2014/1/22  23:16

大寒入りの日本から熱帯のフィリピンへ――さぞ暑いかと思いきや(その1)  国内外からのトピックス


■2014年の大寒は1月20日(月)ですが、大寒の始まりの日の前日、気温の低い日が続く日本をあとに、常夏のフィリピンの首都マニラを訪れました。きっと、半袖シャツでも暑いに違いないと思いつつ、当会取材班は15年ぶりにマニラの南部にあるニノイ・アキノ国際空港に降り立ちました。
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 機内のアナウンスによるとマニラの気温は夜でも23度ということでした。たしかに真冬の日本と比べるとジンワリと暑く感じますが、余り不快には感じられません。

 現在、成田からマニラ行きのフライトは、フィリピン航空が1日3便、日航が2便、全日空とデルタ航空が1便、その他にジェットスターが1便(ただし月火金土の週4便)あります。
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 今回は、昨年12月25日から新規に増便されたフィリピン航空のPR427を利用しました。チェックインカウンターで使用機材を尋ねたところ、エアバス320-200型機に急遽変更になったと言われました。搭乗客が6割程度だったので、客が少なく小型の飛行機にしたようです。
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 しかし、日本に在住するフィリピン人や、フィリピンを観光やビジネスで訪れる日本人は沢山おり、旅客需要は結構多い為、フィリピン航空では、今年3月30日から羽田/マニラ線を開設する予定です。機材は羽田発着が午後のPR421便(羽田発15:20、マニラ着18:40)、422便(マニラ発08:55、羽田着13:55)で月火木土がエアバスA340-300型機、水金日がボーイングB777-300ER型機。羽田発着深夜便のPR423便(羽田発01:30、マニラ着04:50))、424便(マニラ発18:50、羽田着23:50)はA320-200型機が使用されますが、5月1日以降はPR421便、422便はA330-300型機、PR423便、424便はA321-200型機に変更になります。

■成田を35分遅れの午後4時30分に離陸した427便は、4時間50分後の飛行の後、午後8時20分にマニラ空港に着陸しました。
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 途中、いつものように放射線量計で機内の空間線量を計測したところ、成田空港滑走路上では0.07−0.09μSv/h、水平飛行中は1.39−1.59μSv/h、マニラ到着後、宿泊ホテルの室内で計測すると0.06μSv/hでした。
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■翌朝、宿泊ホテルを出ると、曇り空で風がかなり吹いていて、半袖では寒く感じるほどでした。現地のニュースが、マニラのあるルソン島北西部にある海抜約1400mのバギオ市で、1月19日と21日の2日連続で最低気温8度台を記録したと報じていました。

 マニラでは1月がもっとも気温が低い時期で、平均で最高気温29.4度、最低気温22.7度です。反対に、もっとも気温が高いのは4月と5月で、それぞれ平均で最高気温が33.3度と33.1度、最低気温が25.2度と26.2度です。

 ところが上記のように、1月20日のマニラは最低気温19度、最高気温28度で、分厚い雲に覆われ、風も強く、バギオでは19日午前5時頃に気温8.4度を観測し、前日8.1度という今年一番の寒さに次ぐ、寒さを記録しました。なお、バギオ市では、1961年1月18日に観測史上最低の6.3度を記録したことがあるそうです。

マニラでも最低気温が20度を下回ると、マニラ市民は相当涼しく、というより寒く感じるようで、ホテルの玄関前にいた案内係などは風に吹き曝されて、上着を着ていても「寒い、寒い」を連発していました。

 これは中国大陸から吹き込んでくるアミハンと呼ばれる北東季節風の影響によるもので、2月第1週ごろまで気温の低い状態が続くようです。

 このため、低気温により普段より余計、大気中に汚染物質が溜まり易くなるということで、天気予報で注意を喚起していました。道理で、マニラでは霧がかかった状態で、遠くが霞んで見えました。

 大気汚染の主な原因は、急速に増えている自動車からの排気ガスです。とりわけ、市内を走り回っている無数のジプニーが汚染源とみられています。

 これらのジプニーは、主に日本から輸入した中古の小型トラックのエンジンおよびシャーシを利用し、フィリピンで造った車体を作って載せた右ハンドルの乗合タクシーです。

 その名のように、前部をジープの格好に作り、ステンレス材料を車体に使い、ハンドルや内装品、電装品なども中古部品を活用しています。

 もともと中古品ですが、日本製なので、改造後も長持ちするため、随分古くなってもまだ多数運転されています。だから、排ガス規制の緩い時代のエンジンも現役で動いていたり、長年の間に調整せずに酷使するため、排気ガス規制値をオーバーしてしまい、量的にも質的にも大気汚染原因になるわけです。

 そもそもフィリピンには車検制度がない為、整備不良の車でも公道を走れるため、故障車による交通渋滞も頻繁に発生します。もともと車の数が多すぎるため、渋滞は日常茶飯事ですが、さらに故障車の立ち往生でさらに渋滞に拍車がかかります。

■フィリピン共和国は7,100以上の大小の島々からなり、赤道よりやや北に位置する熱帯に位置し、面積は299,404km2と日本の約8割です。総人口は8300万人で、8割以上の国民がローマ・カトリック教徒で、マレー系が9割を占めています。

首都マニラは、フィリピン最大面積のルソン島の南西部に位置している巨大都市で12の市と5つの行政区によって構成されています。戦後のフィリピンの独立とその後の経済発展で、1976年以降メトロ・マニラ(マニラ首都圏)と呼ばれています。筆者の子どもの頃はフィリピンの首都はケソンシティーと教えられましたが、その後メトロ・マニラに吸収されたので現在では首都=マニラとなっています。

 この首都圏の面積は東京23区やスペインのマドリードよりやや大きい638kuで、人口は約1,186万人(2010年)です。さらに近郊を含む都市圏人口は2,129万人(2011年)となり、世界第5位の大都市圏です。

■ところが、これほどの世界的大都市圏なのに、地下鉄が一つもありません。人口過密化による交通渋滞の解消のため、高架鉄道や高速道路の導入が1970年代から計画され、1980年に大統領令により、運輸省の傘下にLRTA(Light Rail Transit Authority)が設立されました。1981年にベルギー政府の借款によりLRT-1線の建設が開始され、1984年に運行が開始されました。

 筆者は1996年に東南アジアの都市交通インフラ事情調査の一環で、マニラに行ったことがありますが、その当時、LRT-1線は既に能力オーバー状態で、新たなMRT-2線及びMRT-3線の計画が日本の援助を前提に進められていました。

 その結果、1999年にMRT-3線、2003年にMRT-2線が運行を開始したが、いずれも超満員の現状で、さらなる輸送能力増強や延伸による便宜性向上が求められています。

【ひらく会情報部海外取材班・この項続く】
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