイキングを読むとそうではないらしい。繰り返し見ていると少女とキツネのツーショットが非常に少ない。個別にとって編集でつないである。

・・・などと、そんな余計なことを考えないで純粋に、自然の中で少女がキツネに恋した物語として楽しんでもらいたい。
取り急ぎ、おすすめ!

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フランスの野山の自然の撮影が見どころ。
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どうやって撮影したのか?野山に移動撮影のレールを引いたのか?それとも狐をドローンで追いかけたのか?
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2019/1/17 | 投稿者: 中田雅喜

単位認定試験10日前。お尻に火が付いてきた。歴代天皇名が全く覚えられないので苦戦している。

テストが無ければ「日本の古代・中世史」は面白い。それは謀略と暗殺の血で血を洗う皇位継承争いだ。
繰り返される親族間の婚姻。いとこ同士はもちろん叔父姪の婚姻は当たり前だ。天皇家に自分の娘を押し付ける摂政関白太政大臣の藤原一族もまた地位財産を守るため親族の中での婚姻を繰り返している。
平城・平安期でもこれだから、古代では兄妹・父娘の婚姻は普通だったろう。これじゃ虚弱体質や障がいで夭折する皇子が多かったのも仕方ない。


〇『ロバと王女』(1970/ジャック・ドミュ)−−−原作:シャルル・ペロー『ロバの皮』。音楽:ミシェル・ルグラン。89分。
正月に娘と見たDVD4本目。
御伽噺である。
【王妃を亡くした王が王女である自分の娘と結婚しようとする。
王女はとまどい守護妖精に助けを求める。妖精は王女にロバ皮を着せて村の家畜小屋で働かせる。
しかし王女がロバ皮を脱いで光り輝くドレスを着ているところを隣国の王子に見初められ・・・】あとは定番通り。
日本の昔話にもある「鉢かつぎ姫」と同じく、「美しい娘は正しい相手が現れるまで醜い外見で身を隠さなければならない」という物語。
妖精がわざわざ「父親と娘は結婚してはいけない」と王女を諭すところが意外と新鮮に感じられた。

見どころは音楽とファッションと美術、CGが無い時代の特撮だ。
美術に稚気があり、〈その他大勢〉は国別に顔を青・赤・白に塗り別けられたり、王女のドレスも青空を合成したり少女漫画のように光り輝いたりする。
王子の注文でケーキを作るさいに分身するとか、妖精はヘリに乗ってやって来るとか(うちの娘はヘリのシーンに驚いていた)等々・・・理屈に縛られないアイデアが楽しい。
王女はカトリーヌ・ドヌーヴ、セクシーな父王はジャン・マレー、妖精はデルフィーヌ・セイリグで、配役も文句なし。
ぜひともデジタルリマスター版でこの御伽噺の意匠を堪能してもらいたい。

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分身の術でケーキを作る
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ロバ皮が滑り落ちると中から太陽のドレスが・・・
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妖精はヘリに乗ってやって来る
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ジャック・ドミュ監督作品は『シェルブールの雨傘』ばかり日本で有名だが、むしろ楽しい物語が面白い。色彩もデザインも素晴らしい『ロシュフォールの恋人たち』『ロバと王女』がお勧め!
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2019/1/10 | 投稿者: 中田雅喜

TVがお茶の間になかった時代、家族団欒の娯楽は映画館だった。

感動するドラマがあるのも映画だが、当時人気のコメディアンが登場してアホをやってくれる。それを見て庶民は笑う。そういう映画の作り方もあった。
心理ドラマや映像の美しさが信条のベルイマンやフェリーニのヨーロッパ映画から入った私には《宴会芸がクライマックス!》という邦画を見て、かえって斬新に感じたりした。
物語は重要でなくても構わないのだ。
TVの無かった時代の映画はバラエティーでもあった。劇場でしか見られないコメディアンの芸を見せることも家族連れへのサービスだった。


〇『まらそん侍』(1956/森一生)−−脚本:八木隆一郎。原作:伊馬春部。白黒。90分。(私の手元のものは86分しかないが・・・)
ラジオドラマで人気を博した伊馬春部の放送劇を八木隆一郎が脚色したもの。
実際に「遠足(とおあし)」というマラソン鍛錬に精を出していた藩があったそうな。このマラソンを題材にした真面目なドラマはこの2月に佐藤健主演で『サムライマラソン』として公開されるそうな。
しかしこの勝新太郎版はいっこうにDVDになってくれない。放映もされない。もしかして大泉滉の《明らかに脳に障がいある走り》が放送コードに引っかかる?ww

物語は一応ある−−−。
【若侍の勝新太郎と夏目俊二がお姫様の恋を争ってマラソンで勝負する。そこに黄金のキセルを盗み出そうという盗賊団が絡まって来る。】
しかし、このスチールを見る限り物語は二の次のようだ。大泉滉がトップ。勝新は二番目、次がトニー谷で、恋のライバルの夏目俊二など重要ではないらしい。
大泉滉の走りや、トニー谷や旭輝子の唄をただただ楽しめばよいという、そんなバラエティー番組としての映画だ。

娘は正月には『鴛鴦歌合戦』を繰り返し見ていたのだが、今年は『まらそん侍』を見せた。
黄金のキセルのエピソードが終わるとトニー谷と旭輝子は、「俺たちもう出番終わったみたいだな」「そうね。じゃあ消えようか」と言って、パッと瞬間的に消えうせる。
このシュールな展開に娘は、「え?今のなに?」と驚いていた。たぶん舞台劇的に「下手に消える」を映像で表現しただけだと思うが・・・。
昔の映画は今よりずっと発想が自由だったのだ。

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2019/1/9 | 投稿者: 中田雅喜

サイレント時代からのチャンバラスタア達は題作の時代劇映画も撮ったが娯楽時代劇もいっぱい製作していた。ところが敗戦後にGHQがやって来て、日本の文化と歴史を否定。全面的に「チャンバラ禁止令」を出した。
チャンバラスタア達は仕方なく剣をピストルに持ち替えた。苦肉の策で撮ったのが「七つの顔の男シリーズ」である。
中高年以上なら一度は聞いたことあるでしょう、
「あるときは手品好きなキザな紳士、あるときは多羅尾判内、またあるときは片眼の運転手。しかしてその正体は! 愛と真実の使徒、藤村大造だ!」
(・・・藤村大造って、それって誰?)
言ったもん勝ちなのか、これは大ヒットした。延々製作され続けたシリーズの記念すべき第一作。
ちなみに当時はモデルガンがなかったので、本物を使っている。


○『七つの顔』(1946/松田定次)―――脚本:比佐芳武。白黒。81分。
終戦直後、一日中働いて働いて疲れ切った庶民のために作られた娯楽作品。
評論家達はそれを理解出来ず、そろって低評価、一斉に非難した。しかし松田定次と片岡千恵蔵は大学出の評論家などのために映画を作ってはいなかった。

いちおう原作のミステリー小説はあるようだが―――、まあ、どうでもいい。
佳人無実に泣くとき、正義の使徒が現れて悪人達をやっつける。それだけだ。
見所は千恵蔵の変装だ。あのデカい顔とクセのある声で一目瞭然なのに悪人達は気がつかない。そこを観てお客は「バカだなあ」と笑う。
千恵蔵はあまつさえ至近距離でのピストルの弾をひょいとかわす。娘は初めて多羅尾判内を観たのだが、「え?何!?」と呆れてた。
だが、弾を避けることが出来るから特別なヒーローなのだ。松田定次は「超人」を描きたかったのだ。
それはいいけど、この超人は訳の分からんポエムを吐いて去っていく。・・・藤村大造さん大丈夫ですか?

突っ込みどころ満載でも、『イワンと仔馬』と同じく、庶民を楽しませれば良い作品だ。
娯楽映画は庶民のためにある。
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